森林植物部門
森林植物部門
森林 (もり) に入れば種々の植物が目に飛び込んでくる。
足元の土壌 (つち) や落ち葉から顔を出している稚樹やキノコ、
林床の植物、林冠を構成する樹木。
森林は、
このような森林の中で生活する植物や菌類 (キノコ)
の営みによって息づいている。
人類の営みは、唯一太陽エネルギーを固定して
有機物を作り出すことの出来る植物によって支えられてきた。
そして、地球上のエネルギーの9割は森林・樹木に蓄積されている。
森林植物部門では、森林における生命活動を研究対象として、
これらに関連する学術資料の調査・収集を行ってきた。
特に、猪熊泰三教授が採集した第二次世界大戦前の
樺太演習林や台湾演習林の木本植物標本や、
パプアニューギニアにおける調査採集標本など約6万点の資料には
タイプ標本を含む多数の貴重な樹木標本が含まれている。
また、我が国の主要な樹木については、
倉田悟教授による「原色日本林業樹木図鑑 (全5巻) 」
(1964年〜1976年) にとりまとめられている。
アオモリトドマツ「原色日本林業樹木図鑑」第1巻 P.14
一方、農学部の森林植物学研究室で所蔵する約8万点の標本には、
倉田悟教授が同定した600種のシダのタイプ標本や、
木材解剖学研究に欠かすことができない
木材標本と材鑑2万点、
プレパラート2万枚が含まれている。
森林植物部門の沿革および現在行われている森林における生物の営みに関する
研究の一端を紹介してみよう。
森林植物部門の沿革
森林植物部門は、
大学院農学生命科学研究科森林植物学研究分野によって担当されている。
この分野の沿革は、明治26年に帝国大学農科大学の直轄講座として
植物学講座が設置されたことに遡る。
植物学講座の初代講座担任は、本草学・植物病理学の白井光太郎教授で、
明治32年にはソテツ精子の発見で知られる樹木学の池野成一郎教授、
明治40年に菌類学・樹病学の草野俊助教授、
さらに昭和2年に樹木生理学の三宅驥一教授、
昭和12年に菌類学の小南清教授が研究室を担任した。
昭和18年には、農学部の直轄講座から林学科に所属する講座となり、
森林植物学・林木育種学の猪熊泰三教授が初代講座担任として
研究室を引き継いだ。
昭和29年には森林植物学講座と講座名も改称し、
昭和40年には森林植物学・民俗学の倉田悟教授、
昭和54年には森林植物学・樹木学の濱谷稔夫教授、
平成元年には森林植物学・森林保護学の鈴木和夫教授が担任し、
現在に至っている。
森林の樹木
−世界のカラマツ属樹木の類縁関係を明らかにする−
カラマツは落葉性の針葉樹で北半球に優占して森林をつくっている。
化石などの情報により、
カラマツ属は第三紀に出現して第四紀に北半球全域に
分布域を拡大したものと考えられている。
しかし、種分化が進んでいないせいか形態が著しく似通っているために
分類が困難なことが多く、類縁関係が明らかにされていない。
カラマツ属樹木
最近、DNAを調べることで、
生物種の系統関係を明らかにすることが普遍的な手法として確立されてきた。
そこで、DNAマーカーとしてRAPDという方法を用いて
系統関係を調べてみたところ、DNAによる系統関係は
苞鱗などの形態による従来の分類とほぼ一致することが明らかにされたものの、
アメリカカラマツのように
同じカラマツ節の中でも遺伝的に大きく異なる種が発見された。
カラマツ属の系統関係については
現在も北海道演習林を中心として研究中である。
このようにDNAを調べることで、
カラマツ属のように地球規模で広く分布する
樹木の遺伝的な類縁関係をはじめ、
森林における樹木同士の遺伝的なつながりといった
局地的な関係まで明らかにしていくことが可能となっている。
森林の中の共生微生物−キノコ−
我が国に存在するキノコの種類は、
2000〜3000種あるいはそれ以上ともいわれている。
このようなキノコの生態は大きく次の2つに分けることができる。
- 腐生生活や寄生生活をするキノコ
- 共生生活をするキノコ
腐生生活をするキノコは
植物の落葉落枝や動物の遺体などを分解して栄養を得ているキノコで、
この中には、
シイタケ、エノキタケ、マイタケ、ブナシメジなどが含まれている。
寄生生活をするキノコは、
動植物が生きているうちに分解を始めてしまうキノコのグループで、
ナラタケや昆虫に寄生する冬虫夏草などがある。
これらのキノコがいなければ、
森林は動植物の遺体でたちまち覆われてしまう。
共生生活をするキノコは、
外生菌根という組織を樹木の根に形成し、
樹木と栄養のやりとりをすることによって生活している。
キノコの菌糸は植物の吸収根やそこから伸びる根毛に比べて
はるかに細くて長いため、
土壌中のより狭い空間やより遠くの土壌に侵入し、
そこから養分を吸収することが出来る。このようにして吸収した
窒素、燐酸、カリウムなどの栄養塩類の一部を樹木に与え、代わりに
