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デジタルミュージアム——
「博物館の未来」または「見えない博物館」

坂村 健・東京大学


■テーマとコンセプト

デジタルミュージアムは、資料情報の整備・公開にコンピュータ技術を広く利用する博物館である。ここでいうデジタルミュージアムとは、当然のこととして単にその入れ物だけを指すのではなく、コンピュータハードウェア、ソフトウェア——さらには演出手法といったものまでを含めた、総体的なコンピュータ利用博物館のアーキタイプを指す。

CG画像 しかし、また一方、現在のコンピュータ技術の延長線で考えれば、モノを情報に還元しネットワーク経由で仮想展示し一切物理的展示室を持たない仮想博物館——バーチャルミュージアムというコンセプトもまた存在している。

デジタルミュージアムは当然その機能の一環として、その収蔵物の情報をデジタル化し、データベースに蓄え、多様な利用が可能なようにする。その中には、単なる名前や資料番号程度でない豊富な情報——例えば外観や組成などをもとに検索可能になることも含まれる。つまりは、デジタルミュージアムもまたバーチャルミュージアムの機能を包含するということである。

となれば、その差は実際の「モノ」の展示を行うかどうかという点にかかってくる。

実際の「モノ」の展示を活かすためのコンピュータ利用。そして、その「モノ」からなる——いわばリアルミュージアムと、情報化した収蔵物からなるバーチャルミュージアムという二つの空間をいかに統合するか。この二点が、デジタルミュージアムの最大のテーマである。

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さらに言えば、このデジタルミュージアムの持つテーマは、情報化の中での「リアル」の再発見ともいうべき根元的テーマの先鋭化でもある。この根元的テーマは、エレクトロニックコマースとデパートの関係や、さらにはバーチャルカンパニーでの実際に顔を合わせるミーティングの位置づけなど、今後多くの具体的シチュエーションで表出することになるであろう。

このテーマに対し、我々はコンピュータの分野で言うところの「アーキテクチャ」——コンピュータの基本構成——のモデルを、実際の「アーキテクチャ」に援用するという徹底的にコンセプチュアルなアプローチを取った。

実際のリアルな空間やモノをも、情報寄りのモデルで管理することにより、リアルミュージアムとバーチャルミュージアムをオーバーラップさせ、統合的な把握を可能にすることを狙ったのである。

■オブジェクト・オリエンテッド・パラダイム

デジタルミュージアムは情報的には5つの基本クラスから構成される。「モノ」、「ヒト」、「サーバー」、「カプセル」、「コミュニケータ」である。「サーバー」はデジタル化された収蔵物が蓄えられているデータベースであり、それらからなるバーチャルミュージアムの情報空間を提供する。「カプセル」はモノを包んで、情報の世界に取り込む。「コミュニケータ」はヒトを情報の世界に取り込む。 この5っの基本クラスをもとに、属性を付け加え展開することで、個々の応用に対応する具体的な子クラスを生成する。このような考え方は、コンピュータの世界で言うオブジェクト・オリエンテッドのパラダイムによった考え方である。情報的には、子クラスはその親クラスの属性をすべて継承する。

この場合、「モノ」がすべての親クラスであり、「ヒト」も含め、そこから他のクラスも生成される。また、コミュニケータの派生クラスがカプセルに組み込まれ利用されるという関係がある。

クラスによりあるオブジェクトの属性や振るまいが規定されれば、そのパラメータを決定して実際のインスタンスを生成できる。「人間」というクラスが規定されていれば「名前、年齢、性別、…」といったパラメータを決定して「個人」を生成できるといったイメージである。

物理空間でのこのインスタンス生成に当たるのが、「タグ」の付与である。コンピュータのセンサーがIDを読み取れるタグを添付することで、展示物や来館者、備品やスタッフといった「存在」が情報空間内にマップされ、把握できるようになる。

