本プロジェクトは、国際舞台で活躍するイタリア人建築家セルジオ・カラトローニ、ミラノ在住の服飾評論家矢島みゆき、サンパウロのカーサ・ブラジリエイラ美術館の館長アデリア・ボルヘス、東京大学総合研究博物館教授西野嘉章の四人の呼びかけにより、ヨーロッパ、アフリカ、アジア、極東、南米、北米など世界各地の人々から寄せられた様々な人工物を観覧に供することで、人間の有する造形感覚、表現手法、価値体系がいかに多様であり、その多様性を相互に認め合い、結び合う寛容さこそが、現代社会に分断をもたらしている言語、宗教、文化、人種の隔てを克服する上でいかに大切であるかを、視覚的かつ悟性的に理解させるためのものである。
本プロジェクトは、たしかに展覧会のかたちをとってはいるが、しかし従来の展来会と構成方法においても、また運営方法においても異なっている。会場となる小石川分館に、モノを並べてみせることで完結するわけではないからである。モノの展示してある場所は、ウェッブ・サイトで公開されているヴァーチャル・カタログと相互にリンクしており、この両者を併せたものがプロジェクトの全体を構成することになるからである。現実の展覧会と仮想の展覧会は、そのいずれもが、いついかなる時点にあっても、地球規模で現在から未来に向けて生成を遂げつつある「グローバル・スーク」の一断面を示すものでしかない。ために、プロジェクトの全体はつねに現在進行形の状態におかれているこれはすなわち、インターネットを通じて世界中の人々が自由に参加したり、来訪したりすることのできる、文字通り時間と空間のいずれにおいても、眼差しに対して開かれた「実験場」であるということに他ならない。
この展覧会形式を発案したのは、ミラノを拠点としてデザインの仕事に携わっているカラトローニと矢島である。サンパウロのボルヘスと東京の西野がそれに賛同し、一年半前からプロジェクトの実現に向けて、ネットワーク作りと人工物の収集・記載・目録化の作業がなされてきた。セルジオ・カラトローニ・アートルームのウェッブ・サイトの呼びかけに応え、300人(現在数)を超える人々が、20カ国以上の国々から各人各様の、思いのこもった人工物を届けてきた。それらが小石川の会場で初めて一堂に会する。送り主とその人工物に関する情報を蓄積している「グローバル・スーク・インデックス」が、いまや爆発的なスピードで膨らみ始め、モノの集積とインデックスの成長は止まるところをしらない。
本プロジェクトには様々な国籍・地域の人々が参加している。職業も年齢もまた様々である。有名人もいれば無名人もいる。が、いずれも1人の市井の人として参加している。集積し続けている人工物のなかには、れっきとした文化財もあるし、また世界の片隅で拾われたゴミもある。これら人にしてもモノにしても、それらの全体を見渡すと、国籍や地域の違いはもとより、文化や宗教、時代や製法、形状やデザインの違いは無いにも等しい。ただそこに認められるのは、用途や趣味や美意識にしたがって人がこしらえたモノの、実に多様で生き生きと変化に富む存在の多様性に他ならない。われわれはその存在の多様な様態を、イスラムの生活文化圏を支える市場(スーク)に喩え、「グローバル・スーク」と名づけることにした。
「グローバル・スーク」は、たしかに、見ていて楽しい。その意味で、視覚的な愉悦に奉仕するものではあるが、そればかりでもない。ウェッブ・サイト上に展開する「グローバル・インデックス」は、個々の物品について博物学的な記載をともなうモノ・カタログでもあり、研究者にとっては文化人類学的な資料として役立て得るものであるし、クリエーターにとってもまた、これまでにないイメージ源泉、デザイン資源として寄与するに違いないからである。現に、カラトローニと矢島がモロッコのマラケシで建設を進めている「建築・自然発生的創造の国際高等研究センター」(C.A.C.: Centre des Hautes etudes internationals en Architecture et Creations spontaneuses )、通称「マラケシ・バウハウス」(Marrakecch Bauhaus)では、「グローバル・スーク」を基礎資料とする若手クリエーターの教育プログラムが、いままさに始まろうとしている。
国際協働企画として始められた本プロジェクトは、今日の社会を織りなす人、モノ、交換(情報と物流)の地球規模的なネットワークの上に成り立っている。つねに動態状態に置かれているそれは、時代に縛られぬもの(a-temporary)、国家に縛られぬもの(a-national)、地域に縛られぬもの(a-regional)、名前に縛られぬもの(a-nonymous)といった概念を現代社会のなかに定位させることで、グルバリズムとトリヴィアリズムの対立項の止揚という、優れて今日的な課題のひとつの解答を見出そうとする試みということができる。