またまた人類学ノーベル賞級の題材です。これも今のところ答えはありませんが、化石の記録からの議論への関わりを簡単に紹介したいと思います。まずは、類人猿の言語能力が相当なものであることは良く知られているところです。日本では京都大学霊長類研究所の「アイ」ちゃんが有名です。米国のボノボの「カンジ」君の言語能力も驚きです。そうすると、ヒトとの違いは主として発声能力の側にあるのだろう、との考えに至ります。逆に、文法などを伴った人間の言語はやはり質的に異なり、ヒト固有の脳の機能と発達に関連するだろうとの考えもあり得るでしょう。
化石から提示できる、言語能力に関わる傍証的な情報としては、脳の部位ごとの大きさの進化的な変遷を挙げることができます。例えば、我々自身の研究途上の観察によりますと、原人段階から新人段階に至る過程で、どうも側頭葉が前方へ強く突出するようになったようです。側頭葉といいますと言語と関連するかもしれないわけですが、その前方への突出は、側頭葉そのものの機能的拡張を意味するのか、それとも単に脳全体の大型化の一環としての形状変化に過ぎないのか、なんともむつかしいところです。
一方、発声器官の発達との観点からも、若干は議論できそうです。最近、日本人の若い研究者によるチンパンジーの喉頭の発育の研究から、チンパンジーとヒトの声道の違いは、舌骨が口腔に対して下降する程度と口腔の前方への成長との間のバランスの違いにある、との報告がありました。結果、現代人の声道の縦横比がほぼ1対1となり、自在な構音が可能になったのです。