■子クラス

「モノ」の子クラスが「ヒト」、「サーバー」、「カプセル」、「コミュニケータ」、「展示物」、「備品」である。「ヒト」の子クラスには「来館者」、「(ネットワーク)閲覧者」、「スタッフ」がある。「コミュニケータ」には壁面埋込のものから、携帯応用のPDMA(Personalized Digital Museum Assistant)まで、用途により超小型モノクロや小型カラーなどさまざまな子クラスが考えられる。さらに、「サーバー」にも、用途や構成により子クラスが考えられるが、コンピュータ技術的なディテールになるのでここでは触れない。

特に建築的に重要なのはカプセルの子クラスであり、以下ではそれを中心に述べる。なお、コミュニケータの派生クラスがすべての「カプセル」子クラスで組み込まれて利用されている。

カプセルの派生クラスとしては、「博物館自体」、「展示カプセル」、「ライドカプセル」がある。

ここで、いかにも情報モデル的なのが、他のカプセルを含めすべてを内包する博物館自体もカプセルであるという考え方である。本デジタルミュージアムでは、コンセプトをより鮮明に表現するために後述するように単一フラットフロアとしているが、複数階あったり、複数の展示室から構成される場合は、「博物館カプセル」に「展示室カプセル」が内包されその中に「展示カプセル」が置かれるというネスト構成となる。

最近はフラクタル構造として言及されることも多いが、このような再帰的なネスト構成は、最小のプログラム(定義)で複雑なアルゴリズム(体系)を記述するために必要とされたもので、コンピュータの世界では一般的なモデルである。

■展示カプセル

展示カプセルCG画像
展示カプセルCG画像
展示カプセルCG画像

「展示カプセル」はコンピュータ化された展示ケースであり、この中には実際の収蔵物が展示される。カプセルには標準でコンピュータスクリーンが付き、固定的なパネルに代わりカプセルの中の展示物についての標準的な情報提示を行っている。さらに、このスクリーンはタッチパネルになっており、来館者の興味に従って、インタラクティブに展示物に関連する情報を引き出したり、さらにはサーバーに蓄えられたすべての情報にアクセスすることができ、展示されていない収蔵物も見ることができる。

このアクセスの方法には二通りある。意味的な面からハイパーリンクをたどるものと、いわゆる仮想空間の中をナビゲートすることで、目的の収蔵物を位置的にアクセスする方法である。前者はインターネットのWWWを利用して実現できる。後者については、そのためのMUD (Multi-User Dungeon) 技術を我々の研究室で開発した。MUDの枠組みにより、仮想空間の中で来館者はその分身を持つ。仮想空間中で分身をコントロールすることで、仮想空間中に置かれた「収納物」を取り扱い、また他の来館者の分身と対話したり、プレゼンテーションを行ったりできる。

MUDの空間は、デジタルミュージアム内の実際のカプセルの配置そのままの空間を基本にしているが、それに留まらず、展示されていない収蔵物を含め、すべての収蔵物にアクセスできるように仮想的にフロアを拡張したものとなる。バーチャルフロアにはバーチャルカプセルが並ぶ。仮想的なフロア拡張にはユークリッド幾何学の拘束がないので、互いに関係のある内容のバーチャルカプセルは何度もいろいろな場所に存在し、すべて「隣」にあるように配置するなど意味的な面からハイパーリンクを位置に写像することもできる。

リアルの展示カプセルは、またカメラを持ち、仮想空間中で接近したカプセルの実際の周囲の映像を仮想空間の中のスクリーンを通して見ることも可能となる。また、他のリアル展示カプセルのスクリーンを通して仮想空間に入ってきた来館者は、カメラを通した実際の映像の形で仮想空間中に投影される。インターネットを通して外部から仮想空間に入ってきた閲覧者については、抽象的な人影として仮想空間中に投影され、同じように音声で対話したりもできる。

いわば展示カプセルは、実際のモノを展示していると同時に、ハイパーリンクのノード——WWWの言葉で言えばホームページであり、また仮想空間への入口でもある。

■ライドカプセル

ライドは、展示カプセルと異なり「ヒト」を包み込むカプセルである。展示フロアを見下ろす空中軌道を走行する。展示カプセルと異なり内向きの入出力デバイスを持ち、来館者に合わせた解説画像や解説音声を視聴しながら、館内の主要展示物を見るツアーが可能である。展示フロア内の何ヶ所かにステーションがあり、乗り降り自由である。また、コンピュータによる柔軟な運行制御とショートカット軌道により、規定ルートを離れて館内で目的の場所に行くためのミニ交通手段としても利用できる。

