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聖イグナチオ教会

香山壽夫 + 環境造形研究所


聖堂西立面図
聖堂西立面図
この競技設計に私達は通常の競技設計とは違う特別な意味を見出し、格段の気力と心構えで取り組んだ。その特別な意味とは大きくいって3つある。第1は場所の特性である。敷地は四谷にあって、その建物は東京のひとつのランドマークとして、長い間市民に親しまれてきたものである。四谷の外堀の美しい風景にとって、イグナチオ教会の塔と尖屋根は、無くてはならないものといっていい。それを変わりつつある町並みと、新しくなる建物においてどのように継承し、更に強化していくべきか。

模型写真
模型写真
第2は、文化の受肉(インカルチュレーション)の問題である。言うまでもなく、現在のイグナチオ教会の建築は西洋の様式をもとにしてつくられている。そして教会堂が西洋の様式を持つことによって広く人々に認識され、親しまれてきたことも、あらためて言うまでもない。しかしキリスト教が日本に伝わってすでに500年がたち、日本文化の中に深く広く浸透している今、それは単に目新しい異文化のひとつではあり得ない。では日本文化の中でそれはどのような形式を持つべきなのであろうか。日本的であり、かつカトリックという古く普遍的な形式は有り得るのか。このことは今日のカトリックの中で「文化の受肉」の問題としてあらためて問い直されている問題である。そうした形式は建築においてどのような形であるのか。

第3は今日のカトリック教会が求めている新しい集会の形式に対応する空間の問題である。従来の教会では、中世の大聖堂で典型的に見られるように、聖堂は長い長方形の平面をしていてその端部の一段と奥まった高い位置に祭壇があり、信者はそれに向かって縦長に並ぶ配置が一般的であった。しかしカトリック教会は特に1960年代から、初代教会の時代のように「皆でひとつの祭壇を囲む」というミサの意味を再確認し強調する傾向にある。そのことは特に、それまでは信者に背を向けて祭壇に向かっていた司祭が、祭壇をはさんで信者と対面し、司祭と信者が共にひとつの祭壇を文字どおり囲んでミサを行うようになったことに示されている。しかし又、教会堂は共に祈る空間であるとともにまた、一人静かに祈り黙想する空間でもある。そのような空間はどのようなものであろうか。

1階平面図
1階平面図
審査委員会は高名な神学者を委員長とするメンバーで構成され建築家は中に含まれてはいなかった。私達はこの競技設計の意義の大きさに対して建築家として応えたいという気持ちと共に、神学者が建築をどのように評価するかそれを知りたいと思い、全力を挙げて案を作成すると共に、素人でもわかるようなプレゼンテーションを心がけた。 しかし、私達は審査評に示された審査の観点があまりにも低劣であったために大きく失望した。そこには一貫した観点もなく、論理もなかったと言うべきであろう。しかしこのことは、神学者に期待した方が無理であったのであり、建築の判断は専門家としてしっかりした建築家を中心として行われるべきであること、それと同時に、社会に対して建築の意味を正しく知らしめることの重要性を改めて確認することとなった。

敷地は四谷駅前の交差点に面しており、上智大学の四谷キャンパスの入り口にあたる。古い聖堂は単純な切妻正面と鐘楼を持ち、カトリック信者だけではなく広く一般の人々にも親しまれてきた。内部もまた、尖頭アーチが重なり、ステンドグラスの光に包まれた、静かな祈りに満ちた空間であった。

しかし、この聖堂は建設資材不足の時代に木造で建てられたこともあって、老朽化が著しく、保存する試みが熱心に検討されたもののそれは不可能であることが明らかになった。それに加え、信者の増加や教会活動の活発化によってより大きな聖堂が必要となってきたこともあって、最終的には、聖堂を建て替え、信徒会館も含めて敷地全体の再整備を行うことが決定されたのである。

聖堂横断面図
聖堂横断面図
聖堂の形は八角形とした。正八角形の壁が人々を包み、優しく浮かぶ屋根がその上を覆う。中心を持つ八角形は、古代教会の伝統的な形のひとつでもあり、単純で明快な現代建築の幾何学的形態でもある。この形は構造的にも安定しており、厚いコンクリートの壁が、都市の騒がしい環境から守られた聖堂にふさわしい内部空間を創り出す。座席は扇形に配置され、信者はひとつの空間の中で共に祭壇を囲むことになる。

聖堂内部は光に満たされた空間となる。中央の八角ドームから降る天光が人々を包み、軒下の高窓からはいる光が天井を明るく輝かせ、低い窓が視線を周囲へと導く。光に満たされたこの空間には、祈りに相応しい静けさと明るさが共存し、囲まれた落ちつきがありながら空が臨まれ広がりも感じられる。西洋的な壁で囲まれた安定感のある空間であり、かつ、軽やかに浮かび波打つ屋根で覆われた日本的な優しい空間となることも目指している。

聖堂内観パース
聖堂内観パース
敷地全体の配置は社会に開かれた教会となることを目指している。聖堂と塔は交差点に面して置き、それを囲む広場が外へ向かって大きく両手を開く形とした。聖堂と塔は遠くからもよく見え、近づけば、小さなのぞき窓や光のこぼれでる高窓によって、内部の人々の集いの様子が感じられる。広場は落ちついたまとまりを持ちながら、通りや駅前から見える親しみやすい空間である。樹木の残された前庭から、芝生の広場、パーゴラや植え込みで覆われた信徒会館へと豊かな緑が連続してゆく。

新しい建物は、その場所や共同体の歴史を受けとめ、記憶を支えるものであるべきだと私達は考えた。特にこの教会のように、愛され惜しまれながら建て替えが決められた場合ではなおさらである。主聖堂のファサードや塔は、長く人々に親しまれてきた旧聖堂のモチーフを用いてデザインした。また、見事なステンドグラスも様々な場所で再利用する提案をした。聖堂と信徒会館によって囲まれる中心の広場には祈りの染み込んだ旧聖堂の礎石をそのまま敷石として残し、全ての建物はそれを大きくひとつに囲んで建つはずであった。すべてのこうした提案は全く理解されることなく、無視されたままに終わった。


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