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哺乳類


—動物—


33 奄美大島の固有哺乳類


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ケナガネズミ Diplothrix legata Thomas
脊椎動物門哺乳類綱齧歯目ネズミ科
鹿児島県奄美大島住用村和瀬
服部正策
医科学研究所奄美病害動物研究施設


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アマミトゲネズミ Tokudaia osimensis Abe
脊椎動物門哺乳類綱齧歯目ネズミ科
鹿児島県奄美大島宇検村赤房尾根
昇善久
医科学研究所奄美病害動物研究施設


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アマミノクロウサギ Pentalagus furnessi Stone
脊椎動物門哺乳類綱ウサギ目ウサギ科
鹿児島県奄美大島瀬戸内町八津野
医科学研究所奄美病害動物研究施設

鹿児島市の南380キロメートル北緯28度に位置する南西諸島の奄美大島は、美しい珊瑚礁に囲まれた亜熱帯の島として知られているが、固有の動物相を持つ深い照葉樹の原生林の島としても有名である。特に奄美大島の中部以南はほとんどが森林であり、林内にはいるとここが島であることを忘れてしまうほどである。

ここでは、奄美大島を代表する哺乳類としてアマミノクロウサギ、ケナガネズミ、トゲネズミの3種を紹介する。いずれの種も国の天然記念物に指定を受けているが、中でもアマミノクロウサギは特別天然記念物に指定されている。

アマミノクロウサギ (Pentalagusfurnessi Stone)

本種はウサギ目ウサギ科ムカシウサギ亜科に属する。ムカシウサギ亜科には13属が含まれているが、本種と、メキシコのメキシコウサギ(Romerolagus 属)、南アフリカのアカウサギ(Pronolagus 属)3種のほかは全て化石種である。このことによりアマミノクロウサギは「生きた化石」と称されている。全身の被毛は黒色味の強い焦茶色もしくは灰色味を帯びた濃い焦茶色で、耳介と目はノウサギに比較して著しく小さい特徴的な形態をしている。前後肢ともに短く爪は強大である(挿図1、2および口絵)。

33-1 アマミノクロウサギ33-2 アマミノクロウサギ全身骨格

本種が分布しているのは奄美大島と徳之島の2島のみである。徳之島は奄美大島に比してクロウサギの生息数は少ない。挿図3に示したように、奄美大島の中部以南の森林と人の近寄らない海岸部に生息している。しかし、アマミノクロウサギは奄美大島では、かつてはごくありふれた動物で一部では食用にされていたという。その当時はアマミノクロウサギを専門に捕獲するための小型犬がいたほどである。

アマミノクロウサギについては多くの人や機関が調査を行ったが、その生態は詳しく分かっていない。本種が夜行性で警戒心が強く観察しにくいことに加えて、奄美大島、徳之島では夜間の調査には猛毒のハブの危険が伴うことが、十分な調査がなされていない原因である。個体数は過去に比べれば減ったといわれる現在でも、夜間の林道を走ればかなりの確率でアマミノクロウサギに出会うことができる。林道の上で黒い全身に車のライトを赤く反射する目が印象的である。しかし、多くの場合クロウサギは速やかに薮の中に潜り込んでしまうので、ゆっくり観察したり写真やビデオに撮影するのは困難である。昼間の観察でアマミノクロウサギを見かけるのは極めてまれであるが、生息密度の高いところでは昼間でも行動していることがある。最も観察しやすい痕跡はアマミノクロウサギの糞と獣道である。アマミノクロウサギはよく目立つ裸地に糞をまとめてする習性を持つので、糞は林道上、崩落地、河川敷、岩場、人の近寄らない海岸などで多く観察される。樹林内では下草の少ない見通しの利くところに糞が多く見つかる。糞の調査は比較的多くの報告があり、これらからクロウサギの生息域は挿図3のようにほぼ解明されている。獣道はクロウサギの糞が見つかるような場所の斜面を注意深く探すと土の上に爪痕が見つかるし、草原ならば踏み分けられた道が見つかる。