時間がないときはライドによるツアーだけとか、ツアーで概観を把握して展示物をチェックし、降りてからPDMAにガイドされてチェックした展示物を最適経路でたどるなど、様々な利用が可能である。また、目的地としてバーチャルフロアを指定すれば、自動的に通常軌道から外されて全面スクリーンを持った小部屋に誘導され、そのまま仮想空間内のライドとして利用できるようになる。

また、情報モデルから発想すれば、ライドカプセルと展示カプセルは可換であり、逆に展示物を載せたライドカプセルが座っている来館者の中を移動するというモデルも可能である。自動倉庫と組み合わせ、来館者のオンデマンドで展示物を持ってくるような博物館構成が考えられる。また、このライド軌道は展示の模様変えのために展示物の輸送用の自動搬送車に使うことも可能である。

このデザインでは、コンセプトを明確化するためフラットフロア構成を取ったが、ライドは水平移動だけでなく、そのまま螺旋状に垂直移動するのにも使えるので、狭い敷地の高層博物館にも有効である。

■最外周カプセルとしての建築

情報モデルで考えれば、博物館の躯体自体も単に他のカプセルやヒトや巨大展示物を内包する、最外周のカプセルにすぎない。このような考えから、自動的に博物館の躯体自体についての、各部へのコミュニケータの組み込み、コンピュータ制御の照明や空調、免振機構、来館者感知用やセキュリティ用の各種センサーなども組み込みといったことが自然に導かれる。

また基本クラスであるカプセルの属性の一つであるネットワークへの接続は、博物館自体について言えば、グローバルネットワーク——具体的に言えばインターネットへの接続となる。将来的に、博物館用の標準データフォーマットで収蔵物を情報化した全世界の博物館がネットワーク接続され、自由に高速のデータ交換が可能になるであろう。そうなれば、他の博物館の展示フロアにも仮想空間を通して空間を接続することが可能となる。フロアに置かれた展示カプセルが接続されて博物館を成すように、全世界に置かれた博物館が接続されたメタ博物館が実現するのである。

■見えない博物館

建築をただの最外周カプセルとしてとらえる考え方をつきつめると、例えば「街博物館」というアイデアも生まれる。つまり、名所旧跡の多い街そのものが博物館のようなところなら、街の中に耐候性の展示カプセルを散在させ、サーバーセンターにネットワーク接続し、それらをPDMAを持った観光客が巡って歩くというような「博物館」が考えられる。ライドの代わりは、コミュニケータを組み込んだ、マイクロバスや自動車が果す。そこでは、収蔵物が入れられている展示カプセルもあれば、名刹の脇で完全な情報キオスクターミナルとなっているものもあるだろう。このように考えると、建築はカプセルの一子クラスであり、情報的に考えた「博物館」にとって絶対に必要なものではないということがわかる。

先の建築のネットワーク「接続」による「世界博物館」も、建築の「解体」による「街博物館」も、ともにその実体は、実世界を写像するために実世界の中に網の目のように分散し、そして希釈化する。決してバーチャルではない。空気のように、どこにでも存在し、全てに染み込んでいる。しかし、見えないなにか——究極の「見えない博物館」につながる。世界に有るモノが置いてあるその場所のままで、情報世界とのインタフェースとなり、そこから無限の付随情報が湧いてくるような世界——現在の情報化の流れの究極もそこにあり、その時にこそ博物館は必要なくなる。

なぜならば、その時世界はそのまま「見えない博物館」になるのである。

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デジタルミュージアムの建築的要素

展示物についてのほとんどの情報がネットワーク経由で入手できる状況を自ら作りながら、なおかつ物理的にわざわざ足を運んでもらえるために、デジタルミュージアムが提供できるものはなんだろう。デジタルミュージアムの建築を考えるとき、そこを出発点とした。

