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「シーボルトの21世紀」のデザイン

On the design of "Siebold in the 21th Century"

洪 恒夫
Tuneo Ko

交響曲をつくる

展示は,展示物と来場者との対話の場である.

そこには伝えたいテーマ,そして伝える手段が存在する.

博物館は博物資料を広く公開することが目的であるため,テーマはあっても美術館同様,展示物と来場者が自由に観賞するのみの展示もある.しかしながら,時として展示はその作者が観る人を招き,展示物を介しながらテーマに則したストーリーを体験してもらうようなメッセージ性・物語性の高い「もてなしの場」のようなニュアンスを持つこともある.これは映画や小説にも相通ずるものであり,少々飛躍すれば料理人が食を通して客をもてなす料理のコースのようなものかも知れない.

私がこの展示の作者である大場教授から「シーボルトの21世紀」の構想を聞いたのは,ある食事の席でのことであった.それは研究者である作者が自分で調べ,見聞した内容を基本としつつも“作家-大場秀章”の作品としての企画書のようなものであった.まさに作者が伝えたいストーリーそのものであった.

内容については展示を観覧頂くか,この図録で大場教授が書いておられる内容から十分ご理解いただけると思われるためここでは割愛する.その時私が受け取った印象は「シーボルトの21世紀」は,空間を介して来場者が「自分の歩調で展開するストーリー」を体験する作品の鑑賞そのものではないかというものだった.

「交響曲を作りたい」と作者は言われた.それは,博物館を訪れた人がオーケストラの演奏を観賞するように,メッセージを享受する「時間」,「空間」こそが展示なのだという趣旨のものであった.言い換えれば,そのめざすべき姿は,ストーリーが軸となった極めてメッセージ性の強い展示であった.

交響曲は4つの楽章で構成される.各々の楽章はそれぞれ変化に富んだ展開を繰り広げ,それでいてダイナミックかつ力強いメッセージを伝える役割を担っている.

作者の構想は,なるほどこのスタイルで展開するのにふさわしい明快なストーリーがあった.

かような思いを聞いたところから,展示のプラン・デザインを担当する私の作業が始まった.

 

ストーリーを「展示シナリオ」に置き換える

展示はストーリーを具体化するための「展示シナリオ」を描くことから始めることが多い.これは展開する空間への落とし込みを考慮しながら進めていく.

展示シナリオはどのような「くくり」でテーマを構成し,展開させるかがポイントになる.いわばこの「くくり」が交響曲を構成するひとつひとつの楽章となる訳である.

 
コンセプトチャート
初期段階のコンセプトチャート
 

博物館に足を踏み入れたところから,来場者がどのようなものに接し進んでいくと,最も効果的に作品の意図を伝えることになるのか,ということに気を留めた.つまり展示シナリオは料理で言えばコースメニューをつくることである.スタートから終わりまで,出し物,出し方をイメージし,決定していく.先ずは展示計画の初期段階として,以上のような意識で展示室の構造に見合ったメニューの作成をしていった.

 
割り付け検討1 割り付け検討2
各楽章(展示室)への展示資料の割り付け検討
 

◎各室の展示の基本方針

第1楽章=第1室 シーボルトとはこんな人物
シーボルトという人物に接する.人物,当時の日本,オランダのバックグラウンドを知る.
第2楽章=第2室 シーボルトが日本にやってきた,このような活動をした
国家的なミッションにより来日し,異国人が日本で活動.日本に興味を持ったシーボルトが何をしたのかを知る.
第3楽章=第3室 シーボルトはこのようなモノやコトを持ち帰った
シーボルトが持ち帰った有形,無形の資料,その多岐にわたる分野そして,おびただしい量を知る.
第4楽章=第4室 シーボルトの業績を21世紀の今の視点で評価
シーボルトのコレクションが与えた影響,後継の研究者等による発展を知り,今後も期待される波及効果を予感する.

展示シナリオを組み立てる上でのポイントは下記のようなものであった.

  • 各展示室を進むごとに“幕代わり”を行う.テーマ・内容,雰囲気をがらりと変えて展開する.しかながらメインテーマはバックボーンとして力強く貫き通すストーリーラインを構築する.
  • 各室の導入部には,それぞれの楽章を楽しむための解説文(サマリー)を配置し,展示を読み解くための助けとすることで,強制的あるいは,過度な説明はなくとも交響曲を楽しみストーリーがスムースに感じ取れる工夫を施す.
  • 各楽章ごとのストーリーも明快にし,これに整合する展示物をはりつけていくことで展示シナリオを完成させる.
  • 各展示室のテーマに合せた展示物をストーリーに合せて割り付けていく.
  • 展示物とともに,各展示室の世界観を描いていく
 
ブレーンストーミング用ビジュアル
デザインイメージを組み立てるためのブレーンストーミング用ビジュアル
 

それぞれの楽章のイメージにあった空間をデザインする

映像や文章などと違って,展示というメディアの特徴,そして醍醐味は,展示物やそこにある各種情報との対話が,空間という雰囲気をもった場の中で執り行うことができるということである.つまり,テーマ性のある環境の中で展示物を観賞することで,その世界感に浸りながらの体験ができることである.

