フェーズ1

Planning<企画>




 展覧会を通して、何を伝えるのか。そのテーマは何か。そして展開コンセプトはどのようなものなのかを明確にすることは、観覧者に対して展覧会が発するメッセージを確固たるものにすることとなり、展示をつくっていくクリエーターの発想のよりどころにもなる。

 それは展示の企図を明快に定めることであり、これなくしては、展示を観る人に満足を与えられないことが多いのではないか。

 東京大学総合研究博物館の展示は、一般の博物館とは少々性格を異にするものである。大学博物館の展示は、論文を介さない、展示というメディアを用いた研究成果の公開という性格も持っているのである。したがって今回の展示も、大学博物館として学術研究の上に立った、きわめてメッセージ性の高い展示を実現するものとしてスタートした。

 被爆というと、とかくその被害を連想しがちであるが、「石の記憶-ヒロシマ・ナガサキ」展は被爆試料をモチーフとしながらも、それらに向けられた科学者の眼差しに焦点を徹底的にあてることで「科学者のマインド」や研究者のあくなきチャレンジへのダイナミズムを、展示を通して表現するものである。

 展示ストーリーとしては以下のようなものになろう。

「科学者渡辺武男は、原爆投下されて間もなく、国家命を受けて現地調査に赴き、彼なりの研究課題に対して徹底的なフィールドワークを繰り広げ、結論を得た。」

「彼が遺した被爆試料、フィールドノート、写真などの資料を、時を経た平成の今、再びこれらを凝視することで渡辺武男の行動を追体験する。それと同時に新たな発見もあった。そして被爆試料はこれからも科学者の目線をとらえ続け、数々の真相解明が成されていくに違いない。」

 本展はこのように、時代にかかわらず普遍的に繰り返される科学者の営みをテーマに繰り広げる。


● 展示構成を考える

 展示は空間メディアである。メッセージや思いを伝えるという確固たる狙いがある場合、空間の中でテーマやコンセプトをいかに表現するかが展示の成否を握ることが多い。

 総合研究博物館は5つの展示室で構成されている。したがって、おのずとこの5室をどう生かしていくかがポイントとなる。企画段階では前述のコンセプトに裏付けされたストーリーをどのように空間に割り付けていくかを検討することとなる。その際、ストーリーの進行役である観覧者の目線をにらみながらゾーニング計画を検討する。そしてストーリーを展示構成に置き換えてみるのである。左に記すものは企画段階に描いた展示構成である。ここまでくると、ほぼ各室での展開イメージが固められることとなる。


●展示を通して発信する情報計画を行う

 ストーリーラインに沿わせてどのような情報をどのように伝えていくか。これは、言ってみれば情報のデザインである。

 展開テーマの表現方法において、情報計画は極めて重要な役割を担う。

 当展示を実行する上で少々企てがあった。それは展示室の中の情報を連携させ、発展させることでストーリーに変化をもたせつつ、力強く表現していくことである。コーラスでいえば主旋律に対して副旋律をかぶせ、メロディーラインを表情豊かに奏でるようなものであろうか。これは情報計画におけるプランナーの楽しみと言えよう。


●情報発信、伝達のためのしかけを施す

展示アイテムをストーリーラインにしたがって効果的に配置していく

 展示の醍醐味は、観覧者との接点である“インターフェイス”ともいえる伝達方法を工夫できることである。伝えたい情報やメッセージを実物等の展示資料を用いながらいかに工夫された手法で伝えられるかが展示の訴求効果を左右する。

 展示は人間のフィジカル、メンタル双方に刺激できる特殊なメディアである。空間を構成する造作も物質であればハンズオンできるものも、展示資料も物質である。このように、観覧者を取り巻く3次元のオブジェクトが同時に訴えかけてくること、つまり文章のように頭の中で理解や想像する情報の他に、姿や形の実体が介在することが他メディアとの圧倒的な違いと言える。

 したがって、他のメディアとの差別化なくしては、展示としての効果は出せない難しさもある。

 さて、本展の試料はご存知の通り石や瓦である。これらは古美術、絵画、遺跡から発掘された考古学的資料などと違い、かなり表情が単一なものとなることは否めない。しかし表面上は地味であってもこれらの試料が展示のストーリーラインに乗ると、極めて大きな意味を持ち始める。何故なら、当展示のストーリーは試料をキュレーションすることで見出された貴重な情報を組み上げながらつくられたものだからである。

 ではその内包する情報や意味をどうやってダイナミックに伝えるか。

 その手法として“インスタレーション”を用いた展示を試みる。空間に於いて展開されるインスタレーション的な訴求方法は展示のダイナミズムを生かしたひとつの方法である。

 「展示アイテム」といえば、通常、博物館では展示資料がこれらに該当することが多いが本展では情報、資料、演出手段などによるメディアミックスによるユニットをひとつのアイテムとして展開することを基本とすることにした。つまり石や瓦、渡辺武男のフィールドノート、メモ、彼の撮った写真を資料とし、これらの読み解き方や、内包する情報や意味性を増幅するための伝達方法を実験展示として実践しようと考えたのである。




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