第2部 展示解説 動物界

哺乳類の多様性と
標本から読み取ること

 

 

最後に

 リンネの「自然の体系」の系譜として哺乳類の多様性 を伝えるという意味では本館の標本群は十分とはいえない。その意味で標本の充実はこれからも努力を続けなければならないが、それでもイルカ、ゾウ、シカ、ネズミなどを見比べるだけでも哺乳類という動物群の多様性を垣間見ることができる。

 本稿の最後に解説したニホンジカの歯の年齢査定にしても、磨滅にしても、ほんの小さな歯の中に秘められた情報である。そこから得られた情報は例えばシカが生息地の中でいかに食物を確保するか、それがオスとメスでいかに違うか、またオスには成獣になるときに通過しなければならない厳しい時期があることなどを私たちに教えてくれた。これらの解析は、標本こそが生態学にとってもまたきわめて重要なものであることをよく示しているといえる。

 小論の結論はいささか凡庸であるかもしれない。なぜなら、それは標本の収集と保管が大切だということ だからである。だが、この平凡であり、したがって当然であるかのごときことが、現在の日本の生態学にお いてほとんど等閑視されていることもまた事実なので ある。私は生態学以外の分野にまで言及することはで きないが、大局的に見て日本の他の生物学分野において標本が重視されているとはとても思えない。冒頭のリンネに戻れば、自然物を直視するのに不可欠な理論と標本のバランスがとれている状況があるとは思えないといわざるをえない。その状況改善という意味においても生態情報をともなった標本の確保の努力は続けられなければならない。

 末筆ながら、本稿を本館終身学芸員であり、本館の哺乳類標本の充実にご尽力された神谷敏郎先生のご霊前に捧げます。

 

 

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