はじめに大場秀章 本書は東京大学総合研究博物館の企画展「シーボルトの21世紀」展の図録として出版されるものである.展示したほぼすべての標本・資料などを関連のデータとともに提示するとともに,この展示のデザイン化についてのノートを載せた.さらに,本書にはシーボルトの植物標本と鉱物標本に関連した資料と論報を数篇収めた. オランダが日本に派遣した「植民地科学者」シーボルトについての研究は国内外で広く行われており,出版された文献はぼう大な量に達する.また,シーボルトに関係した展示もこれまでかなり開催されている. そのような状況の中で今回,新たにシーボルトについての展示を企画するのは以下に述べる理由からである. そのひとつは,日本でのシーボルト紹介や理解が,西洋医学の発展への貢献者,シーボルト事件に代表される禁制品の持ち出しを図った人物,あるいは日本の植物-とくにアジサイ-の研究者,などと,個別的でトータルにはなされていないきらいがあり,彼の活動の全体像を示す必要があると考えた. 他のひとつは,持続的共生を目標に掲げる21世紀を迎え,私たち自身がこれまでの価値観の変換を迫られていることである.シーボルトが来日した19世紀前半の日本は,限られた資源を枯渇させることなく有効に活用し,しかも自然との調和のとれた多様性の高い暮らしをしていた,といわれている.シーボルトの収集したコレクションはこれを提示するものであり,シーボルト・コレクションから多様性を再確認することで,21世紀に生きる参考にしえるのではないか,と考えた.いわばシーボルトについての21世紀の新しい評価である. さらに,2000年の日蘭修好400年を記念してライデン大学からシーボルトらが日本で収集した植物標本が寄贈されている.国内には来日時にシーボルトが持参してきた物品の一部が保存されているが,400点を超す日本からの収集品を保管する国内の博物館・大学は皆無である.当館では,いわば里帰りともいえる寄贈植物標本を広く公開する必要があった. 「シーボルトの21世紀」展では,シーボルトの諸活動を,西洋文化の日本への移入,日本の文化の西洋への紹介,コレクションと研究成果の紹介に大別して提示し,活動の全体が掌握できるように工夫した. ところで,シーボルトが収集した民俗学関係の標本・資料は,シーボルトの生誕200年を記念して,国立民族学博物館や東京都江戸東京博物館で開催された「シーボルト父子のみた日本」で大々的に紹介されている.しかし,自然史,とくに植物関係の標本・資料の紹介はほとんどされてこなかった. そこでシーボルト・コレクションの紹介は自然史,とくに植物を中心とし,その主旨をライデン大学教授・国立植物学博物館長のバース博士に相談したところ,標本の貸出しの快諾を得ることができた.その後,ライデン大学が本展示の共催者として全面的な協力をしてくださることが決まり,また地学と動物学関係のシーボルト・コレクションを収蔵するオランダ国立自然史博物館の協力も得ることができるようになった次第である. そのほか,展示はもとより図録の編集でも多数の機関と関係者の方々にご協力いただいた.心から感謝の意を表したい. 東京大学総合研究博物館教授 Professor, University Museum, University of Tokyo |
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