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ACOUSTIC AQUARIUM

architecture WORKSHOP


この施設は湾内に半島状に突き出る埋め立て地の突端に計画された、小さな水族館である。施設は子供のための教育的施設で、RC造の観察室と木造の観察デッキからなる。観察室は湾内に生息する海の生物を観ることができる10立方メートルほどの水槽をもち、一方観察デッキは直下にある放水口に集まる魚影を観察できるよう設けられている。計画地は、都市に隣接しながらも一般市民のアクセスできない臨海工業地帯であるが、湾内のほぼ中央に位置するという地理的条件から、日常的に都市内で生活する子供たちに海という自然を身体で感じられる場をつくろうと考えた。

この施設は音が主題である。

観察室は片側を厚いコンクリート壁、対面を緩やかに湾曲させた厚30mmの鉄板に挟まれた三日月状のプランを持ち、その両者の間に熱線吸収ガラスのトップライトが架けられている。内部は壁と壁の間が最も広い箇所で2.7m、天井高は5.5mという、異様な寸法を与えられた空間である。トップライト上には散水設備が設けられ、常に表面に水が流れ、この空間にやわらかにゆらぐ光を落とす。左右を異質な材料の壁に挟まれしかも片側が曲面となっている空間の中で、発生した音はあらゆる方向に反射され、ここは残響の鳴り響く、波打つような音場を生む空間となる。コンクリートとスチールの壁に挟まれた斜路を下って行くときに、訪れた者に水中に入っていく感覚を与えようという試みである。

斜路を降りていくと、コンクリート壁体の下部にのぞき込むような位置に水槽はある。地盤より低いレベルにあるそのガラス面は、向こうに見えるであろう海中を連想させる。水面上部のコンクリートの箱はメンテナンスのためのスペースなのだが、水槽へリターンする濾過水を利用し、水琴窟のような仕組みで音を発生させる装置が置かれている。水滴の偶発的な落下によって生まれるその独特な水音は、コンクリートの箱の上部に設けられた音響反射板に反射し、弦楽器の共鳴箱の穴のようにあけられた開口から観察室にふりそそぎ、空間を包み込む。この観察室は、トップライトを通したやわらかなゆらぎの光と、エコーのくりかえされる音空間によって水中のイメージを感じさせる空間となる。

外観デザイン画外観デザイン画外観デザイン画

観察デッキは、敷地内通路をはさんだ向かい側の水際に、観察室に平行に設けられている。海へ意識を集中させるため、杭のような独立柱が立ち並ぶ壁によって陸側と区画されている。地盤からは高さ2m程の防波提があるため海面の様子はうかがうことができない。連続柱と防波堤の間の緩やかな斜路を上っていくと、海面を見下ろすデッキに出る。ここは放水口に集まる魚影を観察するデッキであるが、観察室外壁のパラボラ状の集音壁によって結ばれる音の特異点をこの真上に合わせている。観察デッキを進んでいくと突然、潮騒の音が耳元で大きく聞こえる仕掛けである。

これらは海を身体で感じさせる装置である。この装置に見学者のための順路が想定された。見学者は本館の円弧を描く鉄板の背面より、南北軸に正確にあった、ガラスで囲われた空中ブリッジを通ってアクセスする。このブリッジは幅800mmでここを通る見学者は自然と一列の並びとなる。そのまままっすぐ進み観察デッキに上る。背後の木製の壁によって意識は海に向かう。そして集音装置によって潮騒の大きな音に驚く。階段を降り、水槽の部屋にむかう。細長い空間のゆるやかな斜路を降りると、靴音や歓喜の残響が鳴り響き、波打つ音場と上方からのやわらかなゆらぐ光の中で海の底がイメージされる。地階に降りると今、観察デッキから見たばかりの海の方向に水槽が設けられている。階段を上がり地上にでると、先ほどアクセスした始まりの場所に戻る。という、小さな海への小旅行を経験することとなる。

この建築を構成する要素は、通常とはかけ離れたスケールの、外観からはコンクリート塊のような水槽の箱、壁面の巨大な凹面、湾曲させることで自立している鉄板などである。そしてこの形態を決定づけているものは「音」である。これは巨大な楽器としての建築といってもよいかもしれない。これらを実現するために音環境デザイナーの庄野泰子氏に協力を願った。

しかしながらこの計画は諸々の理由により中断された。仮想上で空間を体験できソフトウェアとして成立する建築をバーチャルアーキテクチャーと呼ぶのであれば、この建築は決してそれではない。これは、波の音を聞き、残響を聞き、集音された音に驚き、様々な実体験を訪れるものに与える装置なのである。この建築は、実現し体験できなければ理解できないものである。この建築の創り出す体験も一種のバーチャルなのかもしれないが、先に言うバーチャルとの相違点は、この建築がバーチャルを生み出す“ハードウェア”であるという点である。このとき“ソフトウェア”は波であったり偶発であったりという「自然」である。

このイメージを実現させるために様々な研究機関に相談を持ち込んだ。おもしろいことにフラッターエコーを抑える技術は存在するがフラッターエコーを起こす(増長させる)技術はないという。水琴窟のメカニズムについても調べがつかない。ソフトウェアでは不可能な仮想体験が、このハードウェアによって可能になるはずであった。そういう意味でこれは是非とも実行させたかったプログラムである。

(上田克英)


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