クロウサギの巣は岩山の岩の隙間に深い穴を掘って作る巣と、土に穴を掘って作る巣の2つのタイプがある。岩場の巣にはいくつかの狭い入り口があり、中でつながっていくつかの大きな部屋がある。岩場の巣の場合は数家族で長期間使用している例が多く、中には10家族くらいで使用している例もある。土に穴を掘って作る巣は単独で使用していることが多く、人がいたずらをするとすぐに巣の場所を移動する。土地の斜面に作られた繁殖用の巣穴はかなり深く、中から仔ウサギだけが見つかる例が多いという。このことから、母ウサギは授乳の度に仔ウサギの巣穴を訪れ授乳が終わるとまた入り口を埋めて去ると考えられている。このように頻繁に土を掘る習性を持つのでクロウサギの爪は強大で、特に後肢の爪はかなりのスピードで伸張する。繁殖期は冬季で3月になれば林道で巣立ちした直後の可愛らしい仔ウサギを観察することができる。まれに夏の終わりから秋にかけての繁殖が観察されている(挿図4)。

33-3 アマミノクロウサギの生息域33-4 アマミノクロウサギの生態

研究者にとっては奄美大島の山中に潜むハブは脅威であり、それが調査研究の妨げになると述べたが、アマミノクロウサギにとってもやはりハブは脅威である。名瀬市の奄美観光ハブセンターを訪れると、ハブに呑まれたクロウサギのホルマリン液浸標本の展示を見ることができるが、これだけ大きなウサギを丸呑みにできる大きさのハブがいるということは驚きである。奄美大島、徳之島では現在でも1年間に3万匹近いハブを行政と業者が買い上げているということから考えても、林内のハブの密度が推定できよう。ハブは奄美大島ではどこにでもいる動物なのであり、さらにハブは体温のある動物であれば餌になるならないに関わらず攻撃するという習性も持っている。クロウサギは奄美大島の森林の中でそういう習性のハブと数百万年ともに生きてきたのである。この結果から考えても、アマミノクロウサギの行動にはハブに対するいろいろな対策が含まれているはずである。巣穴の入り口が急な斜面に位置していることや、周囲を見晴らせる場所に糞をしているのはその対策であると考えることもできる。また、ハブは外部から森林に侵入してくる新しい動物にとっても脅威である。その点から考えると逆に、ハブはクロウサギを肉食獣や競合種から守ってくれる守り神でもある。

人間が奄美大島や徳之島に文明を持ち込み、さらに様々な動物を持ち込むようになりアマミノクロウサギの数は次第に減少している。近年になり、奄美大島のスーパー林道などを夜間走行すると中央部の森林内でも野生化したイヌやネコを見かけるようになった。仔ネコを連れた野生ネコなども観察されている。林道上で見つかる野犬の糞からもアマミノクロウサギの体毛が見つかっている。これらの動物はアマミノクロウサギなどの哺乳類だけでなく、他の鳥類、爬虫類、両生類にとっても大きな脅威となっている。また、10年くらい前から名瀬市周辺で目立つようになったマングースにも大きな関心が払われている。いままで、離島という特異で閉鎖的な環境の中に、ハブとの共生関係を完成させて現在にまで生きながらえてきた遺残種としてのアマミノクロウサギは、人間のもたらした肉食獣による脅威に、今さらされている。

ケナガネズミ (Diplothrix legata Thomas)

極めて大型のネズミで、南西諸島の奄美大島、徳之島、沖縄本島にのみ産する(挿図5、6および口絵)。体長は250〜280ミリ、尾長が330〜350ミリもあり、飼育していたものが野生化したマスクラットやヌートリアを除くと、わが国固有の齧歯類の中では最大種である。体色は茶褐色から黒褐色で、3種類の毛を持つ。褐色の上毛のほかに、長さ4センチを越え基部が灰白色で先端が黒褐色の針状毛がある。この針状毛は後述のトゲネズミのものほど太くなく柔らかい。さらに長さ6〜10センチにもなる剛毛(差し毛)が背面に生える。この長い剛毛がケナガネズミの語源となっている。尾は太く長く先端の1/3は白色である。尾の特徴から地元では奄美方言で尾が白いことを意味する「ディジロ」とか「ドジロ」と呼ばれている。

