1.貝類の形態と分類


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軟体動物の一般的な特徴

 現在、動物は34前後の門(phylum)に分類されています。門とは動物を分類する最も大きな分類単位です。これらの動物門は体の構造、すなわち体制(body plan)によって定義されています。体制は体を構成する器官の配置によって定義されます。

 貝類は軟体動物(Mollusca)と呼ばれる動物門に属します。しかし、貝類=軟体動物ではありません。軟体動物でありながら「貝類」ではない分類群も存在するからです。「貝類」とは貝殻(shell)を持つ軟体動物のことを指します。殻の無い分類群と対比させる場合には貝類は有殻軟体動物(shell-bearing molluscs)と呼ばれます。

 軟体動物の体制を他の生物と比較してみます。すると軟体動物の体づくりの特徴が明らかになります。軟体動物の基本構造は「多細胞、無脊椎、左右相称、三胚葉性、前口動物、真体腔、無体節性」によって特徴づけられます。

 (1)多細胞の体をもつ動物は後生動物(Metazoa)と呼ばれます。単細胞動物または原生動物の対語になります。軟体動物はもちろん多細胞動物です。

 (2)軟体動物の体内には脊椎骨がありません。従って、便宜的に「無脊椎動物」に分類されます。

 (3)動物の体の相称には放射相称、二放射相称、左右相称などが区別されます。軟体動物は基本的には左右相称(bilateral symmetry)です。腹足類のように左右非相称になる分類群も多数存在しますので全てに当てはまる特徴ではありませんが、基本形は左右対称と考えられます。

 (4)発生の過程では軟体動物の体の組織は、内胚葉、中胚葉、外胚葉の3種類の細胞の層(胚葉germ layer)から形成されます。そのような動物群は三胚葉動物(Triploblastica)と呼ばれ、大部分の後生動物は三胚葉動物に含まれます。

 (5)軟体動物の成体の口は、卵の表面の細胞層が陥入してできる原口(blastopore)に由来します。原口がそのまま成体の口になる動物は前口動物(Protostomia)と呼ばれます。一方、原口とは独立に口が形成される動物は後口動物(Deuterostomia)と呼ばれます。

 (6)体腔(body cavity、coelom)とは体壁と内臓との間の空所のことを指します。体腔は発生的な出来方の違いから原体腔(protocoel)(=無体腔+擬体腔)と真体腔(deuterocoel)が区別されており、中胚葉由来の細胞層に裏打ちされているものが真体腔、されていないものが原体腔です。軟体動物の場合、心臓を取り囲む囲心嚢(pericardium)、排出器官の内腔、生殖器官の内腔が真体腔を構成しています。すなわち、軟体動物の真体腔は尿と生殖物質の形成の機能を担っています。

 (7)軟体動物には体節(segment)がありません。内部には一見して体節のように見える繰り返し構造(serial repetition)を持つ分類群もあります。例えば、無板類、多板類、単板類には、神経系、筋肉系、鰓、排出器官、生殖巣、心房の配置に体節状の構造が認められるものがあります。ところが、これらの器官の数と配置は相互に関係がなく、節足動物や環形動物に見られるような規則的な体節とは異なっています。また、外見上でも分節構造を欠くという点で異なります。

 以上は軟体動物の基本的な体の構造を説明する概念ですが、これだけでは軟体動物の特徴を表してはいません。以下にそれぞれの器官に注目しながら軟体動物の一般的な特徴を説明したいと思います。「貝殻、外套膜、外套腔、櫛鰓、歯舌」などが重要なキーワードになります。

 
外部形態
 貝殻(shell)の存在は多くの軟体動物を特徴づける重要な形質です。貝殻は主に外套膜の縁辺部から分泌されます。貝殻の数と形は分類群によって大きく異なっています。
 軟体動物の体は頭(head)、足(foot)、内臓塊(visceral mass)からなります。分類群によっては頭と足が密接な関係を持つことも多く、頭足塊(head-foot mass)と呼ばれます。頭部には口が開き、摂餌に際して重要な感覚器官も頭部の周辺に発達します。


