石と金属

木内智康

 現在の我々の生活に石と金属は不可欠である。少し周囲を見渡すだけで、多くの石製品、金属製品が視界に飛び込んでくるはずだ。では、今から数千年遡った原始農村の時代、こうした石や金属と人間との関わりはどのようなものだったのだろうか。

■時代に冠する石・金属

 本題に入る前に、時代名称に関して少し述べておこう。今回の展示で主題となっている時代は、西アジアの時代区分でいえばおよそ終末期旧石器時代、新石器時代、銅石器時代にあたり、いずれも石や金属を冠した名称を持っている。こうした時代区分は元をたどれば、19世紀初頭にデンマークのC.J. トムセンによって発明された三時代法に遡る。石器時代・青銅器時代・鉄器時代という三時代に区分するこの方法は各時代に用いられた利器の材質の変遷に基づいて編み出された。さらに、石器時代は後に打製石器を用いていた時代を旧石器時代、磨製石器を用いるようになった時代を新石器時代という具合に細分された。また、新石器時代と青銅器時代の間に、銅の使用が徐々に一般化する時代として銅石器時代(あるいは金石併用時代)も追加された。以上のように、石と金属には時代を区分する指標として用いられてきた経緯がある。

 ただし、現在ではこの指標としての地位は後退している。現在の時代区分は石と金属を冠した名称を保持しつつも、社会・経済的観点から区分するのが主流となっている。これにはもちろん理由があり、従来考えられていた区分と実際の利器の材質の変化が必ずしも一致しないことがそのひとつとして挙げられる。いくつか例を挙げれば、新石器時代は上述のように磨製石器の使用がその指標として考えられていたが、現実には磨製石器は旧石器時代にも存在する。また、銅石器時代は字義通りに捉えれば銅器と石器を併用していた時代であるが、銅の利用は新石器時代から始まっている。では、社会・経済的観点で区分するとどうなるのかといえば、新石器時代は食料生産の時代、銅石器時代は社会が複雑化する時代と言えよう。以上のように現在では時代名称に用いられる石と金属は具体的指標を示すというよりも抽象的な存在になってしまった。とはいえ、当時の人々にとっての石や金属が重要でなくなったわけではない。以下、具体的に見ていこう。

■石製品

 石と人類との関係は非常に古く、打製石器の出現は約250万年前にさかのぼる。アフリカを出た人類が西アジアに初めて到達したのは約150万年前とされているから、その時点で彼らは既に100万年にわたる石との関わりを持っていたわけである。しかし本コラムでは打製石器以外の石製品に焦点を絞りたい。特に脱穀・製粉に用いられた磨石類、容器、装身具の順に取り上げる。

 まず、脱穀・製粉に用いられた磨石類である。これらが現れるのは後期旧石器時代のことだった。当初はカップ状の形状を呈する石臼と石棒が用いられていたが、やがて終末期旧石器時代になると大型で縦長の板状の石皿やその上石などが登場する。こうした変化は定住生活が進展したことと関連していた。その後、西アジアではナトゥーフ期から先土器新石器時代A期にかけて出土頻度が増加する。農耕の発展とともに磨石類の需要が高まったと考えられる(図1)。

図1 イラク、テル・サラサートⅡ号丘から出土したサドルカーンと上石。このようにセットで用いられた。
図2 シリア、テル・ブクラス出土石製容器。大量に出土したこれらの優品は、
   交易品として製作されていたことを強く示唆する(岡山市立オリエント美術館所蔵)

 石製容器は、終末期旧石器時代後半のナトゥーフ期に出現したようだが、本格的に発展を遂げるのは先土器新石器時代B期になってからのことである。この時期のブクラス(シリア)や土器新石器時代のテル・エス・ソワン(イラク)で数多く出土した、大理石や雪花石膏(アラバスター)製の容器はよく知られるところである(図2)。そのブクラスは当時、石製容器の一大生産拠点となっていたようで、一部の優品は交易品として別の集落へと運ばれた可能性が示唆されている。