33-5 ケナガネズミ33-6 ケナガネズミ全身骨格

樹上生活をするネズミで、ホンドリスとほぼ同じような空間で生活している。樹上生活に適応して、手足は強大で指や爪も太く長い。先端が白い特徴的な尾で上手にバランスをとりながら、木の幹や枝の上をかなりのスピードで走ることができる。繁殖は大木の樹洞に巣を作って行う。伐採後搬送された大木にそのまま入っていて、貯木場で見つかった例もある。繁殖の報告は少ないが2匹から4匹の仔ネズミを出産した例がある。繁殖期は冬であるが、何回繁殖するかは分かっていない。

個体数は少ないが、体が大きく目立つために目撃例は比較的多い。分布は奄美大島北部の笠利町、竜郷町を除くほぼ全域で、アマミノクロウサギの報告がない半島部でも観察されている。戦後しばらくまでの奄美大島では、集落周囲の山は見渡す限りの段々畑であったが、その当時は農作業に出かけると林の近くでは昼間でも見かけることがあったほど生息していたという。特に冬期には木の上の枝で日光浴をしているケナガネズミをよく見かけたともいう。現在の個体数は当時とは比較にならないほど少ない。樹上生活をしているが、地上にも降りるために林道だけでなく国道などの幹線道路上でも周囲の林がしっかりしていれば出会うことがある。気をつけて走行すれば、林道上に覆いかぶさった大木の枝を横切ったり、木の実を食べたりしているケナガネズミを発見することもある(挿図7)。人をあまり恐れないのでゆっくり観察できる場合もある。夜間、林内を歩いていると樹上から「チィーッ」というケナガネズミの鳴き声が聞こえることがある。ライトを照らすと木の枝から白く太い尾がはみ出していたり、顔がのぞいたりするが、しばらくすると姿を隠す。ひとなつっこい動物で、捕らえられたものは餌をねだったりする反面、歯をむき出して攻撃してくることもある。

33-7 ケナガネズミの生態

アマミトゲネズミ (Tokudaia osimensis Abe)

トゲネズミは奄美大島、徳之島、沖縄本島の原生林内に生息するわが国固有の中型のネズミである(挿図8、9および口絵)。奄美大島産の亜種アマミトゲネズミの頭胴長は120〜150ミリで、体色は黒褐色で背面ほど黒色味が強く見えるが、その体毛は3種類ある。基部は灰色で、先端の褐色味の強い上毛は柔らかく全身を覆っているが、それに混ざって口吻部と四肢を除く全身に針状毛が生えている。針状毛は長さ2センチ、幅1ミリで扁平で先端は鋭く尖っている。針状毛は薄い黄褐色か灰色で先端部は黒褐色である。さらに背面には長さ3センチくらいの差し毛がある。差し毛も基部は黄褐色で先端に近づくと黒褐色になる。3種の毛の中で針状毛に特徴があることがトゲネズミの語源であり、その硬さは触ると痛いほどである。警戒すると稀に全身の針状毛を逆立てることがある。硬い被毛とは逆に、皮膚は薄く弱い。尾の皮膚はすっぽりと抜け落ちやすく、体の皮膚は強くつかむとべろりと剥がれ落ちることすらある。

33-8 アマミトゲネズミ33-9 アマミトゲネズミ全身骨格

沖縄本島産のものはオキナワトゲネズミ (Tokudaia osimennsis muenninki Johnson) という別亜種に分類されている。オキナワトゲネズミはアマミトゲネズミより一回り体が大きく、体色も赤色味が強い。徳之島産の個体はオキナワトゲネズミに酷似する。染色体数を比較すると奄美大島産は2n=25でY染色体が見つからないXO型で、徳之島産は2n=45でこれもXO型である。沖縄産は2n=44でXY型であるが、X染色体、Y染色体ともに大きく類別がはっきりしない。染色体のうえでも、徳之島産のトゲネズミはオキナワトゲネズミに近似する結果になっている。