 
外套腔
 体の表面は外套膜(mantle)と呼ばれる膜に包まれています。この外套膜が体の縁に張り出して、外套腔(pallial cavity)と呼ばれる空所を形成します。外套腔には櫛鰓(ctenidium、複数形ctenidia)、嗅検器(osphradium、複数形osphradia)、鰓下腺(hypobranchial gland)、肛門(anus)、排出器官の開口部、生殖器官の開口部などが存在します。外套腔は呼吸、摂餌、排泄、生殖において非常に重要な役割を果たしています。
 呼吸器官は1対の櫛鰓が基本型です。櫛鰓とは、入鰓血管と出鰓血管を両端にもつ鰓軸から鰓葉が交互に櫛状にならぶ軟体動物特有の呼吸器官です。ただし、櫛鰓が消失して二次鰓(secondaryl gill)に置き換わるものもあります。陸生種では鰓が完全に退化し、外套腔が肺の役割を担います。


 
消化器官
 頭部には、歯舌(radula、複数形 radulae)と呼ばれるおろしがね状の摂餌器官を持ちます。歯舌は口球(buccal mass)と呼ばれる筋肉が軟骨状の組織の上に固定されており、口球全体を前後に動かすことによって餌を削り取ります。歯舌によって選択的に餌を削り取る摂餌様式はgrazingと呼ばれます。消化管には前腸(foregut)、中腸(midgut)、後腸(hindgut)が区別できます。中腸(胃)には消化・吸収・栄養の貯蔵の機能を持つ中腸腺(midgut gland)=消化腺(digestive gland)が付属します。


 
排出器官
 排出器官は腎管(nephridium、複数形nephridia)と呼ばれる形式です。腎管とは真体腔性の排出器官のことで、原体腔性の原腎管に対比されます。腎管は一方は囲心嚢につながり、他方は外腎門(nephridiopore)を通じて体外に開口します。排出の第一段階では、心臓の内側から囲心嚢内へ向けて血中から排出物質が濾過され、原尿(primary urine)が形成されます。原尿は腎囲心嚢連絡管(renepericardial duct)を通じて腎管へ送られ、栄養物の再吸収と排出物質の分離が行われた後に尿として外腎門から排出されます。


 
循環器官
 循環器系は主に開放血管系(open blood-vascular system)です。心臓から出る動脈(artery)と心臓に戻る静脈(vein)の間が閉じた管にはなっておらず、血体腔(hemocoel)とよばれる広い空間の間を血液が流れます。ただし、頭足類では例外的に血管系が発達し、閉鎖血管系(closed blood-vascuIar system)に近くなります。呼吸色素はヘモシアニン(hemocyanin)です。ただし、アカガイ類などのように例外的にヘモグロビン(hemoglobin)を利用するものもあります。心臓は2心房、1心室が基本形です。


 
生殖器官
 軟体動物には雌雄異体(gonochoristic = dioecious)のものが多く、一部には雌雄同体(hermaphroditic = monoecious)の分類群もあります。雌雄同体の場合には、常に雄用と雌用の生殖器官をもつ同時性の雌雄同体と、性転換をするものがあります。前者は機能的雌雄同体(functional hermaphroditism = simultaneous hermaphroditism)、後者は隣接的雌雄同体(consecutive hermaphroditism = sequential hermaphroditism)と呼ばれます。性転換をする場合には、雄から雌に転換する雄性先熟(protandry)と、雌から雄に転換する雌性先熟(protogymy)の可能性がありますが、軟体動物の場合は雄性先熟が一般的です。生殖器官は生殖巣(gonad)と生殖輸管(gonoduct)から成り立ち、生殖輸管には様々な腺組織や袋状の構造が付随します。生殖器官は体腔を形成する器官として排出器官や囲心嚢と連絡をもつものが見られますが、それぞれの器官が独立するものも少なくありません。


 
神経系
 神経系は原始的な軟体動物でははしご状神経系です。一般的に、頭部には脳神経節(cerebral ganglion)、側神経節(pleural ganglion)、足神経節(pedal ganglion)という3対の神経節が食道を取り囲むように位置しており、食道神経環(circumesophageal nerve ring)と呼ばれます。より進化した分類群でははしご状の横連絡がうしなわれ、神経節の集中化が起こります。



無板類(Aplacophora)

 “無板類”とは殻がなく細長い虫状の軟体動物の総称です。無板類は厳密には進化的に まとまりのある分類群ではなく、溝腹類Solenogastres=Neomeniomorpha(図1-1)と尾腔類Caudofoveata=Chaetodermomorpha(図1-2)の2つの綱に区別されています。一般の人はほとんど見る機会のない分類群であり、経済的に利用されることもありません。そのため人類の生活にはほとんど無関係といってもよいでしょう。しかし、無板類は最も原始的な軟体動物と考えられており、軟体動物の起源を探る上では非常に重要な分類群です(図1-3)。


