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ハイテク計測の光と影

諏訪 元


歯の三次元デジタル計測
図1 アファール猿人臼歯の三次元デジタル計測。左では三次元再構築データを斜め4方向から描写している。右上下には実際に計測された標本の対応する写真画像を示した。
三次元計測の応用例
図2 三次元計測の応用例。ヒト臼歯のエナメルと象牙表面の模型をマーカー球ごと計測し、球中心推定より双方の計測データを重ね合わせる。
三次元デジタル再構築
図3 図2の方法によって得られたヒト臼歯エナメル質の三次元デジタル再構築。自在に厚さ、断面積、表面積、体積などの数量化が可能であり、エナメル質の厚さと食性適応に関する研究に役立てる。
テクノロジーの発展に伴い、学術研究環境もずいぶん変わってきた。私どもが専門としている古人骨、化石人骨の研究分野では、骨や歯を観察し、計測し、形態特性を量的に表わし、その機能的意義を検討し、あるいは記載研究として人類進化史の証拠物件を世に送り出し、あるいは進化仮説の妥当性を検証する。
モノの形と構造を扱う分野では、常々、形状をどう数量化するかが問われる。今日では標本のもつ三次元形状情報の全てを近似的にデジタル化することが可能になりつつある。まもなく、コンピュータ端末の前で、誰もがいとも簡単にヴァーチャル標本を我が物とする時がくるであろう。ではデジタル情報化により、例えば人類進化史の知り得るところが知り尽くされるのであろうか?答えは否である。個々の研究問題の解決には全体から意味ある情報を抽出する必要があり、このための万能アルゴリズムは在り得ないからである。依然としてノギスによる線計測も効力を発揮するのであり、ハイテク計測機ももう一つのノギスとして活用するに過ぎない。
とは言え、三次元形状全体のデータ化は、その包括性から実用化そのものは望ましい。私の専門分野でも十年前ごろからレーザー三次元計測機が導入され、表面形状全体が高解像度で計測されるようになった。我が博物館の特別展示でもレーザー三次元計測機が活躍してきた。ところが、少なくとも形態人類学の分野では、その先端性は注目されてきたものの、ハイテクレーザー計測ならではの専門研究成果は世界中を見渡しても一例すら思い興せない。いったい何故なのであろうか、我が研究室の奮闘記から考えて見たい。
一般に研究上の必要性の問題もあるが、実際の運用にあたっては、研究利用に絶え得る計測精度を達成するむづかしさにまず遭遇する。同時に既存の画像データ解析システムは役に立たないことが多く、新たな開発が強いられる。
レーザー計測機には様々な方式のものがあるが、ミクロン単位の精度をもつものは計測深度が浅く利用できない。ある程度の大きさと深さのある物体の計測では通常、計測範囲によってx y方向の解像度が決まり、z方向の精度もそれに見合った設計となっている。我が研究室では人類化石の歯冠形状の形態解析を進めており、約25ミリ角の小視野の計測システムで歯冠全体について50ミクロン間隔のデジタルデータを導出している。精度についてはメーカー側ではごく限られた検証しかおこなっていないため、実際の経験精度を自ら確認する必要がある。
また、歯冠部の全体計測には多方向の計測データを合成する必要があり、計測機もしくは標本を最低2軸で回転しなければならない。当然、回転軸を正しく合せるか、軸の傾斜を計測データから推定し、補正しながら形状データの再構築を行うことになる。これらの操作は理論的には簡単であるが、実際は計測ムラや歪み、測定の経時変化、画像処理のレンダリング誤差などのため複数画像の合成は必ずしも容易でない。
我々のシステムでは2軸の回転ステージ軸を0.05度以内の精度で合せ、5方向の計測画像を、平均化や平滑化などの画像処理を境界部に施さずに、生データのままで合成している。経験上、回転軸が0.1度程度ずれているだけで研究利用可能な再構築画像は得られない。回転軸の調整は平面の計測結果の画像重ね合せによって軸の微小傾斜を算出し、アオリ機構で微調節している。回転中心の位置は同様に50ミクロン未満の精度で合せこみ、さらに計測画像を1画素以内移動することにより25ミクロン未満の位置合せを最終的に達成している。
また、計測機のレーザー走査線の送り機構に微小経時変化が生じるため、常にその動向をモニターし、z値算出のための演算パラメータを適正値にそのつど設定する必要がある。これを怠るとz値精度が数10から100ミクロン程度まで劣化する。こうした微調整は画像表現を中心とした一般の使用ではどうも問題にならないらしく、メーカー側の対応策は存在しない。
我がシステムの総合精度は約12mmのベアリング球の計測などで検証した。目下、誤差は斜め4方向に50ミクロン未満の歪み、立て横方向とも辺縁部で50ミクロン程度の系統だったずれ、この他、数10ミクロン以内のランダム誤差を含む。歯冠の各計測点は真の位置からおおむね100ミクロン程度以内の精度で再構築されていると思われる。
三次元形状をデジタル画像としてただみせるならば簡単であるが、研究利用となると精度の確保がけっこう大変なものである。ちなみにノギスでは100ミクロン程度の測定精度は楽にクリアしていることは言うまでもない。

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(本館助教授/形態人類学)

  

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Ouroboros 第7号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成10年12月9日
編者:西秋良宏/発行者:林 良博/デザイン:坂村 健