第2部 展示解説 植物界
進化の両側面 種が別の種へと変わることを進化という。進化は世代を重ねるとともに蓄積していった変異性が、許容量を超えたときに起こると推測されているが、実験的にはまだ証明されていない。進化と環境の結びつきからみると、適応放散と収赦がある。 (1) 適応放散 Adaptive Radiation これは、祖先種が多様な環境に適応して別の種へと変わっていくことによって起きると考えられる。この多様な環境への適応進化のことを適応放散と呼ぶ。 ダーウインが提唱した進化論によれば、生物は常に突然変異を引き起こしているが、環境に適応したものだけが生き残り子孫を殖やすことができる。したがって、進化とは環境の多様性の結果であるともいえる。このような適応放散の例をキク科トウヒレン属 (Saussurea ) に見ることができる ( 図 6,7,8) 。
トウヒレン属は、主としてユーラシア大陸の温帯から高山帯にかけてに広く分布し、約 300種からなるキク科の属のひとつである ( 図 7,8)。日本列島にもトウヒレン属の種は多く、種の識別がむずかしいグループとされてきた( 図 8-5,8-6) 。ヒマラヤや中国西部の高山帯には 「セーター植物」 ( 図 7-1, 7-3, 8-1, 8-2) 、「温室植物」( 図 7-2, 8-3) 、「矮性植物」( 図 8-4) などとよばれる特殊形態をもつ種が多く知られ、ヒマラヤ植物の世界的研究センターともなっている植物部門でも、積極的にその解析を行っている。 (2) 収斂 Convergence 収斂はもともと異なった遺伝的形質をもっ生物、いう なれば系統的にまったくかけ離れた生物が、同じような環境に適応した結果として似た形態や性質をもつことをいう。他人の空似であり、収斂現象の存在は植物や動物を外形の特徴のみによって分類する危険性を示している。収斂の実際を水生植物で例示した ( 図 9,10) 。 水生植物はすべての種がひとつの系統に属するので はなく、系統的には様々な位置に分類される。にもかかわらず、沈水性や水中浮遊性の水生植物では、系統的にかけ離れているものでも、その葉は水の抵抗をなくすために細くなったりこまかく分裂したりして、よく似た外部 形態をもつ。また葉には気孔がなく、表面にはクチクラ が発達しないといった特徴もある。 しかし、花は葉とは異なりマツモのように花がごく小 さく水中で咲くものもある一方、水中から気中に出て開花する種も多いなど、それぞれの水生植物の系統的な位置づけを反映したかたちを示している。
標本の展示のしかた 今回の展示の意図は、自然史標本を見せ、標本に語らせることである。標本は自然史標本としての理想的 な形であることが望ましいが、少なくとも植物標本の場合は、生殖器官すなわち花と果実をそなえていなけ ればならない。 標本を見やすく、立てた状態で展示するためには、標本の落ちやすい部分をいろいろな方法で補強する 必要がある。標本を台紙に止めるには、テープ、糸、糊づけなどの方法がある。テープの場合、とりはずして観察するのは容易であるが、展示の場合には、標本の一部をかくしてしまうという欠点もある。糊づけは展示の場合には葉のように面積の広いものをしっかり 国定することができる。 標本はアクリルのケースに入れて展示したが、ケースにはすきまがないようにして、展示中に虫の侵入がないようにした。アクリル板には帯電防止のものがあ り、これを用いると、標本が静電気によってアクリル板 に吸い付くことがなく、標本の損傷が防げる。また、花などを透明フィルムで、覆って保護するとよいが、これも静電気のおきない素材 ( セロハン ) を用いた。
Copyright 2004 The University Museum, The University
of Tokyo
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