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はじめに

坂村 健


レオナルド・ダヴィンチをはじめとして多くの建築家が、プランが固まりながら諸事情で作られなかった建築——いわば幻の建築を抱えている。スケッチに終わり生まれそこなう建築と、実現される建築の差はなんだろうか。

その差は様々である。物理的に実現不可能という純粋にファンタジーに属する設計もあるだろう。物理的に可能でも法規的問題をクリアできないものもあったろう。また逆にいくら実現可能でも、建築として魅力がなかったということもあるかもしれないし、十分な実現可能性と魅力があったにもかかわらず、単に資金調達ができずに実現されなかったものもあるだろう。時の権力者に気に入られなかったとか、宗教上の理由などというものもあるかもしれない。 実現された建築を見るより、むしろこれら生まれそこなった幽明界の建築を見ることで建築をより一層理解できる、という見方があるのではないだろうか。

このような考えで、「バーチャルアーキテクチャー展」は企画された。

しかし、それはやがてより一般的に建築とコンピュータとの関わり全般を概観する展示企画へと展開する。

コンピュータは建築の不可能を可能にしている。もっとも直接的な例としては、構造計算におけるコンピュータの能力の向上があげられるだろう。新建材や新工法による最近のブレークスルーにはすべてコンピュータが関与しているといっても過言ではない。

より間接的な例としては、建築家の発想の道具としてのコンピュータの影響があげられる。コンピュータによって、2次元への不完全な写像ではなく3次元のままで形を自由に取り扱うことが可能になった。これにより、紙の上で考えていたのでは、まとめきれなかったであろうような複雑な多次曲面を持った建築アイデアも発表され始めている。思考や発想は往々にして道具に制限される。いわばコンピュータは建築家の思考の枠組みそのものも変えたのである。

そして、そもそも構想と実現の境目も、コンピュータにより溶解しはじめている。バーチャルリアリティ技術は、現在建築の方面では、実現前の建築物の内部をウォークスルーして検討するのなどに利用されている。

しかし、ネットワークを通して多数のユーザが同一の仮想空間に参加し相互作用できるような技術はすでにSFの中の話ではなく、現実のものになろうとしている。であれば、早晩、仮想空間の中だけで、人々が集まってのビジネスや教育や娯楽も行えるようになる。その時に、人々が集まり良好に相互作用して目的を達成することを助ける空間——そのような空間をデザインすることも「建築」の範囲に入るとしてもおかしくはない。

そのようなコンピュータの中のバーチャル世界なら、物理的に不可能な建築でも実現できる。重力の拘束を逃れてふくらみ、ユークリッド幾何学の拘束すら超えて互いに接続するような「建築」。

そのような完全ともいえる自由の中でも、構想されるだけに終わる仮想建築と、ネットワーク中に場所を占め「実現」される仮想建築の差はあるのだろうか。

最初の企画の「可能と不可能の差」というキーワードは、確かに建築というものを理解するための一つの視点である。しかし、その「差」がコンピュータの出現により変化している。だとしたら「可能と不可能の差」をキーワードとすることは、建築とコンピュータとの関わりを対象とすることとなるのではないだろうか。

いまや、建築物はまずコンピュータの中で作られる。実現された建築も含め全ての建築が、今や「バーチャルアーキテクチャー」なのである。

コンピュータがなければ実現できなかったであろう建築。発想自体がコンピュータにより可能になったとも言える、従来は考えもつかなかったような建築。それらをコンピュータ利用展示を含む、様々な展示方法で提示し、同時にそれらに活かされたコンピュータ技術を提示する。そのような立体的な展示により、建築とはなにか、コンピュータ技術の進歩が建築に与えた影響、そしてその先にあるものは——建築における「可能と不可能の差」をキーワードとして、それらを描こう。

そこで、「バーチャルアーキテクチャー展」では、「幻の建築としてのバーチャルアーキテクチャー」と、より一般的に「コンピュータと深く係わりのある建築としてのバーチャルアーキテクチャー」をテーマとした、二部構成で展示を行うこととした。

幸いにして、建築とコンピュータの関わりというテーマは多くの建築家にとっても関心の深いテーマであったらしく、我々の呼びかけに内外の最先端の建築家の方々のご協力が頂けた。本特別展示を、現在の建築界の最もダイナミックな側面が集約されている非常に興味深い展示とすることができたのも、その皆様のおかげであり、厚くお礼申し上げるものである。


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