いわゆる本物だけが与えられる感動もあるだろうし、手で触れるとかいった体感的なものもあるだろう。しかし、そのときに建築が提供できるものは何だろうか。逆接的な「街博物館」にはなく、巨大カプセルとしての博物館建築だけが提供できるもの。——それはまさにその空間しかない。

多くの博物館を見た中でもっとも「この場に来て良かった」という感動を受けたのは、ロンドンの自然史博物館の生物のサイズ比較の展示である。ナガスクジラの実物大模型を中心に、各種のクジラの骨格標本が天井から吊るされ、床には象など陸上生物の剥製などがある。中心になるナガスクジラが模型であることからわかるように、ここで与えられた感動は、「本物だけが与えられる感動」でもなければ触感でもない。ただ「大きいなあ…」という、もっとも原始的とも言える感動である。 そのような感動は、音の反響や空気の流れなど多くの体感と視覚が合成されたモノであり、ヘッドマウントディスプレイを使ったバーチャルリアリティ技術では、再現に限界がある何かであると信じている。いわば「本物の空間だけが与えられる感動」なのである。

このような空間の大きさのみで非日常の感動を与えるというプリミティブさと、展示カプセルの中にすべてがあるという情報モデルを明確に表現するため、デジタルミュージアムは巨大なフラットフロアにカバーをかけただけの純粋の空間提供装置という基本コンセプトでデザインされた。

しかし、建築的には展示フロア以外に、収蔵庫、アクセス路、スタジオ、サーバールーム、ライドと余りカプセルの格納庫、管理室、研究室、オフィスなどが博物館の機能を支えるために必要である。また、ミュージアムショップ、カフェテリアなども来館者のために設けられる。

地上階はすべてフラットな展示フロアであるが、細分化されていないフラットな大空間であるので、特別展示などのために必要な場合は、その中にトラスを組むなどしてカプセルを生成し「ミュージアム in ミュージアム」を設営することも可能である。

その他の施設はすべて地下に置かれる。収蔵庫は展示されていない資料の保存場所であり、やはりカプセルである。このカプセルは情報モデルのサーバーに対応するともいえる。熱源等の機械室はB2層に配置する。

ドーム見取り図CG画像 またライドと余り展示カプセルの格納庫も地下にありここで修理も行う。地下のライド格納庫からは、地上階のライド用の引き込み線へのリフトを設け、必要に応じて運行するライドの数を自動調整できるようにする。

中央アクセス路は大物展示物、コワレモノ、展示カプセルの移動用であり、安全な展示については、カプセルごと移動して展示更新も可能である。中央アクセス路は全体の中心軸の下にあり、4ヶ所程度の展示フロアへのエレベータリフトにより、展示フロアとやりとりする。博物館では改装中も、立入禁止を最小限にとどめ、できる限り来館者に対応するという使命があり、他のエリアの来館者の動線を妨げない搬入経路の確立を、この中央アクセス路と先のライド軌道により行う。

スタジオは収蔵物のデジタル化や補修、レプリカ作りを行うエリアであり、各種のコンピュータ機器が置かれ、サーバールームも含んでいる。

管理室、研究室、オフィスは地下だが、執務環境であることを考え、外周に配置し、地面を掘り込んで自然光を取り入れている。

ミュージアムショップ、カフェテリアは来館者の動線を考え、メインのアプローチの地下に置いた。また、やはり採光のために掘り込んでおり、メインのアプローチ路の下をくぐって連結されている。特にカフェテリア側からは露天へそのまま出ることが可能で、オープンカフェも可能である。タグは安価であり来館シールとして使い捨て可能なので、それを使って来館者の入出館を管理し要所の自動ゲートと組み合わせることで、館内を見たあとオープンカフェからそのまま帰っても、オープンカフェから再入館可能にすることも可能にできる。

具体的なデザインコンセプトとしては、「豆の種」をイメージした。巨大恐竜の全身骨格や、サターンロケットのブースターの様な巨大展示物のために博物館には、いくつかの大空間が必要であるが、それを豆の膨らみ部分で取っている。このような巨大展示物に対しては、博物館自体が展示カプセルとして働く。また、この「豆の種」のイメージは、水盤に映った鏡像世界のまさにバーチャルな建築物のラインで補完されることにより、完全なものとなる。さらに、情報世界の目で見れば、この豆を中心に、ネットワークというツルが世界に広がっているイメージとも重なるのである。

