緒言


 東京大学の創立120周年を記念して開かれる本展は、大学構内における建築とデザインの問題に改めて一般の注意を喚起すべく構成されている。昔日の大学教育施設はどのように構想・建築されていたのか——その検証を通して、明日の大学に必要なデザイン戦略とはなにか、それを考えてみようというわけである。

 東京大学の本郷キャンパスを構成する建築物については、古くは1900年のパリ万国博覧会に出品された写真帖『東京帝国大学』(小川一眞撮影)が、また戦後には『写真集東京大学』(1960年)の映像記録が残されている。加えて、1932年の『東京帝国大学五十年史』(上下2冊)、1942年の『東京大学学術大観』(全5冊)、1977年の『東京大学の百年』、1984-87年の『東京大学百年史』(全10冊)などの記念碑的な出版物にも、さらには部局や教室から出版された卒業アルバムや記念帖にも、断片的ではあるが建物の様子が記録として収載されている。しかし、現存する建物についてはともかく、すでに失われた明治・大正期の建物について建築学的な分析を行うのに大学本部施設部が大切に保管してきた建築実施図面に優るものはない。その意味で、占い施設の建築図面を紹介した旧総合研究資料館特別展示『東京大学本郷キャンパスの百年』(1988年)の意義は少なくなかった。

 こうした前史を踏まえ、われわれは本展において、これまで図面や写真などで断片的にしか想起し得なかった古建築の雛形を作製し、東京帝国大学時代の完成されたキャンパスの雰囲気の一端を現代に蘇らせ、そのことをもって教育研究の現場における建築の問題、さらにはもっと広い意味での学術環境におけるデザイン一般の意義と役割を問い直してみたい。過去のデザインから何を学び、それをどのように未来のデザインに生かせるか、どのような橋渡しが可能であるかを、安田講堂をはじめとするいくつかの学内施設における展示設計プロジェクトを通して考えてみることにした。

1997年10月



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