これらを並べて、その内容を比較してみると、教育書と標本の整備が行われていった過程を時系列で追うことができる。鉱物標本収集・記載の集大成として、維四郎は明治37年に「日本鉱物誌」、明治40年に「本邦鉱物標本」を出版した。また大正5年には、和田維四郎の還暦記念として神保小虎・瀧本鐙三・福地信也によって「日本鉱物誌」が改訂版として出版された。さらに 戦後、新たに伊藤貞市・桜井欽一によって新版「日本鉱物誌」の出版が試みられ、第一部は昭和22年に出版されたが、第二部(珪酸塩鉱物)は未刊に終わっている。
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明治8年各府県金石試験記
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明治9年各府県金石試験記
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本邦金石略誌
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日本鉱物誌
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本邦鉱物標本
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日本鉱物誌(改訂版)
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