東京大学総合研究博物館

シリアの先史時代遺跡、テル・コサック・シャマリ

テルの写真
-46 Kbyte JPEG image-

中近東には独特な形態をした遺跡がある。それは、アラビア語でテル(tell) と呼ばれる人工の丘である。この地域の住居は一般に日乾煉瓦や泥壁でできて いるが、それが廃屋となったり建て替えのために壊されたりした際には、建材 が崩れ落ちて泥が堆積する。次の住人は、そこを整地して、また泥で建物を建 てる。それが長期にわたって繰り替えされると、古墳のような丘ができる。そ れをテルというのである。要するに、テルとは人々が同じ場所に住み続けた結 果できた人工の丘なのである。現在も人が住んでいることも少なくない。数千 年間にわたって住まわれたテルには、面積が数十ヘクタール、高さが40〜50m に達するものもある。人々が同じところに繰り返し住んだ大きな理由の一つは、 水場の確保であろう。中近東のような乾燥地では水の得られるところが限られ ているから、同じ水源が長期にわたって利用されるのである。また、テル居住 には洪水をさけうるという利点もある。農耕に適した平野部は、雨季に洪水に さらされることがしばしばあるからである。

さて、総合研究博物館考古美術部門では、1994年から毎年、シリアのコサッ ク・シャマリというテル型遺跡の発掘調査を継続している(代表:松谷敏雄部 門主任・本学東洋文化研究所教授)。遺跡はユーフラテス川の左岸、シリア・ トルコ国境の南約40kmの地にある。現在、ユーフラテス川にはダムが建設中で あり、この遺跡は数年内に水没する予定になっている。したがって、本館の発 掘調査は学術的であると同時に、古文化財救済事業の一翼をになうという意味 も持ち合わせているのである。

テル・コサック・シャマリは直径が約80m、高さ9m前後の比較的小さなテル であるが、発掘の結果、ここには紀元前5500年くらいから3000年くらいまで 人々が住み着いていたことがわかった。メソポタミアに最古の都市文明が生ま れる直前の時代であり、原始的な農耕村落、農耕社会がいかに変容していった かを調べる格好の遺跡である。建物の保存状態は良好で、日乾煉瓦作りの部屋 1が何層にも重なって見つかった。なかでも興味深いのは、ウバイド期(前4500 〜3500年頃)の土器工房が層をなして発見されたことである。出土した大量の 土器片、石器、骨器、図面・写真等調査記録の整理は、本館考古美術部門です すめられている。土器工芸という技術やその商業性、職人の社会的位置などが 古代文明出現前夜にどう変化したかを調べるべく、詳細な研究が進行中である。

(本館専任助教授 西秋良宏)


戻る