本学科は、幾度かの学科名変更の歴史を経ているものの創立以来一貫して、 鉱山開発・運営に関わる分野を教育・研究課題の一つとしてきている。 この分野は、具体的には地球上に存在する鉱物 (金属・非金属・エネルギー) 資源の探査、評価、開発、選鉱などの研究を指す。 この種の学問の特質は地球素材、特に鉱石や岩石、鉱物を研究対象として、 それらを微視的〜巨視的観点から種々の方法で検討し、 学問体系を構築することにある。 それ故、この分野に携わる研究者にとっては、 鉱石、岩石、鉱物は欠くことのできない重要な研究試料である。 特に貴重な研究試料のあるものは標本として保存され、しばしば、 その後の研究に活用され保存標本としての威力を大いに発揮する。 そればかりではなく、標本それ自体が所有する地球的、 歴史的意義や芸術性のために展示品として活用され、 人の目を楽しませてくれたりすもる。 これらの標本は、一般に人工的には再生不可能な物質であり、 利用、消費され尽くすと地球上から消滅してしまうか、 少なくとも原形を保った状態では存続不可能である。 また、二度と採取不可能な標本もある。 例えば、現在閉鎖されて、試料の採取が不可能な鉱山の例もある。 このような意味においても、標本を良好な状態で保存しておくことは、 我々のような研究分野の人間にとっては極めて重要なことである。
整理された標本の一部は、
ごとに分類され、陳列・収納ケースに収蔵されている。 陳列にあたっては、鉱石ばかりではなく、 母岩や関係火成岩などの標本も考慮されており、 広く地質現象を把握することにより鉱床の生成機構が理解出来るように 配慮されている。
付表に 各鉱床型の代表的な標本の産出地名 (鉱山名) を鉱種 (鉱物種) とともに示す。 正マグマ成鉱床は我が国には少ないこともあり、 この型の本邦産鉱石標本は比較的少ないが、 その中で兵庫県夏梅鉱山産ニッケル鉱石は我が国を代表するものである。 一方、海外、特にカナダやアフリカなどにはニッケル、白金、クロム、 ダイアモンドなどを産するこの型の鉱床が多数存在する。 アフリカ、ボツアナのキンバライト (ダイアモンドの源岩) などを所蔵する。 希土類元素、ニオブ資源の供給源として重要なカーボナタイト成鉱床の産状は 我が国においてはいまのところ報告が無い。 カナダやアフリカ産のニオブまたは希土類元素を含む鉱石標本を 所蔵しているに過ぎない。 国内に産状が認められないもう一つの鉱床例として、斑岩型鉱床がある。 このタイプの鉱床は銅やモリブデン、金を産出し、 特に銅の産出量に関しては世界の大半を占めることで知られている。 環太平洋地域の沿岸 (島弧も含む) 沿いなどに産することでも有名であるが 何故か日本列島には分布しない。 アメリカ、カナダの西海岸沿いやフィリピン、マレーシアの鉱床産の標本を 多量所蔵する。 一方、浅熱水成銅・鉛・亜鉛や金・銀鉱床、黒鉱型鉱床は我が国においては 極めて豊富であり、所蔵する本邦産鉱石標本のほぼ80%は これらのタイプの鉱床から産出されたものである。 現在、これらの標本を産出した鉱床のほとんどは閉鎖されており、 稼鉱中の鉱山はほとんど無い。
鹿児島県菱刈鉱山は現在活動中の鉱山のなかで我が国を代表する鉱床であり、 金品位が高い (上の画像 : 研磨鉱石写真) ということと 金埋蔵量が多いということで世界的にも有名である。 また、銅、鉛・亜鉛、タングステンを産出するスカルン型鉱床、 銅を産するキースラーガー鉱床、銅、錫、タングステン、 銀を産するゼノサーマル鉱脈型鉱床なども本邦ではよく知られており、 これらの鉱床から産する鉱石や母岩の標本も比較的多量所蔵されている。
詳細は、デジタルミュージアム
「動く大地とその生物」の
「鹿児島県菱刈鉱山産金鉱石」
