言語の起源は?



 またまた人類学ノーベル賞級の題材です。これも今のところ答えはありませんが、化石の記録からの議論への関わりを簡単に紹介したいと思います。まずは、類人猿の言語能力が相当なものであることは良く知られているところです。日本では京都大学霊長類研究所の「アイ」ちゃんが有名です。米国のボノボの「カンジ」君の言語能力も驚きです。そうすると、ヒトとの違いは主として発声能力の側にあるのだろう、との考えに至ります。逆に、文法などを伴った人間の言語はやはり質的に異なり、ヒト固有の脳の機能と発達に関連するだろうとの考えもあり得るでしょう。
 化石から提示できる、言語能力に関わる傍証的な情報としては、脳の部位ごとの大きさの進化的な変遷を挙げることができます。例えば、我々自身の研究途上の観察によりますと、原人段階から新人段階に至る過程で、どうも側頭葉が前方へ強く突出するようになったようです。側頭葉といいますと言語と関連するかもしれないわけですが、その前方への突出は、側頭葉そのものの機能的拡張を意味するのか、それとも単に脳全体の大型化の一環としての形状変化に過ぎないのか、なんともむつかしいところです。
 一方、発声器官の発達との観点からも、若干は議論できそうです。最近、日本人の若い研究者によるチンパンジーの喉頭の発育の研究から、チンパンジーとヒトの声道の違いは、舌骨が口腔に対して下降する程度と口腔の前方への成長との間のバランスの違いにある、との報告がありました。結果、現代人の声道の縦横比がほぼ1対1となり、自在な構音が可能になったのです。

ではそうした音声言語に適した声道になったのは、人類進化のいつの時期からだったのか?
 人類化石の頭骨の底部を調べて声道の位置を推定しようとする試みは、実は30年以上前からありました。しかし、残念ながら、頭骨底部の形と声道の位置との関連があいまいなため、すっきりした回答が今のところありません。ですが、このあたりは今後の研究である程度改善できるものと思っています。頭骨底部の形の進化を、類人猿から猿人から現代人へといった、大局的視点からざっくり見ると、原人段階は少なからずとも進歩的だったと考えてよさそうです。そうしますと、では原人、旧人、新人のどの段階のいつごろの時期に現代人と同等になったのか、との問いが出てきます。頭骨における関連形態を見る限り、ある時、いきなり現代人的になったのではなく、徐々に変化していったようにも見えます。ですが、これは、実証的に研究する以前の私の想像に過ぎません。こうしたあいまいな状況ではありますが、200万年前ごろ、ホモ属になってからの後は、何がしかの音声調整能力はもっており、不十分ながらも、様々に音声言語を使用していたのかもしれません。どこかの進化の時点でまさに音声言語が実現されたのではなく、徐々に展開されていったのかもしれません。