樹木が光合成により生産した炭水化物をもらって生活しているのである。
これらのキノコは、栄養のやりとりをする樹木をある程度は選別していて、
マツ林にはマツタケ、ショウロ、ヌメリイグチなど、
カラマツ林にはハナイグチ、キヌメリガサなど、
ブナ林にはチチタケ、ムラサキフウセンタケなど、
それぞれの森林に発生するキノコの種類は異なっている。
ナラタケの生態的多様性
森林の中の樹木や草などのほとんどの植物が、
土の中に存在する微生物と共生しながら生活していることについて、
どれほどの人が知っているであろうか。
植物や昆虫、動物といったものは肉眼で観察することが出来るが、
微生物となると肉眼ではほとんど観察することが出来ないため、
普通人の目につくことはない。
しかし、木々の葉が色づく頃、
森の中で人知れず生活していた菌類が子実体であるキノコを形成すると、
その多様さに人々は驚く。
そのようなキノコの約半分は、
マツやブナなどの樹木と共生する微生物なのである。
共生微生物を認識する方法は他にもある。
山道でよく見かける、ヤシャブシやケヤマハンノキ、ヤマモモ、
ドクウツギなどの樹木の根を掘り起こしてみると、共生微生物の一つである
フランキアによって形成された根粒を見ることが出来る。
また、マメ科植物であるクローバーやハリエンジュなどの根にも、
根粒菌によって形成された根粒を見ることが出来る。
これらの共生微生物はいずれも植物の成長を助けながら、
また自らも植物に助けられながら生活しているのである。
1992年の世界的な科学雑誌 Nature には、
世界で最大・最長寿命の生物としてナラタケが取り上げられた。
このナラタケはRFLPやRAPDでDNA解析され、1個体で15ヘクタールの広がりに
10トンの重さをもち寿命1,500年と推定された。
森林の共存者としてのこれらキノコの意義は、
今後グローバルな観点から明らかにされていくことであろう。
現在、森林植物学研究室ではマツ林を対象として
森林生態系における共生関係の解明に取り組んでいる。
(鈴木 和夫)
図鑑類と木材標本
戦後、森林植物部門は、
農学部直轄の植物学講座から林学科へ転属となり、
森林植物学講座へと改称された。
その初代講座担任である猪熊泰三教授は、樹木学および林木育種学を専攻し、
多数のさく葉標本の収集と同時に木材標本の作製を行った。
ここに展示されている
「東京大学農学部附属秩父演習林主要林木材鑑」は、
東京大学演習林が猪熊泰三教授の指導のもとで、1938年より、
北海道、千葉、秩父の3大地方演習林の主要な樹木の木材標本を作製し、
大学、企業等に配布したものの1部で、
1942年作製の秩父演習林産のものである。
東京大学農学部附属秩父演習林主要林木材鑑 (木材標本)
(製作 : 東京大学農学部附属演習林、製作指導 : 猪熊泰三、1952年)
東京大学農学部附属秩父演習林主要林木材鑑 (木材標本)
(製作 : 東京大学農学部附属演習林、製作指導 : 猪熊泰三、1952年)
東京大学農学部附属秩父演習林主要林木材鑑 (木材標本)
(製作 : 東京大学農学部附属演習林、製作指導 : 猪熊泰三、1952年)
猪熊教授の後を受けて森林植物学講座の担任となった倉田悟教授は、
1964年から1976年にかけて、
それまでの森林樹木に関する分類学の成果の集大成として
「原色日本林業樹木図鑑 (全5巻) 」を著した。
また、その抜刷である倉田悟・濱谷稔夫著
「日本産樹木分布図集 (全5巻) 」も同時に出版された。
これらは、正確かつ詳細なカラー図版や、
全ての産地を標本等で確認した点分布図において
学術的に高い評価を受けている。
また同時に、倉田教授の樹木にまつわるエッセイを収録している点で
異彩をはなっている。
そして、このような植物の分類方法の基準となる、
リンネの「植物の種 Species Plantarum (1753年) 」
の初版本も展示する。
(福田 健二)
展示品リスト
| 展示品名 |
大きさ |
年代 |
備考 |
| 原色日本林業樹木図鑑 (全5巻) |
W450×D300×H30mm |
1964〜1976年 |
倉田悟著・日本林業技術協会編、地球出版 |
| 日本産樹木分布図集 (全5巻) |
W450×D300×H30mm |
1964〜1976年 |
倉田悟・濱谷稔夫著、原色日本林業図鑑抜刷 |
| 東京大学農学部附属秩父演習林主要林木材鑑 (木材標本) |
W620×D420×H120mm |
1952年制作 |
製作 : 東京大学農学部附属演習林、製作指導 : 猪熊泰三 |
| 植物の種 (Species Plantarum) 初版 |
W300×D210×H800mm |
1753年 |
リンネ著 |
(福田 健二)
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