政治媒体としての新聞

イデオロギーの表明

 

71. 日刊紙『ジ・イヴニング・ニュース』

編集者未詳
第五六年一七二五八号、一九三七年五月七日発行
ロンドン
旧久米正雄コレクション

The Evening News Unknown Editor No.17258, 56th Year, 7 May 1937 London, Unknown Publisher Provenance : Masao Kume Collection 20pp., 597 x 433

三十四人の死者を出した気球船ツェッペリン号の事故を伝える。この写真は『イヴニング・ニュース』社取材班の特ダネであった。作家久米正雄の旧蔵になるものと伝えられる。

 

72.グラフ版『ザ・ニューヨーク・タイムズ』 

編集者未詳
一九三八年二月一三日発行
ニューヨーク

The New York Times Unknown Editor Picture Section, 13 February 1938 New York, Unknown Publisher 8pp., 575 x 406

一八五一年にヘンリー・レーモンドが創刊した新聞。一八九六年にドイツ系ユダヤ人アドルフ・オックスが買収し、第一次世界大戦を経て発行部数を大きく伸ばした。紙面は政権奪取から五周年を記念するナチスの式典と、ムッソリーニの閲兵式典、さらに日本での女子挺身隊の行進風景などを報じており、時局の緊張感を伝えている。

 

73.日刊紙『イル・ジョルナーレ・ディタリア(イタリア毎日)』

編集者未詳
第四一年三九号、一九四一年二月一四日発行
ローマ
Il Giornale d'Italia Unknown Editor No.39, 41st Year, 14 February 1941-XIX Roma, Unknown Publisher 6pp., 587 x 428

二月一二日のボルディゲーラのマルゲリータ宮殿でのムッソリーニとフランコの会談を報じる。

74. 日刊国民新聞『八・ウル・アーベントブラット(夕方八時)』

ルドルフ・モッス発行
第七七年一五一号、一九二四年六月三〇日発行
ベルリン、ベルリナー・ツァイトゥング出版社
岩崎旭旧蔵
8 Uhr-Abendblatt : National-Zeitung Rudolf Mosse(Published by) No.151, 77th Year, 30 June 1924 Berlin, Berliner Zeitung Verlag Provenance : Akira Iwasaki Collection 20pp., 470 x 322

75 日刊紙『ベルリナー・ツァイトゥング・アム・ミッターク(正午ベルリン新聞)』

編集者未詳
第四八年二八五号、一九二五年一〇月一七日
発行 ベルリン、ベルリナー・ツァイトゥング出版社
旧岩崎旭コレクション
B.Z. am Mittag : Wochentag-Ausgabe Berliner Zeitung Unknown Editor No.285, 48th Year, 17 October 1925 Berlin, Berliner Zeitung Verlag Provenance : Akira Iwasaki Collection 463 x 320

ベルリン・ダダの旗揚げとなった一九一八年四月一二日の「ダダの夕べ」以降、ダダイストのラウール・ハウスマン、ヨハネス・バーダーがしばしば寄稿している。本紙では、前日にドイツ、フランス、ベルギーのあいだで調印された、ラインラントの不可侵攻と永久非武装を決めるロカルノ条約の記事が第一面を飾っている。

 

76.日刊紙『ベルリナー・ターゲブラット(ベルリン日報)』

テオドール・ヴォルフ編集長
第六一年五四八号、一九三二年一一月一八日発行
ベルリン、ルドルフ・モッス
旧岩崎旭コレクション
Berliner Tageblatt und Handels-Zeitung : Abend-Ausgabe Theodor Wolff(Editor in Chief) No.548, 61st Year, 18 November 1932 Berlin, Rudolf Mosse Provenance : Akira Iwasaki Collection 8pp., 470 x 322

ベルリンの進歩的ユダヤ人論客テオドール・ヴォルフが率いた代表的なリベラル派日刊紙。一九二三年一一月九日の「ヒトラー一揆」でも、その進歩性のゆえにやり玉に挙げられた。のベルリンのダダイスト、ヴァルター・メーリングの父ジーグマルが編集責任者だった風刺付録「ウルク」には、工芸美術学校在学中のジョージ・グロスの都会風俗スケッチが掲載されている。この新聞は一九二〇年代に展開するベルリン・ダダ運動の同時代資料としても重要である。

 

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