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活動報告

求ム!熟シタ想像力!—「シニアのための超おとなワークショップ」を振り返る—

塚瀬三重・三河内彰子・村田麻里子


「こんな年寄りで役に立ちますかねぇ」
86才のAさんは、ワークショップ会場に入るなりスタッフにそう問いかけた。2003年2月26日、博物館の小石川分館でシニア層を対象としたワークショップを開いたときのことである。

 超おとなワークショップは、博物館展示を利用したシニアのためのワークショップである。当時小石川分館で開催中の「MICROCOSMOGRAPHIA—マーク・ダイオンの『驚異の部屋』」展(以下、「ダイオン展」)を題材に「第一線を退いた」といわれる人々に大いにその存在を表舞台で表現してもらうことを目的として開催された。日本では、第一線を退いた高齢者を「社会を退いた」人々とみなす傾向がある。Aさんの発言はそうした社会の暗黙の了解を自ら受け入れており、そんな自分が表舞台にたってよいのかとはばかっての一言といえる。実はAさんだけでなく参加者の大半がこれに似た言葉を一度は口にしたのである。

高齢者と博物館
社会から高齢者が締め出されがちなのは博物館においても例外ではない。博物館は本来年齢に関係なく訪れ楽しめるものであるはずだが、よくみると高齢者の積極的な受け入れという視点が抜け落ちている場合が多い。たとえば最近日本でも子供や親子を対象としたワークショップの開催がふえ、展示室にも備えつけの子供用ワークシートを用意するなどの工夫がみられるようになった。その目的は子供たちにミュージアムや展示品への関心や理解を喚起し、博物館をより一層楽しんでもらうことにある。しかし、このような子供たちへの熱心な呼びかけとは裏腹に高齢者への対応となると車椅子を置くなどにとどまり、積極的な取り組みはほとんどみられない。これはすなわち、高齢者を博物館のメッセージを届ける対象として取り込んでいないことを示すものである。

 一方で、本博物館での継続的な調査からはここ数年周辺住民の認知度があがり、リピーターが増加していることなどとあわせて退職した人々や高齢者の積極的な利用が明らかとなった。そこには、無料であることに対する好感や特に他館が徐々に入館料をあげている中での当館への期待があらわれている。このことは一線を退いたからこそ知的好奇心を刺激する場を求めて社会に出ている人々が多くいるにもかかわらず、それに答えられる場が少ないという現状を浮き彫りにしている。今回、あえて高齢者をターゲットとしたのは、高齢者と博物館の関係について考えることが、ひいては社会における博物館の役割を捉えなおすきっかけになると考えたからである。

タイトルをめぐって
 そもそも「高齢者」とはどのような人々をさすのだろうか。国の政策では65歳以上と指定しているが、この線引きはわれわれのワークショップでは意味をもたない。また公共機関ではしばしば「シルバー」、「シニア」という言葉が使われている。

ダイオン展をスタッフの解説を聞きながら見学
しかし、それらは高齢者を弱者として位置づけて優遇するという政治的な目的をもって使用されている言葉で、活動的な人々のイメージからは遠い。一方有名なバラエティー番組では、「ご長寿」と呼ぶことで、高齢者をお茶の間の人気者として登場させている。しかし、本番組が楽しくとぼける高齢者を聴衆が笑って盛り上がるという設定のものであることから、「ご長寿」という言葉そのものにコミカルで無害な存在としての高齢者のイメージのみを読み取る人も少なくないようだ。このような状況では、単に年齢が高いという意味ではない、大人の延長とでもいうべき存在の人々を総じて呼ぶ言葉がみあたらないのであった。

そのなかで高齢者だけを対象とすることはかえって「高齢者」という概念を固定化してしまうおそれがあったが、その一方で「引退」した高齢者を表舞台へと引っ張り出すには彼らが対象であることをはっきりとアピールしなくてはならなかった。このような背景から、結局、博物館との話し合いで「シニアのための」という言葉をいれ「シニアのための超おとなワークショップ」と命名し、応募対象を「シニアの方々」とした。いくつかの課題は未解決のままだが、「超おとな」というタイトルには大人を超える大人、熟成したとでも言うような意味を込めた我々の思いが反映されている。

ワークショップ前半
 当日は63歳から86歳までの11名が集まった。対象者を「シニア層」というあいまいな文言にしたことで、20代や30代からの応募も数名あった。その場合、こちらの企画意図を伝えることで対処したが、それでもなお参加を希望した35歳の女性には特別枠で参加してもらった。