奄美大島での分布はアマミノクロウサギと重複するが、南部に多くの観察例がある。生息環境は林床のしっかりした原生林、2次林とそれに隣接する草原などである。アマミトゲネズミの生態も全く分かっていない。アマミノクロウサギやケナガネズミに比べてトゲネズミは小さく目につきにくいこともあり、夜間の林道でもほとんど観察されることはない。たまに、車の前を横切るトゲネズミを目撃することがあるが、カンガルーのように後ろ足を揃えてピョンピョン跳んでいることが多い。

アマミノクロウサギの項でもハブとの関係を述べたが、奄美大島においてハブの餌の9割近くが野ネズミで占められている結果から考えると、トゲネズミにとって、ハブの脅威は相当なものと推測できる。ところが1966年の三島による報告ではハブの胃内に確認された餌となった哺乳類796例のうちアマミトゲネズミはわずか3例である。これはケナガネズミの9例より少ない。ケナガネズミは個体数も少なく樹上生活のネズミであるのに対して、トゲネズミは地上生活のネズミであり、ハブに遭遇する危険性はケナガネズミよりずっと高いと考えられる。それなのにハブの胃の中からは3匹しか発見されていない理由があるはずである。

現在分かっているアマミトゲネズミのハブに対する特性の1つとして、ハブ毒に対して野ネズミより強いという特徴が確認されている。ハブはいったん餌となる動物に毒を牙から注入すると、その動物が動かなくなるまでは口をはなして待つという習性を持っている。これはハブの毒が強いことに起因する習性であって、日本の他の毒蛇は餌となる動物が死ぬまでくわえて離さない。ハブに咬まれたトゲネズミも毒に強いとはいえ、それは死ぬまで時間がかかるということでいずれは死ぬのである。しかし、咬まれた場所からかなり移動してから死亡するために、ハブの餌になりにくいという仮説がたつ。しかし、山中でのトゲネズミの数から考えても、それだけでは説明がつかないであろう。

もう1つのハブに適応した特性は、ハブの攻撃をジャンプして避けるという行動をとることである。ハブの入っている観察箱にトゲネズミを入れて観察した例がある。ハブはトゲネズミに対して体を曲げて攻撃の準備をするが、トゲネズミの方もハブの存在に気づき同じように身構える。さらに驚くべきことに、トゲネズミは体を低くしてハブの方へ少しづつ接近して行くのである。トゲネズミが射程距離内に入るとハブは口を大きく開けて攻撃してくるが、トゲネズミは空中高くジャンプしてその攻撃をかわしてしまう(挿図10)。ジャンプの高さは60センチを越える。トゲネズミに攻撃をかわされたハブは再度体を曲げて攻撃体勢をとるが、トゲネズミはハブにまた近づいて行く。そしてまた同じようにジャンプしてハブの攻撃をかわす。どこから出しているのかは分からないが、トゲネズミはハブに近づいていく時にブーンブーンという振動音が共鳴するような音もたてる。奄美大島の原生林で数百万年をかけてともに生きてきた動物同士の行動には実に驚かされる。

33-10 ハブの攻撃をジャンプでかわすアマミトゲネズミ

これらの動物にとっても、また今回は紹介しなかった他の種々の固有の両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類にとっても、アマミノクロウサギの項の最後で述べた、移入された肉食獣の脅威は見過ごすことはできない。奄美大島の原生林の中で、猛毒のハブを食物連鎖の頂点として、固有の昆虫、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類の織りなす微妙なバランスの上に構築され現在まで残った特異な生態系を、どうすれば未来まで残すことができるかを真剣に考えてみるべき時期にさしかかっている。

(服部正策)


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