緒言




  平成八年度、東京大学本郷構内に総合研究博物館が誕生した。といっても、勿論、ゼロからの発進ではない。今から三十年程前、昭和四一年に学内共同教育研究施設の一号機関として誕生した総合研究資料館が施設設備・組織体制を拡充再編し、「大学博物館」に衣替えしたのである。博物館は図書館と並んで総合大学施設に無くてはならぬもの−そう見るなら、東京大学は創学以来百二十年を経ようとする今、ようやく学術研究基盤の整備にひと区切りをつけたことになる。

  国内の国公私立大学にはすでにかなりの数の博物館施設が存在し、海外でも主要大学の殆どが一つないし複数のそれを有するほど、「大学博物館」は一般化している。しかし、国内の既存のものは特殊コレクションを限定的に列吊する施設としての性格が色濃く、歴史の古い欧米のそれも、大方は学部や研究所に付設された縦割型専門博物館施設に過ぎない。そのことを考えるなら、新発足した「大学博物館」はかなり異例である。業務や体制は勿論のこと、研究博物館であり、総合研究博物館であり、東京大学総合研究博物館であるという位格においても。

  研究博物館であるの意は、学術標本の保存・管理を専らとする資料保管施設にとどまらぬということ。総合研究博物館であるの意は、学融合的な資源情報環境の整備・活用を企図する共同研究施設であるということ。東京大学総合研究博物館であるの意は、明治一〇年の創学以来営々と蓄積されてきた六百万点以上の学術標本群を背後に持つ大学附属施設であるということ。

  現在、「大学博物館」には記載済み資料二百四十万点超がすでに収蔵されている。自然史と文化史が隣り合う資料環境、これが教育研究の基盤である。それらの一次資料群に先端諸科学の知見や技術を多角的・融合的に適用する。旨くすれば、従来の学問系列ではくくり切れぬ新しい研究領域が開拓できるかもしれない。また、研究成果の提示仕方にも、他所にない独創的な方法が索められる。すなわち、マルチメディアを情報発信と館内展示において最大限に活用し、学内における教育研究の内容をできるだけ分かり易いかたちで、学外の幅広い人々に伝達することが。

  こうした期待や課題に応えられるようになるまで、この先数多の試行錯誤を繰り返せねばならぬのは必定である。しかし、われわれの掲げる理想は高い。総合型の「大学博物館」を国内に根づかせ、そこを新しい教育研究創生の確固たる場とするための大いなる実験に、今われわれは踏み出そうとしている。

  一九九六年九月
総合研究博物館




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