 真冬の外出に配慮し、午後から夕刻までの時間帯に設定した。開始30分ほど前から参加者が次々と現れ、初対面同士で談笑しながら開始を待っていた。まずは自分で展示を体験してもらうため、本展示が初めての方には開始までの時間を利用して一通り見学してもらった。

 ワークショップの内容は二部構成になっている。前半の1時間ではダイオンの作品を鑑賞しながら彼の作品について考え、残りの1時間で、それを応用して昭和の風景の写真を素材とした個人史をコラージュ作品に仕上げる。まず、全員で二階の展示室に行き、学生解説員に案内されながらダイオン展を鑑賞した。

 次に、ウォームアップとして、スタッフが事前に準備したダイオン展の展示物の写真の中から、各自興味を持ったものを1点選び、タイトルをつけるという作業を行った。写真を観察して気づいた点を「気になる一品」というワークシートに記入することで、写っているものをよりよく見るためのきっかけをつくるのである。チューブでつながったフラスコなどの古びた実験器具の写真を選んだBさん(男性、68歳)は、この器具が「重要なデータを多数出した筈」という理由から「老戦士」というタイトルをつけた。詳しい描写を記入する欄には、言葉ではなく絵で表現した。

グループに分かれてコラージュ作成中
 
記入後には、各自選んだ写真を見せながら全員の前で発表した。参加者達は緊張することもなく、身振り手振りをつけながら選んだ写真について感じたこと、見つけたことを積極的に語っていた。Cさん(女性、79歳)は樹脂でできている医学用の乳児糞便模型の写真を選び、確かにこれと同様のものを三、四十年前の五月祭(東京大学本郷キャンパスで行われる学園祭)で見たはずだと語った。実物を見た感想は、意外にも「飴みたいできれい」とのことだった。

 次に、選んだ写真を持って、その展示物が実際にはダイオンの展示としてどの部屋に、どのように配置されているのかをあらためて見に行ってもらった。一階の作業室から二階の展示室への移動は3名のスタッフが付き添い、複数の部屋にわたって多数ある展示物の中から、選んだ写真の中の実物を一緒に探した。ここでもワークシートを用意し、選んだ写真の展示物のあった場所、それが予想と違ってどのような様子、大きさだったか、また同じ部屋で他に印象的だったのは何かについて記入してもらった。

 Dさん(女性、80歳)は昔よく見たものだから懐かしいと言って昆虫のスケッチの写真を選び、「動き出しそう」というタイトルをつけていた。小さい頃これに似た虫を手のひらにのせてよく見ていたものだ、と思い出を皆に語りながらいとおしそうに写真を眺めていたが、その後ダイオンの展示で実物を確認し、顔よりも大きいかというくらいの虫のスケッチの大きさに目を丸くしていた。実際に展示を見てきた参加者達は、「思ったよりも実際の展示物は大きかった」、「思ったよりコンパクトだった」などとグループ内で報告し、写真から受ける印象と、実物との大きさや色、雰囲気の違いに改めて驚かされたようだった。

 ダイオンの視点で構成された3次元の作品を写真という2次元メディアで切り取ることで、そこにはまったく別の意味が付与される。写真を撮るもの、見るものによって、それは再構成されているという発見に参加者は戸惑いつつも、関心を覚えたようだった。実は、コラージュ作品をつくるということは、展示を自分の視点で再構成し、再評価するプロセスを体験することに他ならない。参加者はこれまでの過程でダイオンの思考を追体験し、それをステップに、次のコラージュを作ることになる。美術専門画集を用いてコラージュ作品をいくつか紹介したことで、「コラージュ」というあまりなじみがないと思われるものも抵抗なく受け入れてもらえた。グループで作品をつくり全員の前で発表した。あるグループは「理性と規矩」の部屋の写真を担当し、古くとも美しい精密な機器を斜めの直線上に並べ、まだまだ力強く動くさまを表した。

 ここまでの作業で参加者達は互いに積極的に意見交換をするようになり、活発な会話や笑い声を聞くことができた。比較的短時間で思い出話や共通の興味の話に花が咲き、活発に意見が交わされていく様子は、長い社会生活を経て豊かな人生経験を持つ今回のワークショップの参加者ならではの雰囲気であった。

コラージュ作品をグループごとに発表
ワークショップ後半

 後半には、こちらで用意した昭和の風景の写真(1グループ約百枚、2種類あり)と、任意で持参してもらった思い出の写真を用いてもらった。写真を通じて思いを語るという自分史コラージュ作りの準備段階として、まずそれらの写真の中から一枚を選び、その写真から思い出される出来事、感情などについてグループ内で話し合い、共有した。

