クランツ木製鉱物模型

田賀井篤平(東京大学総合研究博物館)

 Adam Krantzは、1857年に114個からなる木製の結晶形態模型を作成した。これは、鉱物の形態を実例に基づいて完全な形で再現したもので、鉱物標本コレクションとともに所有することで、コレクションに一層の輝きを与えることを目的として販売されたようである。その後、1862年には、研究者の協力を得て、より多種多様な鉱物形態に対応した675個の木製の結晶形態模型コレクションが販売するに至った。本館が所蔵するクランツコレクションに属する木製の結晶形態模型は、この675個のコレクションであり、1880年に、新たに68個を追加して743個の模型が発売されたことから、1862年から1880年の間に購入されたものであると考えられる。743個のコレクションのカタログにはStrassburg大学のP. Groth教授の序文が寄せられており、この結晶模型は、鉱物学の原点を示すものであり、鉱物学の講義に欠かすことができない、と述べている。Adam Krantzの甥であるFriedrich Krantzは、Breslau大学で鉱物学・結晶学教授であったHinzeの指導を受け博士号を取得し、Krantz商会の経営にあたった。Friedrich KrantzはHinzeとの交流の中で、結晶学に強い興味を示し、多くの鉱物の結晶形態を調査して、その集大成として、928個の結晶形態模型セットを作成・販売した。現在においても、結晶形態模型は、結晶の対称を学ぶ際に欠かすことができない教材であり、その教育研究に対する輝きは一層増していると言っても過言ではない。Friedrich Krantzの928個の結晶形態模型セットを超えるものは、その後作成もされなかった。当初、Adam Krantzが意図した「鉱物標本コレクションとともに所有することで、コレクションに一層の輝きを与えること」から、鉱物模型は「鉱物学という学問の原点」に進化したのである。

 675個の木製の結晶形態模型コレクションのカタログには、模型を作成する際に参照した文献として
1) C.F. Naumann: Lehrbuch der Mineralogie. Berlin 1828.
2) G. Rose: Elemente der Krystallographie. Berlin 1838.
3) *. Mohs: Naturgeschichte des Mineralreichs, bearbeitet von Zippe. Wien 1836 u. 1839.
4) F. Hessenberg: Mineralogische Notizen aus den Abhandlungen der Senckenbergischen Gesellschaft in Frankfurt a.M., bisher in 5 Heften erschienen.
5) W. Miller: Elementary introduction to Mineralogy. London 1852.
6) Greg and Lettsom: Manual of the Mineralogy of Great Britain and Ireland. London 1858.
7) J. Dana: System od Mineralogy 4 Edit. New-York 1854.
8) Haüy: Traité de Mineraloie II Edit. Paris 1822.
9) Levy: Description d'une Collection de Mineraux Formée par Mons. Heuland. Londres 1837.
10) Dufrenoy: Traité de Mineralogie. Paris 1844-1847.
が挙げられているが、これらの書籍の多くは、当時を代表する鉱物を記載した書籍であり、筆者も欧米の一流の研究者が網羅されている。

