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岩石


1 別子銅山の鉱石


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総合研究資料館、鉱山部門

別子銅山は、1690年に発見されて1972年に閉山するまでの280年間に鉱石を30メガトン(銅量にして700キロトン)生産した。この銅の生産量は、栃木県の足尾銅山に次いで日本で2番目に多い。

鉱床はキースラーガー型に属する。キースラーガー(Kieslager)とはドイツ語で、Kies(砂利、硫化鉱)とLager(寝床、鉱床)の合成語である。日本語では層状含銅硫化鉄鉱鉱床と訳されていた。別子型鉱床と呼ばれることもある。特徴は(1)形態が層状で、(2)特定層準に規制されており、(3)主な鉱石鉱物は黄鉄鉱(FeS2)で、(4)黄銅鉱を少量伴い、(5)塩基性火山岩を母岩とする。特徴にあげることはできないが、多くの鉱床が変成帯中に存在する。特に西南日本の中央構造線の南に分布する三波川変成帯、その南を並走する低変成の秩父帯、さらにその南の四万十帯には、西から槙峰(宮崎)、大久喜(愛媛)、別子(愛媛)、佐々連(愛媛)、白滝(高知)、飯盛(和歌山)、五条(奈良)、峰の沢・久根(静岡)など、多くの鉱床が存在する(挿図1)。また、他の地域の変成帯では、舞鶴帯に柵原(岡山)、阿武隈帯(日立変成岩)に日立(茨城)がある。しかし、非変成ないし低変成の地帯でも、土倉(滋賀)や下川(北海道)が知られている。鉱床の特徴から明らかなように、ほとんどが低品位(数パーセント以下)の銅鉱床に分類される。ただし、別子鉱床の東北東20キロに位置する佐々連鉱床は多少特異で、平均1パーセントの亜鉛品位をもち、部分的に亜鉛が数パーセントの鉱石を産した。

別子鉱床は結晶片岩を母岩とする典型的なキースラーガー型鉱床である(註1)。積善、筏津、余慶、本山など多数の層状鉱床から成る。そのうち、本山鉱床が最大で、全産出量の90パーセント以上を占めた。東西(走向)方向の延長は1000〜1500メートル、北向きに落ちた傾斜方向の延長は2000メートル以上(註2)である。鉱床周辺の変成岩は、下盤側から上盤側へ、大きく黒色千枚岩、緑色片岩、黒色片岩、点紋緑色片岩(註3)、黒色片岩と変わる。鉱床はこのうち、下盤側の緑色片岩中に片理面にほぼ平行に存在している(挿図2)。別子鉱床と北の佐々連鉱床の間には、富里向斜と呼ばれる褶曲構造がある。鉱床の形態はこの褶曲構造に規制されており、富鉱部の方向は、褶曲の線構造と一致する。展示されている試料は、誰がどのような手段で採取し、運搬してきたか今では分からない。ただ、上述の変成岩とその褶曲構造の関係を、学生に教室で観察させたいとの意図の下に、採取・運搬した(あるいはさせた)ことは確かである。

1-1 日本におけるキースラーガー型鉱床の分布1-2 別子鉱床の断面図(Banno et al., 1970)

展示試料では、鉱石鉱物に富む部分と脈石鉱物(註4)に富む部分がほぼ平行に曲がりくねって走っている。つまり、富里向斜と呼ばれる大きな褶曲構造とともに、このような小さな褶曲構造も存在する。この小さな褶曲構造の認識に貢献している縞は、変成作用および褶曲作用を受ける前から、すなわち堆積時から存在していたと考えられる。では、(1)鉱石鉱物部は堆積時から鉱石鉱物に富んでいたか、あるいは、(2)鉱石鉱物はある特定堆積物の部分に後からそれを置き換えて沈殿したか。(1)を同生説(あるいは堆積説)、(2)を後生説(あるいは交代説)という。試料全体を見ると鉱石鉱物部と脈石鉱物部は、いくら曲がりくねっていても、平行である。同生説論者はこの点を強調する。しかし、縞を細かくよく見ると、鉱石鉱物部が脈石鉱物部に入り込んでいる。後生説論者はこの点を強調する。一方は、地層の堆積時に鉱石鉱物も沈殿したという註モデルに基づいて鉱床を探したら見つかった。したがって、同生説が正しいと主張する。他方は、熱水溶液(註5)による交代作用で鉱床が生成したというモデルに基づいて探査したら、鉱床が発見できたから、後生説が正しいと主張する。

