3.貝類の生息環境


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共生

 他の生物と何からの生理的な関係を保持する生活様式は共生(symbiosis)と呼ばれます。貝類には他の動物と共生関係を持つ種が少なくありません。共生には、双方に利益のある相利共生(mutualism)、片方の生物には利益があるが他方には利益も不利益もない片利共生(commensalism)、一方が栄養などの利益を得る一方で他方が不利益を被る寄生(parasitism)の3つの様式が区別されています。しかし、貝類の場合は生態学的な研究が十分に行われていないため、共生生物間の生理的な関係は必ずしも明らかではありません。以下に貝類と共生関係が見られる動物群を列挙してみます。

(1)海綿動物
 ミミズガイ類Tenagodus(図3-17)、ヤブサメガイCrenetula modiolaris(図3-18)、ホウオウガイVulsella vulsellaは、海綿の中に埋もれて棲息します。この場合は、骨片をもつ海綿によって貝類は身を守られるメリットがあると考えられます。トサカガキLopha cristagalliも生時には赤い海綿に薄く覆われています。ミツクチキリオレガイ科Triphoridae、クリイロケシカニモリガイ科Cerithiopsidaeは海綿のすき間や表面に棲息していますが、これらの種は餌として海綿を利用しています。また、コウイカ類には海綿の体腔を産卵床として利用する種が見られます。



 

 
(2)刺胞動物
 刺胞動物を利用する貝類の代表例はウミウサギガイ科Ovulidaeです。ヤギ類、ウミトサカ類、イシサンゴ類に付着し捕食します。多くの種では貝殻や外套膜の色彩が寄主の色によって影響を受けます。マツワリダカラガイ科Pediculariidaeはエノシマサンゴ類に付着し、殻口がサンゴの形に合わせて不定形になります。イトカケガイ科Epitoniidaeの多くはイソギンチャク類やスナギンチャク類に付着します。クルマガイ科Architectcmicidaeにもスナギンチャク類に付着する例が知られています。

 アクキガイ科Muricidaeのサンゴヤドリ亜科Coralliophilinae(図3-19)は主にイシサンゴ類やイソギンチャク類などの刺胞動物に寄生します。クチナシサンゴヤドリRizochilusantipathumはウミカラマツ類に固着して寄生します。成熟するともはや移動する必要がないためか、吻を出す孔を除いて殻口を閉じてしまい、口が無いように見えます。コウモリサンゴヤドリCoralliobia fimbriataは殻口がひろがって笠型に近くなり、寄主に効果的に付着できる形態を持っています。カブラガイ類Rapaはソフトコーラル中に大部分埋在し、イシカブラ類・ムロガイ類Magilusはイシサンゴ類に穿孔します。同じくアクキガイ、科のシロレイシガイダマシ類Drupellaはサンゴを食害します。サンゴヤドリ類は全て歯舌を欠いていますが、それ以外のアクキガイ科は歯舌を持っています。


 
 エゾボラ科のシワホラダマシCantharus(Pollia)mollisはカイウミヒドラを貝殻の表面に付着させています。シワホラダマシにはカイウミヒドラの刺胞によって防護されるメリットがあると考えられます。

 二枚貝類ではウグイスガイ類Pteria・ワニガキDendostrea fronsはヤギ類を付着基質として利用しています。ブンブクヤドリガイ科MontacutidaeのイソギンチャクヤドリガイNipponomontacuta actinariophilaはナスビイソギンチャク、ムツワンヤドリガイMontacutona mutsuwanensisはムラサキハナギンチャクに付着しています。これらの二枚貝の生態は十分に研究されていません。


(3)軟体動物
 貝類に寄生する貝類は、カツラガイ科Capulidaeとトウガタガイ上科Pyramidelloideaに見られます。カツラガイ科はイタヤガイ科、ワタゾコツキヒ科、ウミギクガイ科の殻に付着して孔を開けます。そして、吻を差し込み、二枚貝類の集めた餌を横取りします。トウガタガイ科ではシャコガイヤドリクチキレTurbonilla cummingi、イボキサゴナカセクチキレBoonea umboniocola、イモガイクチキレモドキBoonea okamurai、カキウラクチキレモドキBrachystomiabipyramidata、などが貝類に寄生します。イソチドリガイAmathina tricarinataはハボウキガイ科などの二枚貝類の殻縁に付着して体液を吸います。


(4)環形動物
 環形動物にはトウガタガイ科の多くの種が付着して、体液を吸います。トウガタガイ類は歯舌を欠き、寄主の体表に吻を突き刺すための吻針(stylet)と体液を吸うための口球ポンプ(buccal pump)を持ちます。カツラガイ科CapulidaeのサワラビSeparatista helicodesはケヤリムシの棲管に付着して生活し、卵嚢もその上に産みつけます。


