フェーズ2

Designing<デザイン>




 展示を特徴づけるうえで、空間そのもののイメージは重要なファクターとなる。何故ならば展示空間に入った時の第一印象がすでに展示効果のはじまりとなっているからである。さらにその室のテーマ、そして展示物を際立たせるテーマに裏付けされたコンセプチャルな空間演出も大切となる。本展をデザインするうえでもまずは展示の世界感をデザインすることから始めた。いわば「イメージの土台作り」である。そこで展示全体を通して「モノクロ」を空間イメージ作りのコンセプトとした。その理由は以下の点である。

・資料の大半が石、瓦など無彩色のものがほとんどであること。

・展示の起点となった渡辺武男の遺した資料のカラーは白黒写真などのモノクロの世界だったこと。

・過去の出来事を再生するというイメージを展開する上で効果的であること。

さらに白と黒の世界を交互に登場させることでモノトーンの雰囲気を強調させることとした。


●各ゾーンの性格付けと展示アイテムの表現

<プロローグ>

 博物館の展示の期待感は入口が見えたところから始まっている。本展では来場者の期待感を増幅させるべく、入口手前のアプローチから演出を始めることとした。展示の狙いは、期待感の醸成と特別展の事前情報の提供である。

【エントランスオブジェ】

・連続したオブジェで来場者を招き入れ、展示への期待感を高めさせる。

・テーマである“石の記憶”のイメージを訴求する。

・被爆試料という糸口によって広島と長崎の双方を同時に等しく扱うことをアピールする。

・研究成果の導きに大きくかかわった広島=花南岩、長崎=安山岩を展示する。



<イントロダクション> 第1室

 第1室は建物に入った観覧者が初めて出会う展示であるため、そのインパクトを利用した「展示ストーリーのはじまり」を演出する。

【入口環境演出】

・爆心にたたずむ科学者“渡辺武男の姿”の写真を使い等身大の人物演出をする。

・足元に被爆試料の瓦礫を部分的に敷き、環境を切り取ってきたような雰囲気を出して一目でストーリーの状況設定がわかるような場を表現する。

 今回の展示は渡辺武男のフィールドノートや写真、収集された試料といった遺されたものをもとに氏の行動、思考を追体験し、そこで導き出された成果を実感することが展示体験の中核をなしている。

【渡辺武男の足どり】

・時系列で詳細に表現された足取りマップ。

・氏の行動の「まとめ」の意味を持たせ、展示として展開される情報計画のキープランの役割を担わせる。



<フィールドノートと科学者> 第2室

 フィールドノートは本展をかたち作る最も有力な手がかりとなった情報の宝箱ともいえる存在である。第2室ではそのフィールドノートをメインテーマとして象徴的に見せることを目的とする。フィールドノートは研究者にとって極めて大切なものである。そこでフィールドノートの存在感をインスタレーション的に表現できないかと考えた。また、これを掲げる棚の木口に一行だけで構成されたグラフィックを施し、渡辺武男が生涯に渡り記したノートを感じ入りながら見られるようなメッセージを送る。

【フィールドノートのインスタレーション】

・実物資料が持つリアリティーという訴求力に加え、圧倒的な物量、そしてフィールドノートの記録メディアとしての性格を感じさせる。

・さらにこれを再生していくことが本展の展開そのものであることを表現するため、ディスプレイの効果をうまく活用しながら展示をデザインする。

・観る人にいかに強く、深く感じ入ってもらえるかどうかに気を配る。



<渡辺武男の目> 第3室

 この部屋は「渡辺武男の目になること」をテーマとする。氏が遺したものの中でも100枚にも及ぶ写真はまさに彼の目に映った光景そのものであり、何に気を留め、何を考えたのかを知る大きな手がかりとなる。また、フィルムのストリップは時系列に事象を記憶したメディアである。瞬きするごとに目に焼きついた光景が、まさにこの一枚一枚の写真といえる。観覧者はこれを見ることで氏の視覚情報を追体験する。

【ELライトによる演出】

・渡辺武男の視覚的記憶に特化したインスタレーションを展開する。

・空間を媒体とする展示は空間を構成するあらゆるところが展示の場となり得る。そのためケースやパネルという概念を取り払った、空間の使い方で訴求したい内容を鋭く伝える方法を試みる。

