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[新聞錦絵の情報社会]


大阪日々新聞紙 第五号

(相撲取りが老人の自殺を止める)
このシリーズも赤い囲み枠に縦長の表題を天使が支えるデザインで、綿喜と富士政の共同出版である。絵は二代長谷川貞信。相撲取りは新聞錦絵が好んで取り上げた対象である。

大阪日々新聞紙 第五号

東京の相撲取綾瀬川の弟子玉手海ハ明治八亥二月二十二日/の大雪に両国橋を通りかかりけると六十年余りの/老人が四十八手の外ながら両手を合せ川中へとび込/んとす土俵ぎハ是ハと云つつ玉手海シツ/カリ押へた力足におどろきてどふぞ/其手を放して下されと/おがめバさすが男気に/私ハ是でも角力とり/人の死のを見流して/済ものかと様子を/たんだん尋しが誠に/恥しい事ながら/今日食[カ]ふことも出/来ぬものどふぞ死/なせて下されと聞て/不便と持合せたる金をやり/彼の老人に諭せしハ実に助/けた/かひな反り老の嘆が/おひ投すを鴫の羽/がへしくりかへし云々/諭したる心根を/きく人ごとに唐う■■を/あげ誉しと/なん

大水堂狸昇 誌

大阪日々新聞紙 第五号
図119

日々新聞 第二十三号

(新聞に親しむ大阪の開化芸者)
前者と同じデザインだが、版元は富士政、綿政、八尾善などと一定しないシリーズ。絵師は二代目長谷川貞信。この号は、文明開化の象徴である新聞の宣伝でもあり、大阪道頓堀の芸者たちの広告にもなっている。

日々新聞 第二十三号

大阪府下道頓堀なる川竹に洗ひ上げ/たる世渡りはぎりと意気地を立通その妓/のうえに限るべし爰に三人を算へたるハ早く文明/の時に通し日々の新聞を見て心を慰め/坐敷の秒透間なく誓て曰成「トウモ新聞/紙をよまぬと人情おくるゝやうダヨ」つう「そうサ/まことに良ことをすすめわるいことを懲す/ハこれにかぎりますヨ」久「このせつ流行の新聞/錦画もよく心情にかなひてきれいダヨと」世事/深情の美談をなすも色の諸訳の勉強に/南枝の花数また日々に盛なり/たしなみし/こころに涼し/薄化粧/

花源堂

日々新聞 第二十三号
図120

新聞図会 第二十四号

(元魚問屋が茶道具買いで大損)
赤い枠と天使が支える縦長の題号のデザインで、八尾善から発行されたシリーズ。絵師は笹木芳瀧の実弟・笹木芳光。画面は、歌舞伎役者が勧められた手づくねの茶碗を吟味している場面である。

新聞図会 第二十四号

大阪雑喉元魚問屋/松川八十兵衛と云者茶道ニ/長じ古器目利も功者故/明治の始百六十両ニて手づくね/の茶碗を求秘蔵せしニ此頃/手元がヘチヤに成り宝ハ身の/指替売んと思ふにとても平人/ニてハ得買まじと狂言方なる/徳叟を頼ミ名も高島屋の右團治と/松鶴屋とに見せたる処百六十金もかかりし/品をいかに時世が違へバとてマサカ拾円とも/云われまじと名を惜むの俳優たち奇雅/に断云ひけれバせん方無くて外へ拂ふに漸二円と聞なり八十兵衛月夜ニ釜を/抜れし如く俄ニ杓がとつ詰て古茶のやう/に気抜がしチヤツチヤむちやむちやを云出し/濃茶薄茶の分ち無くにじり上りも出来かねて茶せん/全快覚束無しと是元来茶道の本意を失なひて/驕を事とし人を茶にせしチヤクラクを天の戒しめ/給ならん恐るべし恐るべし

新聞図会 第二十四号
図121


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