1 オホーツク人の海と陸

松浦武四郎が見た魚

坂本 一男




  「北海道」の名付け親としても知られる松浦武四郎(一八一八−一八八八年)が、初めて蝦夷地を訪れたのは弘化二(一八四五)年のことである。道南から道東、樺太にいたるまで各地を旅して残した数十巻にものぼる彼の旅行記には、和人に圧迫され窮乏するアイヌの人たちの暮らしぶりはもちろん、なお未知の国であった蝦夷地の地理、動植物についての博物誌的記載が満ちている。魚類についても挿絵入りの記述が残されている。そのいくつかを紹介する。

  日本海の北部からオホーツク海西部にかけて広がる大陸棚や網走沖の北見大和堆といった海底地形に加え、流氷が運ぶアムール川の豊富な栄養塩もあって、オホーツク海域の生産性は高い。北海道およびその周辺水域には日本産魚類のおよそ二割にあたる七百種の魚類が知られているが、そのうちオホーツク海域には約三五〇種が分布する。オホーツク海域の魚類相の特徴は、寒海性魚類の占める割合が八十%と、日本海側(五十%)や太平洋側(六十%)に比べて高いことである。この海域において多くの種が出現している科はゲンゲ科、カジカ科、クサウオ科、カレイ科、タウエガジ科およびトクビレ科である。ゲンゲ科とクサウオ科は海盆にすむ深海性の種を多く含んでいるため、沿岸水域だけでみると、カジカ科、カレイ科、タウエガジ科などの種が卓越する。

写真3  『東西蝦夷山川地理取調紀行』
安政6(1859)年から明治11(1878)年頃に著されたものらしい。「東蝦夷日記」など全部で30巻ある。掲載した写真は3点とも東京大学附属総合図書館提供。
松浦武(竹)四郎・正宗敦編纂校  訂 東京大学付属総合図書館蔵
『西蝦夷日誌』
トクビレ(雄)(トクビレ科)podothecus sachi
トクビレの雄は大変特徴的で、第二背鰭と轡鰭が黒く、大きくなる。北日本の沿岸、朝鮮半島東岸、沿海州に分布。ふつう水深150mの砂泥底に生息する。体長は40cmあまりになる。トクビレ科のなかでは唯一食用とされている魚である。肉は白く、刺身や焼き物などに調理される。極めて美味。
  その特異な姿のためか、既に『佐州産物志』・『佐渡物産志』(1737年)に「とくひれ」(トクビレ(の雄))の図がみえる。

『納沙布日誌』
一番上:コマイ(タラ科)Eleginus gracilis
黄海、日本海からオホーツク海、べーリング海までの北太平洋沿岸海域に生息する。同じタラ科のマダラ(全長1m)やスケトウダラ(60cm)に比べて小さく、全長は40cmまでにしかならない。白身で淡泊、塩干品、ルイベ(新鮮な身を凍らせて薄切りにしたもの)、鍋物などにする。現在の水揚げの中心は根室および釧路支庁管内。水深100m前後の漁場では沖合底曳網で、沿岸海域では底建網、小定置網、刺網、氷下待ち網、シシャモ桁網などで漁獲される。氷の下の定置網である氷下待ち網は、厚岸など道東地方の冬の風物詩といわれる。「大きさ五、六寸初夏より秋まで…」とあるので、描画されたコマイは夏から秋にかけて採集された未成魚と思われる。ちなみに現在行われているコマイ漁業には、未成魚を対象とする5—7月の夏漁と、成魚すなわち産卵群を対象とする冬漁がある。

上から2番目:シチロウウオ(トクビレ科)Brachyopsis segaliensis
北海道の太平洋岸、オホーツク海沿岸、千島列島に分布。浅海の藻場などに生息する。体長は20cmあまりになる。利用されていない。トクビレ科の最大の特徴は、鱗の変形した硬い骨板により体が被われることである。

上から3番目:クサウオ属の一種(クサウオ科)Liparis sp.
胸鰭や腹鰭の形や位置からクサウオ科クサウオ属の魚と思われるが、記載されている厚岸や根室などの方言を考慮しても、種は特定できない。細長い体形から判断して、オホーツク海域では深海性の種の多いクサウオ科にあって珍しく、主に浅海域に生息するカンテンビクニンあたりか。この科の魚は利用されることがほとんどない。

上から4番目:カズナギ(ゲンゲ科)Zoarchias veneficus
日本海沿岸、中部日本以北、北海道、沿海州に分布。深海性の種の多いゲンゲ科では珍しく、浅海や潟湖の藻場に生息する。小型種で、全長は7cmぐらいにしかならない。利用されることはない。

『北蝦夷蘇誌』
イトヨ(トゲウオ科)Gasterosteus aculeatus
互いに離れた3本の大きな背鰭棘が特徴である。茨城県・島根県以北の日本各地に生息する。観賞用になる程度。全長7cmぐらいまでで一生淡水域で生活する陸封型と、10cmぐらいになって産卵の時を除いて海で過ごす降海型がいる(現在、これらの2型は独立した種と考えられている)。両型は極めてよく似るが、背鰭棘の鰭膜の状態で区別できる。描画されたイトヨは鰭膜のやや大きい降海型とみてよいか。


【参考文献】


長澤和也・鳥澤 雅編、一九九一、『漁業生物図鑑北のさかなたち』、北日本海洋センター
尼岡邦夫・仲谷一宏・矢部 衛、一九九五、『北日本魚類大図鑑』、北日本海洋センター
尼岡邦夫、二〇〇〇、「北海道の魚類」、『根室水産・海洋研究年報』三、三〜四五頁



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