・ほとんど厚みのない発光フィルム—ELライトを活用し、壁や床をおかまいなしに貫くビジュアル演出を展開する。



<ドキュメント回廊> 第4室

 原爆投下直後、アメリカ軍がカラーフィルムで現地を記録していた。4室ではその実写フィルムを素材として展示し、被爆試料が生じた起点ともいえる。「原爆投下」のリアリティーを映像によって伝える。

 第3室までは、調査団の目的と科学者の情報収集の様に焦点をあて、後の5室ではいよいよ渡辺武男が持ち帰った試料に基づく調査研究の成果を解き明かしていくことになる。そこでこの室ではその展示ストーリーの転換部を動画の持つ説得力を使い、インスタレーション的手法で演出する。モノクロカラー基調の中でカラーフィルムの有彩色をワンポイントで使うことで転換部の効果を一層際立たせる。

【映像とグラフィックのメディアミックス】

・新素材を使いスクリーン、グラフィックのハイブリッド効果を試す。

・スクリーン形状も先細りのすり鉢状とし、一目で全体が俯瞰できる特異な空間構成とする。



●広島・長崎それぞれのフィールド調査の特徴をディスプレイ

<研究の成果> 第5室

 第5室は渡辺武男が持ち帰った試料、情報が、研究の目標達成に向けてどのように近づいていったかを解明していく場である。氏の目標は爆央と呼ばれる爆心地真上の炸裂ポイントを割り出すことであった。ここではそこに至るまでの情報収集、調査、分析の過程を展示ならではのかたちで情報発信する。さらに氏が遺した資料により、平成の今新たに解き明かされた真実、そして今後も科学者によって研究成果が生まれていく可能性も示唆する。

【広島ウォーキングマップ】

・床に貼られたマップの上を歩きながら渡辺武男の行動を追体験するインスタレーション型展示。

・地図上のポイントにあわせて資料、情報をプロットする。



【浦上天主堂の壁面】

・浦上天主堂の調査にポイントを絞った展示アイテム。

・フィールドノートに記された浦上天主堂のスケッチとその部分から採取した試料や情報を重ね合わせ紹介する。

・氏の長崎での足取りをグラフィックにだぶらせた映像によりイメージ展開する。



●爆央を求める解説造形

【爆央ポイント解析インスタレーション】

・爆心からの距離、そして試料に残された影から割りだされる角度から「爆央」が導き出されることを解説する造形型展示。

・エッジライトの効果をうまく使った雰囲気で展示する。

【爆心からの距離のバースケール】

・爆央のオブジェを起点に展示室内の各テーマの場所での実際の距離を表したバースケールを床に配置する。床全体をある種のグラフィックに見立てたインスタレーションとして表現する。



●平成のトピックス

 渡辺武男が遺した資料を追調査するなかで新たな発見があった。広島護国神社の狛犬と思われていた石像が浦上天主堂の柱飾りだったこと。渡辺武男の資料に登場する「さかひ橋」が原爆の被害で落ち、現在の地図から消えてしまったこと。これらを試料と共にエピソードを交えトピック的なコーナーとして紹介する。

【「橋の真相」】

【読み物「狛犬の謎」】

・この真相を円形のポケットスペースをつくり、読み物的に伝える。

・中央にはスポットライトをあびた主役の獅子頭を置く。



●標本テーブル

・休憩と資料の閲覧を兼ねたスペースを作る。

・ライト(内照)テーブルに切片標本(石のスライス)をのせて、被爆試料を通常では見られない角度から観照する。

・休みながら情報検索するという機能のあり方と効果を実験する。



●被爆試料研究のこれから

 渡辺武男が遺したもの以外にも被爆試料は膨大にある。それは石や瓦などの小さなものばかりではない。日本銀行広島支店のように被爆の爪跡を今に残す建築も被爆試料のひとつである。被爆試料の研究のこれからを展示するものとして同建築を紹介、今後の調査、研究に向けたメッセージのひとつとする。

【日本銀行広島支店】

・1/100スケールのホワイトモデルを作る。

・内部も見せながら、象徴的にディスプレイする。

・静寂な環境にシャープに展示された模型。天吊りの上層部の緊張感の中に建築そのものの姿を紹介する。

・本展の巡回展の可能性も建物内部に描いてみる。



●導出メッセージ

・入口からのアプローチでは目にすることが少ないが、帰る人には目立つ第4室の窓側の壁に送り出しのメッセージを描く。




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