 個々の鉱物模型には、番号、形態名、Naumannの面記号、Millerの面指数、この形態を示す鉱物名、文献が記載されている。例えば、
Nr. 1. Octaeder. O. Naumann. o=111. Miller. Rose Fig. 1. Dana Fig. 11. Magneteisen, Spinell, Rothkupfererz, Schwefelkies, Kobaltglanz, Pyrochlor, Flussspath von Andreasberg und Moldawa etc. Spaltungsform des Flussspaths.
とある(原文通り)。これは、
1番 正八面体、ナウマンの記号O、ミラーの指数o(111)、magnetite, spinel, cuprite, pyrite, cobaltite, pyrochlore, fluorite (Andreasberg, Moldawa産など), fluoriteの劈開面、
である。
675個の鉱物模型は
1) Tesserales (Regul較es) System, Cubic-System : 1 〜 78
2) Quadratisches System. Zwei- und einaxiges Krystallsystem. Pyramidal-System: 79 〜 151
3) Hexagonales. Drei und einaxiges. Rhombohedral System: 152 〜 343
4) Rhombisches System. Ein und einaxiges Krystallsystem. Prismatic-System: 344 〜 506
5) Monoklinedrisches System. Zwei- und eingliedriges Krystallsystem. Oblique System: 507 〜 645
6) Triklinoedrisches System (Naumann) Ein und eingliedges System (Weiss und Rose) Anorthic System (Miller): 646 〜 675
というカテゴリーで分類されている。この中で、以下の44種の鉱物(81の番号)模型は双晶であり、*印は双晶面で回転可能なように製作されている。
Spinell (2*), Flussspath (4), Bleiglanz (15), Zinkblende (17*), Pyrit (20), Sodalit (56*), Fahlerz (77, 78), Zinnstein (87, 88, 89), Rutil (92*), Tetradymit (154), Quarz (192, 193, 194, 196, 197), Rothgültigerz (217), Kalkspath (221*, 257*, 267*, 276*, 277*), Phenakit (288, 289), Chabasit (338, 339), Kupferglanz (355*), Marcassit (366, 367*), Arsenkies (369*), Chysoberyll (376, 377), Stephanit (383*), Bournonit (385), Zinkenit (386), Manganit (391*), Aragon (393, 394, 395, 396*), Witherit (397), Weissbleierz (408*, 409), Humit (413*, 414), Staurorith (418, 419), Columbit (464*), Harmotom (497, 498*, 499), Augit (520*), Fassait (528*), Akmit (531*), Hornblende (537, 538, 539*), Gyps (556*), Malachit (559*), Epidot (574*), Titanit (607*, 608, 609, 610), Skolezit (616*), Stilbit (618*), Adular (627, 628), Feldspath (640, 641*, 642*, 643*, 644, 645), Albit (650*, 651*, 652*, 653*), cyanit (663*)

  本館の所蔵する鉱物模型は、数年前まで、鉱物学の講義・実習の場で用いられてきた。接触測角器と呼ばれる単純な機械で結晶面と結晶面の角度を直接測定し、ステレオ投影法と呼ばれる投影法を用いて網面にプロットする。網面上にプロットされた結晶面の分布から対称要素の存在を読みとり、結晶の対称性を決定する。さらに、主要な面の間の角度と面に与えた指数から、軸率と呼ばれる格子定数間の比を示す値を決めることが出来る。このように鉱物模型は対称性の教育研究に直接的に活用されてきたのである。


結晶の対称と形態

 結晶に対称性があるとは、どのようなことだろうか。

 ある図形に操作を施して図形を移動させた時に、移動前と移動後に図形か変わらなかったとき、図形には対称性があり、移動の操作を対称操作、あるいは対称要素(symmetry operation, symmetry element)という。

 結晶の形態を研究する手法は、結晶に現れる面の間の角度を測定することであった。18世紀の中頃までには、多くの鉱物について、その面間の角度の測定が行われ、その中から「面角一定の法則」、「有理指数の法則」が経験的に確立され、形態の測定から結晶のミクロな様子を推定するところまでに至った。「面角一定の法則」は、同一の結晶が様々な様相の形態を示しても対応する結晶面の間の角度は一定である、とするものであり、「有理指数の法則」は、結晶に現れる面を記述するための指数(Millerの指数)は有理数である、とするものである。  結晶の巨視的な性質の持つ特徴として、均質性と異方性がある。巨視的な性質とは、形態、光学・電気・磁気・熱的性質などの測定ができる性質のことをいう。均質性とは、結晶のどの場所でも、ある一定方向の性質は同じであることであり、異方性とは、結晶の一点において、性質が方向によって異なることをいう。この均質性と異方性という特徴は、結晶を作りあげている原子が規則的な配列をしていることから導かれるものであり、その規則的配列を結晶構造という。この規則的配列の基本単位が単位胞(unit cell)であり、即ち、結晶構造は、構成している原子が、単位胞を基本として3次元的に規則正しく周期的配列したものとして理解することができる。

 結晶が単位胞の3次元的周期配列で成り立っている、と考え、単位胞を1点で代表する。その点の集合は、結晶構造から単位胞の周期配列のみを抽出したものといえる。この点の集合を格子(一般的に3次元であるために空間格子と呼ぶ)、個々の点を格子点と呼ぶ。結晶における格子点の配列は結晶格子とも呼ばれる。

 結晶格子をその基本単位となる平行六面体—単位格子・単位胞:unit cell—で記述し、単位格子の互に平行でない3稜の長さa, b, cと互になす角度α, β, γで単位格子を記載する(格子定数)。

[結晶格子の対称性]

 先ず、結晶格子には格子の平行移動という対称操作が存在する。即ち、単位格子をその格子の整数倍だけ平行移動しても、移動後の図形と移動前の図形が重なるため、格子並進という対称操作が存在することがわかる。

