保存用紙としての新聞

学術標本と学術廃棄物

5. 新聞紙名未詳

巻号未詳、大正七年三月一九日発行
発行地未詳、発行所未詳
大境遺跡骨標本
木製平箱
総合研究博物館人類先史部門蔵

Unknown newspaper

Unknown Editor,Unknown Issue Number, 19 March 1918
Unknown publishing place
Skeletal remains from Ohzakai cave site, Toyama Prefecture
Wooden box
Department of Anthropology & Prehistory, The University Museum
514 x 377 x 100

梱包材は大正七年三月一九日発行の新聞紙。紙名未詳。

6. 日刊紙『日本』

巻号未詳、明治四二年五月一七日発行
東京、日本社
黒曜石標本
長野県諏訪湖底曽根遺跡出土
保存箱(金属、ガラス、黒色ペイント)
総合研究博物館人類先史部門蔵

The Nippon
Unknown Issue Number
17 May 1909
Tokyo, Nippon-sha
Stone tool fragments
Excavated from Suwa-kotei Stone site, Nagano Prefecture
Storage box(metal & glass, painted)
Department of Anthropology & Prehistory, The University Museum
215 x 153 x 35

エドワード・シルヴェスター・モースの進言を容れて創設された旧「理学部博物場」の標本平箱に収められている。なかの標本は東京帝国大学で人類学教室を先導した坪井正五郎が一九〇九年の調査で集めたもの。緩衝材として使われている新聞紙は、明治四二年五月一七日発行の「日本」。これは坪井が村松瞭を伴って諏訪湖を訪れた、まさにその当日に発行された新聞である。

 

7. 日刊紙『東京二六新聞』附付録

第一九号、明治三七年五月三一日発行
東京、二六社
人骨標本
長野県諏訪湖底曽根遺跡出土
保存箱(金属、ガラス、黒色ペイント)
総合研究博物館人類先史部門蔵


The Tokyo-Niroku-Shimbun with premium
No.19, 31 May 1904
Tokyo, Niroku-sha
Human and animal bone fragments
Excavated from Suwa-kotei Stone site, Nagano Prefecture
Storage box(metal & glass, painted)
Department of Anthropology & Prehistory, The University Museum
215 x 153 x 40

同封の紙片には「信濃國諏訪湖ソネ 坪井様」とあり、発掘現場から坪井宛に届けられたものと推察される。箱の底には明治三七年五月三一日発行の「東京二六新聞」(第一九号)とその附録が、きちんと折り畳まれた状態で残されている。「東京二六新聞」は前月に「二六新聞」が改名して出来たばかりの新聞。他に明治四二年四月二日発行の「時事新報」、同年九月二三日と二八日に発行された「国民新聞」が見られる。坪井の発掘は明治四二年五月と七月のことであり、帰京後、時を移さずに標本整理がなされたのだろう。

8. 日刊紙『レコー・ド・パリ』

巻号未詳、一九二七年八月二五日発行
パリ、発行所未詳
日刊紙『デア・ブルヒャー・ツアイトゥング』
巻号未詳、一九二八年七月二五日発行
ゲッティンゲン、発行所未詳
日刊紙『ル・タン』
巻号未詳、一九二八年八月五日発行
パリ、発行所未詳
ヨーロッパ産岩石標本 木製平箱(箱に「神保(小虎)」の名前あり)
総合研究博物館岩石鉱床部門蔵
L'Echo de Paris
Unknown Editor
Unknown Issue Number
25 August 1927 Paris, Unknown Publisher
Der Burcher Zeitung
Unknown Editor
Unknown Issue Number
25 July 1928 Gettingen, Unknown Publisher
Le Temps
Unknown Editor
Unknown Issue Number
5 August 1928 Paris, Unknown Publisher
European Mineaological speciments Flat Wooden box (with the name of Zimbo(Kotora))
Department of Mineaology, The University Museum
657 x 417 x 80

梱包に使われているのはドイツのゲッティンゲンで一九二八年七月二五日に発行された日刊新聞『デア・ブルヒャー・ツァイトゥング』、フランスのパリで一九二七年八月二五日に発行された新聞『レコー・ド・パリ』、一九二八年八月五日に発行された新聞『ル・タン』であることがわかる。神保小虎は東京大学卒業後、北海道庁技師として地質調査にあたり、ベルリン大学留 学した。鉱物学教室の初代教授和田維四郎の後任となった菊池安のが急死したため、急遽帰国し鉱物学教授となった。

 

 

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