図3 イラン、タル・イ・ムシュキ出土ビーズ。(左、右)石製、(中央)ファイアンス製

 最後に装身具についても触れておこう。実は装身具は非常に古くから存在する。その出現はおそらく中期旧石器時代にまで遡る。少なくとも、後期旧石器時代以降、遺跡からは貝製ビーズがよく出土する。一般に装身具の出現は人類の象徴的思考や表象能力の発展とともに語られる。しかし、石製ビーズが発展するのはナトゥーフ期になってのことであった。これは貝と比べて石の加工により多くの工程を必要としたためであろう。当初は専ら石灰岩が用いられたようだが、後には石材や形態に多様性が生まれ、多種多様の製品が製作されるようになる。しかしそれには新石器時代まで待たねばならなかった(図3)。

図4 イラン、タル・イ・ギャプ出土銅製ピン

■金属

 本展示に関する時代の金属といえば、まずなによりも銅が挙げられる。銅は人類によって金属として利用された最初の物質だと言える。銅が西アジアで利用され始めたのは前9千年紀のことであったが、当初は金属としてではなく、あくまで銅鉱石が石として利用されたのである。とはいえ、先土器新石器時代の間に自然銅が金属としても利用されるようになる。その後製錬が行われるようになるのだが、これは前6千年紀にまで遡る可能性がある。ただし、異論もあり、確実なのは前5千年紀以降のことである(図4-6)。

 金属ではないのだが、ガラスの出現もこの銅製錬抜きにしては語れない。ガラスの起源を求めると釉に至る。なぜなら、釉とはガラスが陶器などの表面に張り付いたものだからだ。そして、銅製錬炉から釉が検出される事例があるほか、復元実験によっても銅の製錬によって釉が生成されることが明らかになっているからだ。なお、西アジアで最古の釉を伴う製品は前5千年紀のテル・アルパチアやニネヴェ(ともにイラク)で出土している(図5)。

■交易・工芸と石・金属

 以上、いくつかの石・金属製品がいつごろから登場するのかを見てきたが、もうひとつ注目しておくべき点がある。それは交易との関わりや、工芸としての石、金属製品という側面である。石材や金属素材はしばしば原産地が限られており、場合によっては具体的に素材や製品が移動した証拠を追うことが可能である。とりわけアナトリア産の銅や黒曜石は著名であり、数百キロ離れた土地まで運ばれた。加えて、上述したように石製容器も一部が交易品として利用された可能性がある。そこで問題となるのが工芸の専業化である。工芸の専業化が生じたのは都市社会成立期であったというのが伝統的な考え方だったが、近年ではそれ以前の専業についても論じられるようになってきている。上述のブクラスでは焼失住居から1,800点を超える石製容器が一度に出土したことからも、専業生産が行われていたことが示唆される。また、銅製錬には専門的な知識を要するので、これも専業工人を必要としたであろう。

図5 イラン、タル・イ・ジャリA出土。(左)銅製品、(中央、右)銅製ピン
図6 イラン、タル・イ・ムシュキ出土銅製ピン

■ドメスティケーション・
 工芸生産と石・金属

 さて、以上見てきたように、石と金属に関しては、まさに原始農村の時代に多くの発展を遂げたことが明らかであろう。磨石、石製容器、石製装身具が広く用いられるようになったのは新石器時代のことであるし、金属が発見され、利用されるようになったもの同じ時期であった。これらはいずれも本展示の重要なテーマのひとつであるドメスティケーションという現象と無関係ではあるまい。これは単に磨石類が直接的に(農耕の結果得られた)穀物の脱穀と製粉に関係していたという意味ではない。ドメスティケーションの背景にあった、自然の支配が可能であるという観念が石の加工や、あらたな物質の獲得(金属やガラスなど)を促したのではないかという意味である。このドメスティケーションと上述した工芸の専業化は現代社会に繋がっているという点においても重要だ。物質世界を支配できるという観念は環境問題や異常気象が取りざたされる今日においては多少揺らいでいる面もあろうが、今なお多くの人に共有される観念であろう。また、厳密に言えば都市社会以後の専業と原始農村時代の専業とは区別すべきではあろうが、専業化それ自体は現代社会に生きる我々には当然のことであろう。こうした現代社会を形成する基盤の一部の起源を求めれば原始農村の時代にたどり着く。その証拠は本コラムで扱った石と金属にも見出すことができるのである。


参考文献

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