デジタルミュージアムの技術要素

■照明

デジタルミュージアムの照明は、光による資料の損傷を最低限にすること、および展示のダイナミックな演出とという二つの特長を持つ。展示スペースで自然光を採用する場所においては、光路上で、紫外線成分や赤外線成分を除去し損傷係数を低く抑え、かつセンサーにより照度を人工照明とのバランスを考慮しながらコントロールする。これにより損傷係数と照度の積で表される光による損傷を一定範囲内にするように制御する。また、とくに耐光性の低い貴重な資料については、来館者が展示の前に来たことをセンスして照明を行う。

一方、照明は展示の演出をダイナミックにすることが可能である。従来の博物館のイメージはともすると物が置いてあるだけという静的なものであったが、アミューズメントパークや舞台演出をもっと取り入れるべきである。展示物によっては動く光や明るさや色の変化する光が印象を高めるものになる。映像メディアと展示を並行して行う場合は、シーケンスを照明により示すことができる。また立体物においては平面的な照明ではなく、立体感の出る照明を行うことにより美しさをさらに強調する。

■空調

博物館における空調は、来館者にとって快適である以上に資料にとって快適な環境を保つ必要がある。特に注目しなければいけないのは相対湿度と防塵である。デジタルミュージアムの提案するカプセル展示ケースは内蔵のプロセッサによりコントロールされた、理想的な環境を実現することができる。一般的な展示スペースにおける展示ケースは各所に配置した温湿度センサーのデータをもとに温度湿度をコントロールする。またスポット照明は部分的温度上昇をまねきこれにより部分的に湿度を変化させ、ひび割れなどの原因となるため、照明を時間的に動かしたり、ゆるやかな空気流動をさせることにより、均一化をはかる。部分的温度上昇のチェックを行うには放射温度センサーを設置して部分温度上昇を測定し、このデータをもとに照明の点滅や照明位置を動かすパターンを生成する。

展示ケース壁面が閉館後に温度下降し結露をし部分的に湿度をあげてカビの原因になる場合があるので、断熱対策や壁面を含めた温度管理も必要となる。 また、湿度コントロールされていても乾燥状態で生育するカビの種類もあり、これを防ぐにはカビの培地となる塵埃の堆積を避ける空気清浄空調が必要である。また、特に都会の博物館の場合、車の排気による油煙が資料を汚したり、酸性空気が資料の劣化を進行させる場合があるので、展示室自体も外気と十分遮断を行い、空調にはエアフィルター等で清浄化を行う。清浄度は各種ガスセンサーや光センサーによりモニタして、フィルター交換指示を出したり、異常警告を出す。

■PDMA(Personalized Digital Museum Assistant)

ミュージアム内部CG画像 PDMAはデジタルミュージーアムの展示の解説を行う小型の電子携帯機器である。デジタルミュージアムの展示物には電子タグが取り付けられ、PDMAは電子タグを読取り、利用者が展示物にPDMAを向けることにより自動的にその展示物についての解説をPDMAの画面上および、音声により行う。

来館者は携帯するPDMAを通してサーバー内の情報にアクセスできるし、逆にサーバーから来館者に情報を送ることもできる。来館者の位置を把握することで、PDMAは通常の状態では館内案内図の中での現在位置を表示し、近辺の展示物に対する案内を表示している。特定の収蔵物を探す場合は、それが展示されている展示カプセルまでの経路が表示され、展示されていない場合は近くの使われていないカプセルのスクリーンからバーチャルフロアに導く。PDMAは館内コミュニケータであり、来館者だけでなく、博物館スタッフにも利用される。

博物館や美術館に行かなくなった理由の中で一位を占めるものが近くにないという問題であり、二位が適当な解説が得られないというものである。デジタルミュージアムはこの二つを解決する方法論を与えているが、後者はPDMAにより実現される。