の項を参照して下さい。
また、本部門は特に大きな標本として、
を所蔵する。 市ノ川鉱山からは1910年代に長さ60cmを超える大型の結晶が多量産出し、 かなりの量が標本として世界各地に輸出された。 現在、世界の大学や博物館に所蔵されている 輝安鉱の結晶のほとんどは このとき市ノ川鉱山から産出したものとされている。 本部門に所蔵されている輝安鉱もその当時のものであり、 短柱状、長柱状、放射状など多様な形態の結晶より成り、 1m以上の長さの結晶も数本ある。 別子鉱山の銅鉱石は直方体型に成型されており、 重さが1トン以上もある。 大きな標本のため鉱石組織を実際の路頭と同じ規模で観察出来る。 巨大標本が果たす学問、教育的役割は甚大なものである。 鉱山の宿命ではあるが、鉱山が次々に閉鎖されていく現状を考えると、 今後の学問・教育の維持、発展ためにこのような大きな標本を所蔵することは 極めて有益なことである。
別子鉱山の銅鉱石についての詳細は、
「動く大地とその生物」の
「別子銅山の鉱石」の項を参照して下さい。
鉱床生成型 | 標本の産出地 | |
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国内 | 国外 | |
正マグマ成 |
兵庫県夏梅鉱山 (ニッケル) 鳥取県高瀬鉱山 (クロム) 島根県広瀬鉱山 (クロム) 北海道富本鉱山 (自然銅) |
アフリカボツワナ (ダイアモンド) |
カーボナタイト成 |
アフリカパラボラ鉱山 (ニオブ) カナダオカ鉱山 (希土類、ニオブ) |
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ペグマタイト成 |
山梨県乙女鉱山 (石英) 福島県石川町 (正長石、ざくろ石、紅柱石) 岐阜県苗木 (錫石、黄玉) 滋賀県田の上 (錫石) 福島県白岩鉱山 (石英) 山梨県黒平 (石英、長石、電気石) |
ブラジル (天河石) マレーシア (錫、電気石) |
スカルン型 |
岩手県釜石鉱山 (銅、鉄、ざくろ石、単斜輝石) 岩手県赤金鉱山 (銅、斧石) 福島県八茎鉱山 (タングステン、銅、ヘデン輝石) 岐阜県神岡鉱山 (鉛・亜鉛、モリブデン、 ヘデン輝石、含炭素石灰岩) 島根県都茂鉱山 (マラヤ石、灰重石) 山口県玖河鉱山 (マラヤ石、灰重石) 埼玉県秩父鉱山 (鉛・亜鉛) |
中国南嶺山脈地域 (錫、タングステン、 ベリリウム、蛍石) |
浅熱水成鉱脈型 (銅・鉛・亜鉛) |
秋田県尾去沢鉱山 (銅、鉛・亜鉛、金・銀) 秋田県阿仁鉱山 (銅、鉛・亜鉛) 長崎県対馬鉱山 (鉛・亜鉛、銅、貝岩、石英斑岩) 北海道余市鉱山 (銅、鉛・亜鉛) |
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浅熱水成鉱脈型 (金・銀) |
北海道千歳鉱山 (金・銀、石英) 北海道豊羽鉱山 (銀) 北海道轟鉱山 (金・銀) 北海道鴻之舞鉱山 (金) 山形県八谷鉱山 (金、菱マンガン鉱) 静岡県土肥鉱山 (金) 静岡県清越鉱山 (金) 兵庫県大泊鉱山 (金) 兵庫県大身谷鉱山 (銀) 鹿児島県串木野鉱山 (金) 鹿児島県菱刈鉱山 (金) 鹿児島県春日鉱山 (石英) 鹿児島県赤石鉱山 (石英) |
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ゼノサーマル鉱脈型 |
栃木県足尾鉱山 (銅、錫、タングステン) 京都府鐘打鉱山 (錫、銅) 兵庫県明延鉱山 (銅、タングステン) 兵庫県生野鉱山 (銅、錫、タングステン、ビスマス) 兵庫県多田鉱山 (銅、錫) |
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黒鉱型 |
