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[ニュースという物語]


声の地層

戯作者たちが工夫した文章には、どこかしら浄瑠璃や講談、祭文語り、昔話、ちよぼくれ、声色、見せ物の口上といった芸能を感じさせるものがある。新聞錦絵の世界は、コミュニケーション史における声の地層を浮かびあがらせ、耳と眼の文学史に向けた新たな問題提起を行う素材でもある。

東京日々新聞 第千三十六号

東京日々新聞 第千三十六号

六五歳の妻がいる七九歳の老爺と六七歳の老婆が駆け落ちしたが、老婆がその途中、脳卒中で倒れたという話。浄瑠璃もどきのセリフが交じる、口真似で語り演じてもいいような戯文である。

東京日々新聞 第千三十六号

信州飯田松尾町に。齢も長て七十の上を九ツ腰さへも二重に成て/ゆるみたる FL1懸職の甚助が近所に住めるお犬とて六十七の老嫗と。/私通ゐたるを甚助の女房ハ六十五才にて。良人の名に似た嫉妬なれバ/土地の名所の姥捨山と思ひ/桐原おき去に幾干らの山の幾干やら有明山の銭かき/集め。走て耻を更科や田毎の/月の影暗く。あ戸/隠山なだかき松の/木陰に休息て/「コレお犬主に引れ/て善光寺もはや近付と嶮岨ゆゑ嘸草臥やしつるらん。/大い苦労をさせ申と。云にお犬は立/上り「抑や爺様と逢そめ川ハ/手鼻かむさえ恥かしき些とんばかり/筑广川と。膝で背中をつくま川。/嬉しひ中ぢゃないか否と/戯れかかる其折しも/持病の癪に非ずしてお犬は俄に転倒れ。卒中風にて臥脳む/老気の至いたりの道行ハ。河原崎座の/浄瑠璃にいささか似て非な珍説なり

転々堂主人戯記

図243

東京日々新聞 第千四十七号

生活のため妻を外国人の雇女に出したが、雇人の別な男と通じたとして妻を殺害、自分もその場で割腹した。因果はめぐる蒸汽車(おかじょうき)、報いははやき新橋の……にはじまる七五語の文章の出だしは、口調よくリズムが耳に心地よい。

東京日々新聞 第千四十七号

因果は廻る蒸汽車。応報ハ/迅速新橋の憩車所にて女房を。/殺せし男ハ気の知れぬ、麻布谷町辺にすむ/吉五郎という者なるが。活計に迫りて妻おかねを/外国人の雇婢に出せしが。同寮洋客の雇夫/なる虎之介と密に通じて。ゐると/きくより憤怒に堪ず。斯る挙動に/及べども相手の姦夫を討そんじ。其/場をさらず吉五郎は割腹つて/死たりし。愚痴の惑いぞ怖るべきなり。

物の本の記者/転々堂戯録

東京日々新聞 第千四十七号
図244

東京日々新聞 第八百八十五号

東京日々新聞 第八百八十五号

爺さんの浮気をめぐる老婆同士のけんか。「昔々」から「いちがさかえた」まで昔話のきまり文句やおなじみの話題・登場人物を、織り交ぜつつすこしひねった戯作調である。これもまた読み手の耳にひびく面白さを意識した文体である。

東京日々新聞 第八百八十五号

きのうハけふの昔々、洗濯ならぬ仙台にちよつきやられた雀の子、飛でもない事/しでかした。爺イと婆アとあつたとサ。其また近所にひとり住む狸婆アこつそりと、/此爺さんへ狸汁、一ぱゐ喰せる居膳も、竟にハ耻を柿のたねと、知らぬ皺手を握り飯に、/損得なしを舌切雀、/夫からチヨツチヨツと御宿を/たづね、枯木に花を咲せたる。/灰ならねども本妻の、けんどん婆アの/目には入り、ならす歯がみのかちかち山、/背中の柴ほど胸をバ焦し、蕃椒味噌の辛らき/目に、あはさば夫でよい黍団子と、日本一の趣向を/考へお供につれる現在の娘も心ハ鬼が島、納戸の/岩屋へ忍び入り、起んとするをどっさりと、重い/葛篭が臼ほどな、尻をのせかけ動かせず、其間に爺イは何処へやら、かくれかさねた/夜着はねのけ、隠れ蓑の毛引むしり、児槌打出す宝物手に入りたりと笑栗の、/毬もの作りの木太刀をバ、洞の奥まで押/込でどうどう敵を仕とめたる、夫にて/いちがさかえたとハ、荳馬鹿馬鹿/しき噺ならずや。

霞亭乙湖述

図245

東京日々新聞 第千四十六号

文章は、能狂言を思わせる形式を借りている。舞台のうえの声を映し出しているというべきであろうか。固い文章に慣れぬ人々の想像力に訴える戯作者たちの工夫であった。

東京日々新聞 第千四十六号

なふなふ舟人こと問ん。是ハ目黒の辺に/住居する某が妻にて侍るが。此川渡し/て玉ひてよ。といふに舟人うち驚き賎し/からざる奥様のこの深更に彷徨ハ。情夫を寝/とりたる婦を呪へる時参か。葵の上と。清姫を二役/かねた御知勢。這ハ日高にあらざれバ舟ハ渡してまい/らせん。吟行たまふ/事故を語り玉へ/と、愚弄にぞ。「あら/恥かしや吾姿他見/にそれと照さ/るる野辺の蛍/の光る君。いと/し殿子に棄/られて。詮かた/夏の短夜も/寝られぬ FL1の広房なき/つつ明す時鳥その初声ハお/かしやと。泣か笑ふか生躰も/涙にむせぶ狂乱の女の所作は喜昇座に羽をのす鶴の/音羽屋が技芸 FL2しき/評判に大繁昌を/するもむべなり

東京日々新聞 第千四十六号
図246


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