PDMAは来館者の属性、すなわち言語、年齢、興味のレベルなどを想定して多数の解説や関連資料が用意されている。利用者は自分の属性をPDMAに最初にセットすることにより、自分にあった解説を得ることができる。さらに詳しい解説や関連資料なども無線LANよりミュージアムデータベースから自由に引き出すことができる。障害者支援の面からもPDMAを使うことにより、目が不自由でも大きな文字で解説を表示したり、音声で解説を受けることができる。親子で見る場合は、親のPDMAには子供に説明してあげられるヒントを表示して、親子のコミュニケーションの増進を図るような演出も可能である。また、PDMAに登録された属性情報を展示物側のセンサーが読み取り、展示用ディスプレイ上の表示を変化させるということも行なわれる。

さらに、興味のあるデータはPDMA上で持ち帰り指定をして、帰りにリムーバブルメディアで持ち帰ったり、電子メールで自分宛に送信することができる。解説だけでわからなかったことは、質問を電子メールで出しておけば、後から回答を専門家から得ることも可能である。

■タグ

タグは安価に提供できるコイン程度の大きさの安価な電子回路フィルムで、電源は必要なく、専用のセンサーを使うことで、非接触でタグに書き込まれたIDを読み取ることができるものを想定している。このようなものは各種の方式が提案されている。

リアルとバーチャルの二つの空間の効果的な統合のためには、モノや人の位置を情報システムが把握していることが必要である。デジタルミュージアムでは収蔵物の全てだけでなく、来館者にもタグを渡しつけてもらう。またカプセルとPDMAをはじめとする館内備品にもタグがつけられる。

カプセルとPDMAにはタグ読み取りのセンサーが設置され、カプセルが近くの来館者のタグを読み取って適切な展示シーケンスを開始したり、PDMAが展示物のタグを読み取って解説を表示したりする。特に大きな展示物では、PDMAを向けた位置により、その部位についての細かい解説を行ったりもできる。また、主要な出入口にセンサーが設置され、タグの出入りを管理する。

タグを利用して、ある収蔵物や備品が館内の中のどこにあるかを自動認識するシステムも可能である。移動や展示のたびにタグをチェックしておけば、ある収蔵物がどこにあるかとか、最後に展示されたのはいつかといった、その収蔵物の過去を徹底的に記録し追跡することが可能になる。

■展示カプセル

標準でタッチパネル式のコンピュータが付き、電源とネットワークが接続される。また、PDMAとのローカルな光通信機能も持つ。このプラットホームに対し、収容する展示物によって様々なオプションが追加させる。一般には、展示物保護のためアクリルケースで覆うが、触感用のレプリカなどではカバーはつけない。他に、コンピュータ制御の照明や空調、免振機構、来館者感知用やセキュリティ用の各種センサーなども組み込み可能とする。また、展示物の大きさにより、さまざまな大きさに対応できるプラットホームとする。

昨今の展示はインタラクティブ展示が主流となっており、従来の只モノが収容できればいいといった展示ケースでは対応できない。従来の展示ケースにインタラクティブ展示用の機器を入れようとすると、コード仕舞等の様々な点で見苦しいことになる。

また、専門の業者に依頼してインタラクティブ展示を設置したが、固定的な展示しか行えなくなり、システムの更新は業者による長期の作業が必要で、以前のような博物館のスタンスでの展示更新が行えなくなったという問題もある。結果的に学術研究の成果を反映できず、大改装の機械まで展示内容が古いまま長く放置されるということも起こっている。

展示カプセルは、インタラクティブ展示のための基本プラットホームと関連ソフトウェアをパッケージにした博物館システムを提供することで、必ずしもコンピュータの専門家のいない現場でも、インタラクティブ展示の更新等のメンテナンスが容易に行えるようにする、というコンセプトである。