(5)星口動物
 星口動物と共生する貝類は多くありません。ブンブクヤドリガイ科MontacutidaeのハナビラガイFronsella ohshimaiはスジホシムシモドキ、同科のスジホシムシヤドリガイNipponomysella sibtrincataはスジホシムシに付着しています。


(6)ユムシ動物
 ウロコガイ科GaleommatidaeのミドリユムシヤドリガイSagamiscintella thalassemicolaがミドリユムシに付着します。


(7)節足動物
 節足動物は貝類よりも激しく動き回る種類が多いため、節足動物と共生する貝類は数が限られています。イシカワシタダミCaledoniella montrouzieriはフトユビシャコの腹面に足裏で付着します。チリハギガイ科LasaeidaeのコフジガイSquillaconcha subsinuataはシャコの腹面、マゴコロガイPeregrinamor oshimaiはアナジャコの腹面、ケシハマグリ科KelliidaeのオサガニヤドリガイPseudopythina macrophthalmensisはオサガニの付属肢に足糸で付着します。ブンブクヤドリガイ科MontacutidaeのヘノジガイCurvemysella paula、カリバガサガイ科CalyptraeidaeのヒラフネガイErgaea walshiはヤドカリの入った巻貝の殻の中に付着します。


(8)棘皮動物
 ハナゴウナ科Eulimidaeはウニ、ヒトデ、クモヒトデ、ウミシダ、ナマコなどあらゆる種類の棘皮動物に寄生します。寄生には内部寄生と外部寄生の種があり、自由生活を行う種もみられます。内部寄生の種にはEntoconcha、Gastrosiphonなどのように殻が完全に無くなる分類群が知られています。しかし、幼生の時には貝殻をつくるため、貝類であることが分かります。ハナゴウナ科の多くは殻頂が動物体の右側の方へねじれた塔型の殻をもちます(図3-20)。しかし、ヒトデナカセThyca crystallinaは例外で笠型の殻を持ちヒトデ類に張り付きます(図3-21)。ウラシマカタベThyca lacteaも同様に広い殻口を形成します。


 

 
 スズメガイ科HipponicidaeのウニヤドリキクスズメHipponix prinocidaricolaはノコギリウニの棘上に付着します。しかし、本種は別のキクスズメ類がウニの棘に合わせて細長くなった生態表現型のひとつかもしれません。

 二枚貝類のウロコガイ科Galeommatidaeでは、ヒナノズキンOhshimaia semperiは無足ナマコに、オオブンブクヤドリガイScintillona stigmaticaはオオブンブクの腹面に共生します。ブンブクヤドリガイ科Montacutidaeでは、オカメブンブクヤドリガイMontacuta echinocardiophilaはオカメブンブクの棘の間、マルヘノジガイNipponomysella oblongataはクモヒトデと共生します。


(9)魚類
 ヘリトリガイ科MarginellidaeのカサゴナカセTatesia yadaiはユメカサゴに寄生しています。セコバイ科Colubrariidaeは日中は岩礁のすき間などに潜み、夜は這い出して休眠中の魚類の体液を吸います。ウロダマヤドリガイ科Choristellidaeは鮫の卵嚢の内部に入り込み、卵嚢から栄養を得ています。


(10)化学合成細菌
 体内に化学合成細菌を共生させて、細菌の生産するエネルギーを利用しながら生活する貝類が知られています。二枚貝類ではシロウリガイ類Calyptogena、ツキガイモドキ類Lucinoma、キヌタレガイ科Solemyidaeなどが有名です。化学合成細菌に栄養を依存する種では、消化器官が退化的になる現象が知られています。特にキヌタレガイ類は顕著な例として知られています。


(11)渦鞭毛藻類
 シャコガイ科Tridacnidaeとザルガイ科Cardiidaeの一部の種は褐虫藻(Zooxanthella)を体内に共生させて栄養を得ます。シャコガイ類は腹側を上にして殻を開き、褐虫藻が含まれている外套膜を広げます。ザルガイ科のリュウキュウアオイCorculum cardissa(図2-34)、オオヒシガイFrafum fragum、カワラガイFragum unedoは褐虫藻を共生させますが、あまり殻を開きません。これらの員類では殻の後側(海底面側)が薄くなっており、太陽光線が十分に殻を通り抜けて共生藻類に当たるように工夫されています。腹足類ではスギノハウミウシ類、ミノウミウシ類に共生藻をもつ刺胞動物を捕食し、それらの共生藻のみを自分の体内に取り込み利用する種が知られています。





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