 次ぎに、格子の並進以外にどの様な対称操作が可能であるか考えてみる。並進の要素を含まない対称操作について、即ち結晶格子を固定して、結晶格子の対称を考える。この場合、対称操作として可能なものは、回転対称、回反対称である。回転対称とは、原点の周りに2π/N回転した時に、移動後の図形と移動前の図形が重なる対称操作である。結晶格子が単位格子の周期配列であるとの制約で、Nは1,2,3,4,6に限られる。

 回反対称は回転操作に引き続き中心対称の操作を行う。回反対称は回転対称と同様に1,2,3,4,6回回反対称が可能である。

 次ぎに、並進の要素を含む対称操作は、螺旋回転対称と、映進面対称である。螺旋回転対称には2から6、また映進面対称にはa,b,c,n,d映進面がある。 3次元結晶格子における、これらの対称要素の組み合わせは群をなし、14種存在する。  ここで得られた群の中で、並進の要素を含む対称操作が組み合わされている場合に、単位胞の原点と等価な点が底心、面心、体心に生じることがある。このような場合は、格子の型として単純格子、面心格子、底心格子、体心格子を考えることが可能となる。記号はP, F, (A, B, C), I をそれぞれ用いる。結晶格子の記述として通常は、格子の型と並進を含まない対称要素の組み合わせが用いられている。このような記述の仕方で格子の種類を導出したのがBravaisで、格子の積み重なり方と格子の対称性から14種の格子を導き出した。14のBravais格子がこれである。上に述べた3次元結晶格子における、これらの対称要素の組み合わせからえられた14種の格子と14のBravais格子は一致する。

 14の格子をその対称性で分類する。結晶格子を記述する格子定数は一般的にはa ≠ b ≠ c, α ≠β≠γである。この時、格子は1回回転対称(+中心対称)のみを持ち、三斜晶系(triclinic)という。次ぎに、格子定数がa ≠ b ≠ c, α = γ = 90゜, β≠90゜となったときに、2回回転対称がb軸方向に生じる。これを単斜晶系(monoclinic)っという。また、a ≠ b ≠ c, α=β=γ= 90゜となったとき、2回回転対称がa、b、cの3方向に存在する。この場合、斜方晶系(orthorhombic)となる。さらに、格子定数がa = b ≠ c, α=β=γ = 90゜となった場合、4回回転対称がc軸方向に存在し、正方晶系となる。また、格子定数がa = b ≠ c, α= β= 90゜, γ= 120゜のとき、格子はc軸方向に6回回転対称が存在し、六方晶系(hexagonal)となる。格子定数がa = b = c, α=β=γ ≠ 90゜となった場合、3回回転軸は格子の体対角方向に生じて、この場合は三方晶系(trigonal)となる。さらに、格子定数がa = b = c, α =β=γ= 90゜となった場合、立方晶系(古くは等軸晶系)となる。この分類法で格子を分類すると、三斜晶系・単斜晶系・斜方晶系・正方晶系・三方晶系・六方晶系・立方晶系の7つの結晶系が得られる。


[点群]

 結晶の中の1点を代表点として選択し、その点に関する結晶の対称要素の組み合わせを考える。この対称要素の組み合わせは群をなし、32種類存在する。これを32の点群という。

 32点群の導き方は7結晶系の導き方と基本的には同様であり、X、は回転対称および回反対称をそれぞれ意味する。X/mはX回転対称に垂直に鏡面対称mを組み合わせることであり、XmはX回転軸を面内に含む鏡面の組み合わせである。またX2はXと2が直交する組み合わせである。

 三斜晶系には、上に述べたようにXとしては1のみ可能であり、X/m以降は存在せず、点群としては1とである。

 単斜晶系は上に述べたようにb軸方向にのみ対称が存在し、対称要素は2と(或いはm)である。従って、可能な点群はb軸方向の回転・回反対称, 2とb軸に平行な2とb軸に垂直なmとの組み合わせである2/mのみである。b軸方向とは「b軸に平行な」という意味であるが、がb軸に平行に存在すると言うことは、b軸に垂直に鏡面mが存在することであるために、「b軸方向」にという表現でb軸に平行と垂直を表すことにする。