 今回、スタッフ側で素材として昭和の写真を選んだのは、参加者の年齢層を考えると昭和の時代の代表的な風景には思いが入りやすいだろうと考えたからである。おのずと太平洋戦争関連の写真も多くなるが、参加者たちの戦争や昭和に対する反応が一様でないことは、我々スタッフにとって新鮮であった。「つらい思い出なのであまり思い出したくない」と主に自分で持参した写真を使う女性もいた一方で、一升瓶に入れた米をつく人の写真を選び「こんなふうに自分もやっていた」と積極的にスタッフに思い出を話し始める参加者もいた。

さらにある人は、玄米を精米するこの作業を振り返り、「でも今は健康のために敢えて玄米を食べているのよ」とおかしそうに笑った。このように写真を選び出す過程で多くの思い出が語られ、共有され、参加者たちが自分の歴史を再構成、再評価するきっかけとなった。

 ここに至るまでにすでに予定時間はオーバーしていたが、参加者達はその後も熱心にコラージュ制作を続け、写真を好きな形に切ったり、配置を考えたりして、台紙に貼るという作業を根気よく行っていた。Eさん(男性、75歳)は自分で用意した子どもの頃や結婚式の時の写真と、東京裁判や軍事教練の写真とを組み合わせて貼り、「自分は誰だ!」というタイトルの作品を作った。また、元歯科医のFさん(女性、81歳)は自分の子供の写真や趣味の切り布の作品の写真と、戦後間もない時代に子どもたちがいっせいに歯磨きをしている写真、皇室の結婚式の写真などを選んでコラージュを作った。

コラージュ作品をグループごとに発表
 作業終了後は、作者それぞれの解説つきで全体発表を行った。多くの写真の中からなぜこの写真を選び、この配置に貼ったことにどのような意味を込めているのかについて、個人の思い出とともに語ってもらった。予定していた時間よりも1時間もオーバーする内容となったが、参加者達は最後まで熱心に作業に取り組み、作品を完成させることの楽しみ、またその作品を通じて語ることの喜びを味わっていたようだった。最後にアンケートを行った結果、「子供と老人、または外国の人とかと、このような作業を混えてやってみたい。」、「こんな機会が私の老化を防いでくれました。」という意見のほか、ワークショップという言葉やチラシに書かれた文言が難解だったなどの指摘もうけ、今後の課題も提示された。

まとめ
 「超おとなワークショップ」が依拠したダイオンの展示は、東大に120年の歳月をこえて蓄積されている学術標本を独自の視点で再評価、再構成する試みといえる。芸術家の視点から大学の研究者が研究を目的として収集したモノを今日の社会的、文化的な文脈の中で芸術作品として再構成し現代社会に提示している。

ダイオンの手法に習い自らの記憶をひとつの作品として組み立て表現する中で参加者が個人的な記憶と背景にある時代の記録を今日新たに編み直した。それは高齢者の取り組みに消極的な博物館事情の中で単に展示を見るにとどまらず、展示を利用して自己表現の場を提供するという本博物館の新たな可能性への挑戦であった。今後も今回得られたさまざまない意見や発見を反映しながらさらに深めて行きたい。

 なお、本ワークショップは本博物館と東京大学大学院情報学環メルプロジェクト(代表 水越伸)の主催で行われた。また開催にあたって折茂美保氏、小泉英祐氏、山村真紀氏の協力を得た。

お知らせ
「東大講座すしネタの自然史」出版

平成13年に本館で開催しました公開講座「寿司ネタの自然史」が本になりました。本のタイトルは「東大講座すしネタの自然史」で、NHK出版から1500円で発売中です。内容は、1.寿司は原始食、2.魚類 (1)、3.魚類(2)、4.甲殻類、5.貝類の5つの章から構成されています。寿司の歴史と様々な寿司ネタの分類・生態・生活史につ いて解説されています。

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(つかせ・みえ、東京大学大学院
学際情報学府修士課程(当時)/看護学)
(みこうち・あきこ、コロンビア大学ティーチャーズ・カレッジ博士課程
/博物館学・文化人類学)
(むらた・まりこ、東京大学大学院学際情報学府博士課程/博物館学・メディア論)

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Ouroboros 第24号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成16年4月
24
編集人:高槻成紀/発行人:高橋 進/発行所:東京大学総合研究博物館