日干し煉瓦の建物


 降雨量が少ない北メソポタミア地域の伝統的農村では、日干し煉瓦で建物をつくるのがふつうである。乾燥に適しており農閑期でもある秋口には、泥煉瓦を作る光景を大平原の各所で見ることができる(図1)。

 日干し煉瓦の製作は1万1,000年ほど前に始まった。当初は葉巻形をしたものが目立つが1万年くらい前までには長方形のものが一般的になる。さらにしばらくすると完全に定形化したらしい。東京大学が発掘したテル・コサック・シャマリ遺跡の7,000年ほど前の建物の煉瓦のサイズを調べたところ、長さは48-49cmのものがもっとも多く、幅には30cmと18-19cmの二種類あることがわかった(Nishiaki et al.2001)。48-49cmというのは人間の腕の肘から中指までの長さ、30cmは肘から手首、18-19cmは親指から小指まで、あるいは手首から指先までの長さとおおよそ同じである。このような身体を用いた計量システムは古代メソポタミアや旧約聖書の時代をへて現代にまで受け継がれている。テル・コサック・シャマリ村で今も使われている煉瓦製作用木枠は、まさにそのような大きさであった(図1の4)。

 建物の中の構造も現代を彷佛とさせる姿が数千年も前からみられる。テル・セクル・アル・アヘイマルでは9,300年〜8,500年前頃の村の様子を調べることができた(Nishiaki and Le Miere 2005)。泥壁の四角い部屋が基本で、地下室をもつこともあった。床には石膏がはられ、場所によってはゴザがしかれていた(図2)。出入り口には敷居があった。部屋の中にはパン焼き釜や炉、ベンチ(腰掛け)、穀物貯蔵用の桶なども作られていた。水場あたりには排水溝が設けられ、家の外へとつながっている。どれも泥作りで石膏の漆喰をはって仕上げられている。

 各部屋がやや小さいこと(一辺が1m〜2.5m程度)をのぞけば、家の作りは現代の農村とほとんど違わない。現代の家の基本が9,000年前にはほぼ出そろっていたことがわかる。使わない排水溝がサソリヤネズミ進入防止用の石でふさがれているなど(図2の3)、細部にわたって共通しているのはほほえましいとすら思える。

 日干し煉瓦は雨風に弱いからほおっておいても泥がはげ落ちる。毎年、雨季(冬)の前になると漆喰で修理されるが、おおよそ—世代、30年前後で建て替えがおこなわれる。テル・コサック・シャマリ遺跡、あるいは9,000年前頃のテル・セクル・アル・アヘイマル遺跡の建物について放射性炭素年代を求め、建物一つあたりの存続期間を割り出してみると、やはり、それぞれ30年前後であった(Nishiaki 2001;Nishiaki and Le Miere in press)。数千年間、同じようなペースで建築と建て替えが続いているのである。

西秋良宏


図1 現代シリアの日干し煉瓦建築。(4)と(8)はユーフラテス川上流のテル・コサック・シャマリ村(1996年)、その他はハブール平原、カシュカショク村近郊で撮影(1987-1990年)
(1)家を建てる場所の近くに泥取りの穴を掘る。
(2)切リワラを混ぜて水でこねる。
(3)小さなタンカで泥を広場に運ぶ。
(4)型枠にいれて煉瓦をつくる。
(5)1週間ほど乾かす。
(6)目地土をはさみながら煉瓦を積み上げる。
(7)天井は材木を渡し、間を粗朶と泥で埋めながらつくる。
(8)壁に泥漆喰をぬる。

図2 テル・セクル・アル・アヘイマル遺跡、9,000年前の家
(1)石膏床がはられた建物。馬蹄形の窯が備えられている。
(2)石膏張りのベンチ
(3)石でふさがれた排水溝
(4)石と石膏でつくられた出入り口の敷居

Nishiaki, Y. (2001) Radiocarbon dates and the absolute chronology of Tell Kosak Shamali. In: Y. Nishiaki and T. Matsutani (eds), Tell Kosak Shamali, Vol.1. Oxford: Oxbow Books, pp.153-157.

Nishiaki, Y., M. Tao, S. Kadowaki, M. Abe and H. Tano (2001) Excavations in Sector A of Tell Kosak Shamali: The strtigraphy and architectures."In: Ibid., pp.49-113.

Nishiaki, Y. and M. Le Miere (2005) The oldest pottery Neolithic of Upper Mesopotamia: New evidence form Tell Seker al-Aheimar, the Upper Khabur, Northeast Syria. Paieorient 31(2):55-68.

Nishiaki, Y. and M. Le Miere (in press) Stratigraphic contexts of the early Pottery Neolithic at Tell Seker al-Aheimar, the Upper Khabur, Northeast Syria. In: H. Kuehne (ed.) Proceedings of the 4th International Congress of the Archaeology of the Ancient Near East.Berlin: Free University.