 対称要素がb軸以外にも存在すると対称は斜方晶系になる。可能な対称要素の組み合わせは各軸方向の2とmの組み合わせで得られる。即ち、2m(Xm)、m(m)、22(X2)、2/mm(X/mm)の4種類である。mは自動的に他の軸にmを生じるためにmm2と書くことができる(順番は慣用的)。2mはmmであり、mm2と同じになるため省略する。22から222, 2/mmからmmm(正確には2/m 2/m 2/m)をそれぞれ導くことができる。これが斜方晶系の点群である。

 正方晶系はc軸方向に4回回転軸を持つことが特徴であり、このことからa軸とb軸は同価となり、新たに対角方向に対称要素が生じる。従って、対称要素は、c軸、a軸、対角方向[110]となる。Xが4であり、4とmまたは2との組み合わせによって、正方晶系として4, , 4/m, mm, 42m, 422, 4/mmmの点群が生じる。

 三方晶系は、やや複雑であり、先ず六方晶系を説明する。六方晶系はc軸方向に六回回転軸を持つことが特徴で、正方晶系同様にa軸とb軸は同価となり、新たに対角方向に対称要素が生じる。従って、対称要素は、c軸、a軸、対角方向[210]となる。Xが6であり、6とmまたは2との組み合わせによって、六方晶系として6,,6/m,6mm,m2,622,6/mmmの点群が生じる。

 上で、「三方晶系(trigonal)ではa = b = c, α=β=γ≠ 90゜であり、3回回転軸は体対角方向にある」と記したが、この格子の取り方が直感的に理解しにくいために、一般的には、3回回転軸をc軸にとって、六方晶系と同じ軸の取り方で記述する。但し、対角方向の対称は生じない。Xを3として3とmまたは2との組み合わせから3,,3/m,m,3m,32,3/mmであるが、3/mと3/mmは六方晶系になるために除外する。

 立方晶系の特徴は体対角方向に3回回転対称があり、a軸、b軸、c軸が同価であり、互になす角度が直角であることである。従って、対称要素は、c軸、体対角方向[111]、対角方向[110]となる。Xとしては2、4が可能である。その結果、生じる組み合わせは、23,3,m3,2m3,3m,432,m3mであるが3,2m3はm3と同価であり、立方晶系の点群は23,m3,3m,432,m3mとなる。

 ここで、それぞれの点群に対して、ある結晶面を与えると、その結晶面は、点群を記述する対称要素によって等価な面として展開され、結晶の形態を決定する。2種類の互に等価でない面を与えると、それぞれの面のみで構成される2つの多面体を合成した形態が得られる、これを集形と呼んでいる。多くの実際の鉱物の形態は、等価でない複数の面の集形で記載される。また、鉱物は、その生成過程で、同一の形態の2つ以上の結晶が特定の方位関係で(対称要素では記述できない)接合・貫入することがある。このような結晶を双晶と呼ぶ。

 675個の模型は、このような点群と結晶面の無限な組み合わせのうちで、天然の鉱物に現れる代表的な例を集めたものである。

 675個の模型は楓(Ahornholz)を素材に作られているが、743個の模型は洋梨材(Birnbaumholz)で作られている。現在もクランツ商会から洋梨材で作られた282個の模型が販売されている。植物辞典(柴田桂太編:資源植物事典・北隆館、1949)によると、楓材は緻密で硬く、重く粘りがあって、木目が細く光沢があるため装飾材として床柱・床板などの内部造作、家具材、彫刻材、木型材として利用されている。一方、洋梨材も緻密で硬く、均質で粘りが強く、床柱・敷居はじめ家具、印版、念珠などに利用されている。いずれにせよ、本館所蔵の模型には、物質としての存在感の他に、それが学問の場で教育研究に実際に活用されてきたという存在感がある。

 また、カタログには価格を見ると675個のコレクションは120Thaler(1862年)、743個のコレクションは1200M(1880年)である。また、個々の模型の価格は、その複雑さによって異なるが、1〜7Mである。貨幣単位の変換は容易ではないが、現在282個のコレクションが7300E、およそ90万円であること、また、1個あたりの価格が、およそ3000円から10000円であることを考えると、当時のクランツ商会での値段は現在の価格で250万円程度と思われる。明治政府が、本館所蔵の木製の鉱物模型をどの程度の金額で購入したかは、わからないが、標本類に多額の予算を執行したとされることから、横浜在住の外国人中間業者に相当なマージンを取られたであろうことは想像するに難くはない。




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