鉱床の成因が科学的視点から論じられるようになったは、1900年代に入ってからである。この過程で、鉱床の生成に熱水が大きな役目を果たしていることが認識された。そして、キースラーガーは後生的に熱水の交代作用により生成したという考えが一般的になった。しかし、1950年を過ぎて、鉱床のより詳細な研究が進むと、世界的に、そして日本では本資料館初代館長の渡辺武男教授を中心として、同生説を主張する研究者が多くなってきた。1978年、東太平洋海膨21度の海底面で熱水起源の硫化物が発見された。続いて、翌年すぐ近くで最高350度の熱水の噴出が観察された。多くの研究者は、これによって、キースラーガー型鉱床の成因論論争に終止符が打たれたと思っている。過去の大洋拡大軸における熱水活動の産物である硫化物体が、プレートの移動とともに大陸に付加され、それが現在キースラーガー型鉱床として観察されている。鉱床を特徴づける塩基性火山岩は海底火成活動の産物である。付加されるとき、海洋プレートが大陸地殻の下に沈み込むと広域変成作用を受け、結晶片岩が生成する。

多くのキースラーガー型鉱床が変成帯に産するのは、その分布位置が海洋プレートと大陸プレートの衝突部に当たり、衝突の際に変成作用が起きることによる。では、変成作用と鉱床には何らかの関係があるか。別子鉱床周辺には高変成度の岩石が分布すると述べた。変成度を表す尺度で、緑色変岩相から緑簾石角閃岩相(400〜500度)である。より高い変成度を示すのは日立鉱床(茨城県)で緑簾石角閃岩相から角閃岩相(500〜600度)、低い方は下川鉱床で緑色変岩相(250〜350度)である。まず、鉱石組織では、変成作用による再結晶のため、構成鉱物の粒度が変成度とともに大きくなる。地球化学的には、変成度と各鉱床を構成する黄鉄鉱のニッケル/コバルト比との間に相関が認められる(挿図3)。すなわち、変成度が高くなるにつれて黄鉄鉱中のニッケル量が相対的に多くなる。これは、変成作用時に、鉱床と母岩である塩基性岩との間でニッケルおよびコバルトの交換が行われたためであろう。

(正路徹也)

キースラーガー型鉱床における変成度と黄鉄鋼中のニッケル/コバルト比の関係(正路・佐々木、1980)

註1 「別子型」という語は、キースラーガー型のうち高変成度の岩石を母岩とする鉱床に限定して使うことがある。
註2 採掘場が深くなって坑道岩盤が自然にはじけて割れるようになったため、鉱床はさらに下部に連続していたが、採掘を中止した。
註3 曹長石の変斑晶が白い斑点として観察される。
註4 鉱石は、採掘対象とする鉱石鉱物(黄銅鉱、黄鉄鉱など)とそれ以外の脈石鉱物(緑泥石、角閃石など)からなる。
註5 100度を越える水。各種イオンを多量に溶解する能力がある。割れ目が、そこを通過した熱水から沈殿した鉱物で埋められている場合、脈という。充填物が鉱石鉱物のとき、鉱脈という。

参考文献

Banno, S., Tekeda, H. and Sato, H., 1970,“Geology and ore deposits in the Besshi mining district”,IMA-IAGOD Tokyo-Kyoto Meeting Excursion B5 (Guidebook 9), p.29.
土井正民、1961、「別子鉱床の成因論の変遷」、『鉱山地質』、11、151〜156頁
川幡穂高、1983、「大洋中央海嶺の熱水系」、『鉱山地質』、33、347〜365頁
三宅輝海、1961、「キースラーガーの沈殿説論争」、『鉱山地質』、11、127〜132頁
日本鉱業協会編、1965、『日本の鉱床総覧(上巻)』、日本鉱業協会、東京、561頁
Tatsumi, T. ed., 1970, “Volcanism and Ore Genesis”, Univ. Tokyo Press, Tokyo, p.448.
正路徹也・佐々木望、1980、「北海道、下川鉱床におけるコバルトの分配とその地球化学的意味」、『鉱業会誌』、96、523〜528頁


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