秋田県花岡鉱山 (鉛・亜鉛) 秋田県小坂鉱山 (鉛・亜鉛クロコウ、 銅 : オウコウ、石英 : ケイコウ) 秋田県松峯鉱山 (鉛・亜鉛) 島根県岩見鉱山 (鉛・亜鉛、銀) |
オーストラリア ブロークンヒル鉱床区 (鉛・亜鉛、銀、銅) |
斑岩型 |
アメリカ ユタ州 ビンガム鉱山 (銅) アメリカ コロラド州 クライマックス鉱山 (モリブデン) フィリピン各地 : バギオ・バコロド・セブ・ダバオ (銅、石膏、花崗岩、堆積岩) マレーシア サバ州 マムート鉱山 (銅) |
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堆積成 |
福岡県三池鉱山 (れき青炭) 山形県板谷鉱山 (沸石) 島根県玉造 (斜プチロル沸石) 鹿児島県種子島 (砂鉄) 岡山県人形峠 (ウラン) 岐阜県土岐市 (ウラン) |
中国チベットラサ (燐) 中国撫須炭田 (含油頁岩、れき青炭) 中国四川省 (岩塩) ニューカレドニア (ニッケル) アフリカザイール (銅) ブラジルイタビラ (鉄) |
変成 / 熱水変質 |
岐阜県天生鉱山 (グラファイト) 兵庫県栃原鉱山 (明礬石) 広島県勝光山鉱山 (ダイアスポア、綱玉) 静岡県宇久須鉱山 (石英) |
中国山東省 (滑石) |
陳列されている輝安鉱 (stibnite, Sb2S3)の結晶は 世界に誇り得る標本である。 世界で最も大きく、最も多量の結晶がここに展示されている。 産地は、愛媛県西条市市ノ川鉱山である。 市ノ川鉱山は輝安鉱の美しい結晶を産したことで世界的に有名である。 この鉱床の発見は古く1630年にまでさかのぼる。 その後開発、 休止を繰り返し1966年度の探鉱坑道の開発を最後に休山の状態にある. 鉱山の最盛期は1882〜1886年と1914〜1918年であり、 それぞれの時期に輝安鉱の美結晶を多量産出した。 展示されている標本のほとんどは1880年代に採取された結晶であり、 鉱物標本として世界中に輸出されたのは 主として1910年代に採取された結晶である。現在、 世界の博物館や大学で所蔵する輝安鉱のほとんどは市ノ川鉱山産である。
輝安鉱の自形結晶はY軸方向に延びた短柱状または長柱状で、 柱面に条線が発達している。 普通の産状は展示品に示されているように、 放射状や粒状の結晶集合、柱状、短柱状の塊である。 また、輝安鉱を主とするアンチモンの鉱床は、 一般的には低温熱水成石英 − 輝安鉱 − (蛍石) 鉱脈型である。
市ノ川鉱山は四国脊梁山脈地域に分布し、 付近の地質は三波川変成岩により構成される。 鉱床は鉱脈型鉱床であり、石英を主要脈石鉱物とする。 鉱床の母岩は三波川変成岩に属する黒色 (石墨) 片岩であり、 鉱脈は脈幅数10cm〜1m程度で、 輝安鉱の結晶はこの脈 (石英脈) の延長方向にほぼ平行に成長していた。 ところで展示されている輝安鉱結晶は基盤にほぼ垂直に配列している。 結晶の土台となっている基盤の水平方向を石英脈の延長方向とすると、 標本の配列は天然の産状を表してはいない。 芸術的志向をこらして作為的に調整されたものであろう。 なお、市ノ川鉱山の輝安鉱についてさらに詳細な知識を必要とする場合は、 以下の文献にあたること。
参考文献
木内 石亭 (1773)
『雲根志』岩崎 重三 (1898)
「市ノ川安質母尼鉱山および其輝安鉱」 『地質誌』 5巻, 577〜587日本鉱業会
「市ノ川鉱山」 『日本鉱床総覧』 下巻, 707〜709
詳細は、デジタルミュージアム
「動く大地とその生物」の
「輝安鉱」
の項を参照して下さい。
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