1

東京大学総合研究博物館に寄贈されるシーボルト植物標本

 
 

大場秀章


 今回,ライデン大学植物学博物館(正式にはオランダ国立植物学博物館ライデン大学分館)からシーボルト関連の日本植物の歴史的標本が東京大学総合研究博物館に寄贈される.

 ここでシーボルト関連の日本植物標本コレクションについて一言しておきたい.まず,このコレクションがシーボルト自身によってすべてが採集され標本として保存されたわけではないことである.5章で書くように来日中のシーボルトは行動が大幅に制約されており,日本国内を自由に調査して歩くことなどはまったく不可能であった.こうしたシーボルトの植物研究を支えたのは伊藤圭介らの日本の門人やシーボルトに雇われた下僕であり,シーボルト自身のコレクションには彼らによる採集品が多量に含まれている.そればかりではなく,オランダの東インド会社は植物やその他の自然史研究についてシーボルトの助手となる人物を派遣している.その中でもビュルガー(Heinrich Burger)はシーボルトの帰国後も日本に滞在し,多量の植物標本を採集している.ここでいうシーボルト関連の日本植物標本コレクションとは,ライデンでHerbarium Japonicum Generaleとして,その他の標本とは分けて保管されている標本を指す.Herbarium Japonicum GeneraleのHerbarium Japonicumの意味は文字通り「日本の植物標本(室)」であるが,Generaleの意味が解りにくい.ここでのGeneraleは「一般的な」という意味ではなく,「全体的な」という意味で用いられていて,上記の名称は旧本で採集された歴史的標本すべてを網羅した植物標本室」というように解することができる.

 歴史的な標本では今日の標本にはない厄介な問題を伴うことがある.シーボルト植物コレクションでの大問題は多くの標本に採集者名が記入されていないことである.コレクションの形成史を踏まえ,1点々々の標本の採集者名を特定したのは同館主任標本室管理者のヘラルド・テッス氏(Mr.Gerard Thijsse)である.氏はまたそれぞれの標本を同定し,下記の目録を作成した.

 ここで重複標本について説明しておきたい.植物では標本を作製する場合,動物標本とは違って意識的に重複標本をつくるように努める.例えば,ある木の標本を作製するときたった1点の標本をつくるのではなく,数点の標本を同時につくる.この同時につくられた標本を重複標本と呼ぶ.植物学的に重複標本には等しい価値が認められている.例えばライデンの標本で行われた研究結果を,別の研究機関がその重複標本を所有していれば,居ながらにして検証することができるのである.それがタイプ標本の場合はさらに重要である.タイプ標本(ホロタイプ)の重複標本はアイソタイプと呼ばれる.アイソタイプであっても分類学的な重要さはホロタイプとさほど変わりなく,研究には欠くことのできない特別に重要な標本である.今回寄贈される標本にはシンタイプに該当する標本が数点含まれている.シンタイプとは新植物を記載する際に命名者によってタイプが指定されなかったとき,記載に用いた標本すべてをシンタイプと呼ぶ.シンタイプの植物学上の価値もきわめて高い.このような重要な標本の重複標本を東京大学総合研究博物館に寄贈していただくことに対して,深い感謝の意を表したい.

 以下の目録は2000年10月26日にテッス氏が作成し,館長のバース教授に手渡されたものである.なおライデン大学植物学博物館からは,さらに約150点の歴史的標本が分与される予定である.

ライン川
ライデンの市内を流れるRijn川.この川はライン川に通じる.


前頁へ    |    目次に戻る    |    次頁へ