 

 

 
 無板類はいくつかの原始的な類似性を共有しています。まず、体全体が無数の石灰質の骨針(spicule)によって覆われていますが、この骨針は貝殻の原始的な状態であると考えられています。腹側には機能的な足はありません。軟体動物であることは歯舌の存在によって支持されます。体の後端には外套腔があり、総排泄腔(cloaca)として機能しています。消化管はまっすぐに縦走し、神経系が原始的なはしご状である点が特徴的です。

 しかし、溝腹類と尾腔類の両者の間には主に5つの大きな違いが認められます。(1)腹溝溝腹類には腹側に腹溝=足溝(ventral groove)がありますが、尾腔類にはありません。(2)体形尾腔類では体の前後にくびれを生じ、頭部が膨らみ尾部が末広がりになる傾向があります。溝腹類は滑らかな紐形の体を持ちます。(3)消化管溝腹類は単純で真っ直ぐな消化管を持ちますが、尾腔類では中腸の腹側に消化腺が分化します。(4)生殖溝腹類は雌雄同体ですが、尾腔類は雌雄異体です。(5)鰓尾腔類には1対の二葉型(bipectinate)の櫛鰓が存在します。溝腹類には鰓を欠きますが、二次的にひだ状あるいは乳頭状の呼吸構造を持つことがあります(図1-1D)。

 無板類は全て海産で、生息環境は種によって異なります。溝腹類は群体性の刺胞動物にからみついて棲息しています。日本産ではカセミミズEpimenia babiとサンゴノフトヒモNeomenia yamamotoiが比較的よく知られている種です。尾腔類は大部分が1cm程度あるいはそれ以下の小型種です。外套腔を上にして泥底または砂泥底に埋没し、底質中の有機物を食べています。日本産の種ではアッケシケハダウミヒモChaetoderma akkesienseとヤマトケハダウミヒモChaetoderma japonicumが記載されています。


多板類(Polyplacophora)

 一般にはヒザラガイ類と呼ばれています。体は背腹方向に偏圧され、左右対称です。体の外形はケムシヒザラガイCryptoplax japonicaでは細長く、ババガゼPlaciphorella stimposoniでは円形に近くなります(図1-4)。体は扁平で、硬い地物に付着して棲息します。引きはがされると、対になった背腹方向の筋肉と縦走筋の収縮により、体を丸めることができます。腹側には広い足が発達します。頭部には眼も触角もありません。


 背側には8枚の石灰質の殻板(shell plate、valve)をもちます。しかし、化石の多板類には殻板が7枚しかないものも報告されており、8枚の殻を持つ新多板類NeoIoricataと7枚の殻を持つ古多板類Paleoloricataに区別されています。殻板は体の正中線上に並びます。殻は表層(tegmentum)と連接層(articulamentum)の2層からなります。連接層は前側に突出部を形成し、重なり合います。最も前の殻板は頭板(head valve)、後側の殻は尾板(tail vaIve)、それらの間に位置する殻板は中間板(intermediate valve)と呼ばれます。発生の過程では殻板は最初に7枚が形成され、最後に1枚が追加され8枚になることが知られています。

 殻は微細な管状構造によって貫かれています。サイズは一定ではなく、大型のものは大孔(megalopore = macropore)、小型のものは小孔(micropore)と呼ばれます。管状構造の内部には枝状器官(aesthete)があり、大孔・小孔に対応して、大枝状器官(macraesthete)と小枝状器官(micraesthete)と呼ばれます。分類群によっては大枝状器官にレンズを備えた殻眼(shell eye = valve eye)を持つものがあります。

 殻の一部または全ては肉帯(girdle)によって覆われています。オオバンヒザラガイCryptochiton stelleri(図1-5)は殻が完全に覆われる例です。肉帯は外套膜が厚く変化したものと考えられています。肉帯の表面には石灰質または角質の棘(spine)、鱗片(scale)、ひげ状突起(bristle)が存在します。

 

 足の周囲には外套溝(pallial groove)が発達します。この溝が他の軟体動物の外套腔に相当します。水を外套溝内に取り入れるときは、肉帯の前の部分を持ち上げます。外套溝には6〜88対の鰓があり、水流は鰓の間を通って後ろへ流れます。鰓の数は体の左右で一致しない種もあります。

