緒言
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岸田泰則氏は、世界的に著名な蛾類研究者として知られる。1949年11月1日、東京都世田谷区北沢にて、父・義明、母・朝子の間の長男として生まれ、幼少からの昆虫好きが高じて中学より本格的に昆虫を収集した。東京農業大学附属第一高等学校に入学してからは主に蛾類の研究を始め、1967年に東京農業大学農学部農学科に進学し、昆虫学研究室に所属しながら蛾類の研究を続けた。1971年に大学卒業後、1973年から田園調布雙葉学園、1976年から宝仙学園中・高等学校の理科教諭として勤務し、2008年に早期退職しているが、この間も国内外問わず精力的に採集に赴きながら、ヒトリガ科を主軸とした大蛾類の分類学研究に没頭し、200を超える多数の論文、報文を発表している。また、「日本産蛾類標準図鑑 全4巻(学研)」、「日本産幼虫図鑑(学研)」、「エンドレス・コレクションシリーズ Vol. 8 昼蛾(ESI)」、「世界の美麗ヒトリガ(むし社)」などに代表される著書や編書の出版も多く、蛾類分野を中心に昆虫分類学の発展に大きく寄与している。その一方で、2010年から2012年の3年間は日本鱗翅学会会長を歴任した他、2001年から2017年現在まで長く日本蛾類学会会長も務めている。
今日でも岸田氏は蛾類を中心に多岐に渡った昆虫の収集、研究を精力的に続けており、そのコレクションも充実の一途を辿っているが、近年、甲虫類や鱗翅類などの昆虫標本を東京大学総合研究博物館にご寄贈頂いた。カミキリ類コレクションは中型ドイツ箱15箱に収められたホソカミキリムシ科7点とカミキリムシ科1,666点の計1,673点からなり、岸田氏ご自身により採集されたものをはじめ、交流のある昆虫収集家諸氏のご協力により集められた標本も多い。これらの標本の産地は北海道や東北から東京都およびその周辺域、さらには九州や沖縄までの日本列島全域に及ぶ。また、その種類はキボシカミキリやトラフカミキリのような身近な普通種から収集家に人気の高いホソコバネカミキリ類やコブヤハズカミキリ類、ヒメハナカミキリ類やチビカミキリ類など比較的小型のグループ、かつて広く見られたものの現在では希少となったヨツボシカミキリやヒメビロウドカミキリなどの絶滅危惧種の貴重な標本まで幅広く含まれている。
現在、東京大学総合研究博物館では昆虫コレクションをデータベース化して、出版物やウェブにより公開する計画が行われている。この岸田コレクション目録も本プロジェクトの一環として進められたもので、その第一弾として本コレクションの日本産カミキリムシ類を当館ホームページのウェブ・ミュージアム内にある博物館データベース上で公開発信した。また、併せて本館の標本資料報告でも出版している(Inoue et al., 2017)。なお、本目録における種の学名は主に大林・新里(2007)に準じ、補足的に日本鞘翅目学会(1984)、林ら(1984)を用いた。これらの情報を活用することで、分類学や形態学、生物地理学、保全生物学などの多様な分野の研究に貢献し、学術標本やミュージアムコレクションの重要性を一般に広く認知させるものとなることができれば幸いである。
謝辞
本目録を作成するにあたり、岸田泰則氏には貴重な昆虫標本を東京大学総合研究博物館にご寄贈頂いた。Neil Moffat氏には英文緒言の英文校閲でお世話になった。また、本コレクションは多くの方々のご協力により収集されている。各氏に心よりお礼申し上げる。
引用文献
- Inoue, A., Harada, K., Ito, Y. and Yago, M., 2017. Catalogue of the Yasunori Kishida Insect Collection, The University Museum, The University of Tokyo. Part I (Coleoptera: Disteniidae and Cerambycidae). The University Museum, The University of Tokyo, Material Reports. (112): 1-178.
- 林 匡夫・森本 桂・木元新作(編著), 1984. 原色日本甲虫図鑑 (IV). 保育社, 大阪.
- 日本鞘翅目学会(編), 1984. 日本産カミキリ大図鑑. 講談社, 東京.
- 大林延夫・新里達也(編), 2007. 日本産カミキリムシ. 東海大学出版会, 神奈川