オペラなどでもよく用いられるが,今回のねらいである交響曲的な展示の実現に向けては各室ごとにイメージをがらりと変える変化に富んだデザインを施すことが基本方針となった.

◎各楽章の展示の特徴とデザインの基本方針

第1楽章=第1室
シーボルトのプロフィール,家系など人物の背景となる情報を淡々と伝えるスペース.雰囲気はニュートラル.
象徴的な肖像が来場者を迎える.
第2楽章=第2室
オランダから異国人がやってきたことをインパクト付ける.
シーボルトという人物の多面性,日本での営みに迫る.
オランダの文化が日本に入り込んできたことの違和感を表現する.「ここはオランダの博物館!?」という徹底的な演出を施す.
第3楽章=第3室
シーボルトが実際に様々なものを持ち帰り,それらが後に欧州の文化に多大な影響を与えることを予感させる.
持ち帰った資料のテリトリーの広さ,量の多さを表現する.
圧倒的な量をアピールする,シーボルトが持ち込んだ日本の資料,情報のビジュアル化.
第2室とは反対に,欧州に日本の物が持ち込まれた違和感を表現する.
日本を感じさせ,かつシーボルトの興味の主軸を成した「植物の世界」のイメージの表現として,江戸時代の浮世絵のアトラクティブなコラージュによって演出する.
第4楽章=第4室
シーボルトが日本から持ち帰ったコレクションを実感をもって観賞させる.実物のもつ迫力.
ライデン大学に収蔵されているコレクションの里帰り.
特に植物に焦点をあて,コレクションが二次的,三次的に研究され各方面に様々な影響を与えていることをイメージ付ける.
シーボルトの遺したものの偉大さ,そしてそれらが21世紀の今も継承され,発展しつづけていることを紹介し,今後への期待を予感させるメッセージを送る.
コレクションを象徴的に見せる演出.シーボルトの業績が継承されている様子のインスタレーション表現.今後の展望について肉声が.などテーマごとの展示のコラージュでメッセージ発信の拠点としての性格を印象付ける.
 
イメージスケッチ
レイアウトの基本計画と各コーナーのイメージスケッチ
スケッチにより各室のイメージを固める.


展示平面プラン
展示平面プラン
展示の製作に向けて,計画内容を図面にする.
 

◎演出のエポックとなるコーナーのデザインイメージ

--各楽章の特徴を表現する顔づくり-- 展示室を移るたびに表情がかわることで,テーマが変わったことをイメージ付ける.そして,空間デザインにより創出された雰囲気が,展示室のテーマを印象付けるものとする.
 
<第2楽章>
  • 当時の日本に入り込んできた“西洋”の違和感を表現する
  • オランダの博物館をイメージ的に演出する
  <第1楽章>
  • シーボルトという人物・家系
  • 来日当時の日本とオランダの時代的背景
<第4楽章>
  • シーボルトのコレクションがもたらした成果,後継者に引き継がれ広がる波及効果をイメージ表現する
  • 実物コレクションや映像等を組み合わせた,インスタレーションで演出する
  • 21世紀の今,今後どのような展開が期待されるかをメッセージとして送る
  • 様々な分野でのシーボルトの再評価と今後の展望について,映像を通して語る
<第3楽章>
  • シーボルトが持ち帰ったものによる,当時の欧州における“和=日本”の違和感を表現する
  • 和のイメージの代表としての屏風に映る浮世絵を演出する
 

おわりに

交響曲に見立てられた展示は博物館の入り口に一歩踏み入れた時からその音色を奏で始める.そして来場者が展示室を進んでいくことで交響曲の楽章も進んでいく.今回のように展示ストーリーをアピールすることをねらいとした展示において,「デザインをする」ということは,コンダクターがタクトを振って楽曲をリードするのと同じ役割を果たしているのかもしれない.

コンダクターは作曲者の思いを解釈し,自分なりのアレンジによって自らの音楽を作り上げていくのだろう.オーケストラの音楽は様々なパートの音により構成される.展示も展示資料,文字情報,造形の色かたち,映像・音響,照明等々と,様々なパートが同じように存在し,これらの組み合わせで作られていく.

一般的に博物館は,博物資料を見せることが主たる目的であるが,その見せ方,表現のしかたによっては展示の効果や表情が変わってくる.つまり,展示技術によってさまざまな効果を生み出すのである.この行為は一言で言えば展示演出といえよう.

昨年10月,総合研究博物館にミュージアムテクノロジー研究部門が発足した.そこでは「展示工学」と呼ばれる展示に関わる様々な技術を研究し,博物館内での実験展示などの実践によりその効果を確認することも活動目的の一つになっている.当研究部門に籍を置く私にとって今回の「シーボルトの21世紀」は展示デザインを通した展示ストーリーの具現化という実験への取り組みともいえた.展示とは空間を自由に行き来し,自分の興味で鑑賞の対象を選んで見ることのできる自由度の高いメディアであるため,「作者のメッセージを明快に伝える」というねらいがどの程度実現できたかは定かでない.しかしながら,ここを訪れた方が「シーボルトの21世紀」という交響曲にふれ,その世界を少しでも感じ入っていただけたら幸いである.

こう・つねお 東京大学総合研究博物館客員助教授
(Visiting Associate Professor,
University Museum, University of Tokyo)
 

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