■セキュリティ

セキュリティに関しては、一つは盗難や破損に対する対策である。これには基本的には現在行なわれている電子警備と監視者による警備に拠るが、デジタルミュージアムでは来館者に貸与されるPDMAあるいは電子トークンが渡される。これらは、来館者を登録することで、各自に合わせた表示を行ったり、資料の後日配布などのきめ細かいサービスを行うためのものである。しかし、同時にこれらを利用することで、博物館の各所のセンサーでチェックが行なわれ、残留者などがいないかの監視を行うことができる。また、これらを携帯しないでチェックゲートを通過すると警報が監視者に通知される。

デジタルミュージアムではオープンなミュージアムを目指しているが、貴重な資料の場合、だれもが手に触れられるようにするわけにはいかない。それを補う意味でデジタル化されたインタラクティブ・コンテンツやデジタル技術で作ったレプリカを展示し、能動的なインタラクションを持ってもらう。これにより、貴重な資料に対する直接アクセスを減らし、それらを守ることとオープン性を両立させる。

セキュリティの第二は火災である。一般的な火災センサー以外に空調用のセンサーの情報によりセンシングを強化している。また、PDMAあるいは電子トークンにより在館者が確認され、PDMAや展示用のディスプレイは避難誘導の画面になる。

第三は地震対策である。建物自体が免震構造をとるだけでなく、特に対策の必要な展示物については、展示物の特性に従い、水平加速について床と構造的に分離した免振機構や、加速度センサーおよび光学センサーを備えたファジー制御によるアクティブ制震機能を展示カプセルに組み込む。

■ミュージアムサーバ

ミュージアムサーバは、デジタルミュージアムに収蔵してある資料に関するマルチメディア・オブジェクト・オリエンテッド・リレーショナル・データベースであるミュージアムデータベースを根幹に持ち、展示公開用に整備したサーバである。デジタルミュージアムで公開展示するときの解説や展示用ディスプレイはミュージアムサーバのデータを利用しており、ミュージアムサーバ→展示カプセル→PDMAという情報ヒエラルキーの土台である。これは過去の展示やそれ以外の収蔵品に関するデータも保持しており、展示カプセルやPDMAを入口として、それらミュージアムサーバの中にデジタル・アーカイブされた、知識へのアクセスを可能にする。また、ミュージアムサーバはインターネット経由で外部からも利用可能となっており、博物館利用に対する場所と時間のバリアを超えるアプローチとなっている。

ミュージアムサーバに格納されているデータは、東京大学総合博物館が提唱するミュージアムデータ形式(Museum TAD)によるものである。これはインターネットと親和性をもつが、現在規格があまり定まっていないような種類のデータ(例えば3次元構造や化学組成)や情報同士の関連を表現できるように拡張しているものである。特に文字コードについては現状のJISやUNICODEの規格では、博物館資料をまったく扱うことができない程文字が不足しているので、TRONプロジェクトで進めているTRON多国語言語環境を整備して適用している。ミュージアムデータ形式はデジタルコンテンツのスタンダードとして全国の博物館美術館が注目しているデータ形式で、これは博物館、美術館のインフラストラクチャとして重要な意味を持っている。

ミュージアムLAN

■LAN

デジタルミュージアムの中に敷設された、LANはデジタルミュージアムのデジタルデータを流通させる根幹である。ミュージアムサーバからは特に動画や大量データを必要とする展示用に光ファイバーによるATM LANが用いられ、他はカテゴリ5のケーブルによる情報コンセントが配備される。必要なバンド幅に応じてATM、100base、10baseが利用できる。またPDMA用にはスペクトル拡散方式による無線LANが館内で利用できる。

■μITRONbus

μITRONbusは制御用のリアルタイムバスである。上記のLANはデジタルコンテンツを流通させるためのバスであるのに対して、μITRONbusはデジタルミュージアムの建物内の機器制御を行うためのバスである。情報用のLANはバンド幅を上げたとしてもリアルタイム性能を保証していない。従って制御用には向かない。μITRONbusはリアルタイム性能を保証し、館内のセンサーやアクチュエイター、コントローラを相互に結んでいる。照明や空調、利用者がきたかどうか、警報などはμITRONbusを経由してリアルタイムに通信される。μITRONbusはインタフェースが比較的単純なため、センサーや簡単なアクチュエイターにも組込むことができる。


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