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第四部

知の開放


総合研究博物館

東京大学が所蔵する600万点にも及ぶ豊富なコンテンツを積極的に「公開」し、利用範囲を広げるため「東京大学総合研究博物館」は設立された。今までに例のない研究主体の「ユニバーシティミュージアム」である。大学博物館に多い特定コレクションの陳列施設ではなく、学部や研究所に所属した特定分野の専門博物館でもない。その名の通り東京大学全学の資料を背景に、総合的にそれらの資料情報の整理・公開方法を研究する施設である。

その「東京大学総合研究博物館」の目的実現のため、コンピュータ技術を広く利用した博物館「デジタルミュージアム」の構築研究がすすめられている。「デジタル・ミュージアム」とは、その実現のためのコンピュータハードウエアや、ソフトウエアだけを指すのではなく、これら開発する新しい技術から演出手法といったものまでを含めた、総体的な博物応用のための技術体系を指す。 マルチメディアやインターネットといったコンピュータ技術の普及により、コンテンツの重要性が急激にクローズアップされている。その意味では、明治10年の創設以来蓄積されて来た膨大な学術資料を保有する東京大学は、まさにコンテンツの宝庫であると言える。そのコンテンツをデジタルミュージアムに「収蔵」することにより、博物館の持つ資料の保存・整理・公開の機能に新しい地平を開くことを我々は目指している。第4部「知の開放」はまさにこの「デジタル・ミュージアム」のコンセプトから生まれたものである。

総合研究博物館の展示では所蔵品の中から、重要文化財の埴輪女子像など埴、菩薩像や如来像などが描かれた法隆寺金堂壁画などを選び、仮想展示や実物展示を行う。

「古墳時代の埴輪女子像」(重要文化財)「古墳時代の埴輪女子像」(重要文化財)
「古墳時代の埴輪女子像」(重要文化財)

明治28年、現在の栃木県宇都宮市省宮町菖蒲塚の辺りで発見されたといわれる。高さ59.8cm。胸部に直径3cmほどの小さなもりあがりがあり、それが乳房と解釈され女子像とみられている。

法隆寺金堂壁画 第一号壁画とキオスクターミナル銅鐸(岡地舟渡一号銅鐸)
法隆寺金堂壁画 第一号壁画と
キオスクターミナル
銅鐸(岡地舟渡一号銅鐸)

銅鐸はいわゆるベル型の青銅器で、その起源は大陸製の小型類品であったと推定されているが、大きさや形状、紋様構成などにみられる多くの特色は弥生時代の日本列島で独自に醸成された。
【静岡県引佐郡細江町船渡/弥生時代/高さ56.6cm】

本草図譜
本草図譜
【岩崎常正】


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