 歯舌は17列の歯舌歯からなります。そのうちの1対は特に大きく、大側歯と呼ばれます。大側歯の先端は黒く磁鉄鉱(magnetite)で覆われます。この部分は磁性を持っており、磁石に近づければ引き寄せらます。しかし、この磁性のもつ意味は分かっていません。

 多板類の消化管の配置は複雑ですが、内部構造は単純です。特に胃の内部には他の軟体動物に見られるような複雑な嚢状の構造が発達しません。腸は長く、腸は前腸(anteriorintestine)と後腸(posterior intestine)が区別され、両者の間には腸弁(intestinalvalve)と呼ばれる弁がある点が特徴的です。

 食性は主に藻食ですが、雑食や肉食の種も知られています。肉食性種の代表例はババガゼで、体の前側の肉帯を持ち上げて待機し、小型甲殻類などの餌生物が近づくと肉帯を振り下ろすようにして押さえつけ捕食します。

 大部分の多板類は雌雄異体です。しかし、僅かに雌雄同体の種類も知られています。受精は体外受精ですが、外套溝内で保育する種も知られています。

  神経系は食道神経環、側神経幹(lateral nerve cord)、足神経幹(pedal nerve cord)およびその横連合からなる原始的なはしご状の構造を持っています。


単板類(Monoplacophora)

 現生種のネオピリナ類Neopilinaが「生きている化石」として有名です。ネオピリナの名前は古生代の化石単板類であるピリナ類Pilinaに関連して「新しいピリナ」という意味で名付けられました。現生種の大部分は漸深海帯に棲息し、世界中で約20種しか知られていません。残念ながら日本の近海からは発見されていません。

 化石としては多くの種が「単板類」として記載されています。特に、古生代の様々な一枚殻(univalve)型の貝類が単板類と呼ばれています。現生のネオピリナ類を含む狭義の単板類に対しては、混乱を避けるためにMonoplacophoraではなくTryblidiidaという名称が用いられています。この名前は化石属のTryblidiumに由来しています。

 殻は単一のカップ状です。殻頂は前側を向き、原殻は左右対称です。殻は外側から、殻皮、稜柱層、真珠層の3層の構造を持ちます。殻頂が前方を向く点では腹足類のカサガイ類Patellogastropodaに類似しますが、単板類が分離した複数の筋肉痕と真珠層を持つのに対して、カサガイ類では単一の馬蹄形の筋肉痕を持ち、真珠層はありません。

 単板類の体制上の特徴は、一枚の完全な貝殻が形成されること、多くの器官が複数の対になること、原始的なはしご状の神経系を持つこと、の3点に要約されます。

 単板類の鰓、収足筋、排出器官の数は分類群によって異なり3〜8対に変化します。ま た、心房や生殖巣も2対あります。これらのくりかえし構造は体節構造の名残と解釈する見方もありましたが、各器官の位置関係が対応しないことから、体節構造とは見なされていません。

 神経系は側神経幹と足神経幹が横連絡によって結ばれるはしご状の構造を持つ点では無板類、多板類などと共通です。そのため、かつてはこれらの三者を双神経類(Amphineura)として分類されていました。しかし、ネオピリナ類は以下の点で、無板類、多板類以外の軟体動物に類似しています。(1)内臓塊を被う単一の大きな殻を持つ、(2)幼生期に特別な殻(原殻)を形成する、(3)外套膜の縁辺部は3葉に分かれる、(4)外套膜に石灰質の骨針を欠く、(5)殻皮腺(periostracal gland)は外套膜縁の腹側に位置する、(6)口の周辺に触手状の構造を持つ、(7)顎板を持つ、(8)胃に晶体(crystalline style)を持つ、(9)側神経幹の後端が無板類・多板類では直腸上横連絡(suprarectal commissure)であるのに対し、ネオピリナ類では直腸下横連合(subrectal commissure)を持つ、(10)平衡胞を持つ。従って、双神経類は神経系以外の形質では支持されないことになり、現在では、単板類・頭足類・腹足類・二枚貝類・掘足類に対して貝殻亜門 (Conchifera)という分類群が用いられています。一方、無板類と多板類に対しては石灰質の骨針を共有するという特徴からAculiferaという名前が与えられています。



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