[The University Museum]

電脳博物館−博物館の未来

坂村 健
(総合研究博物館 デジタルミュージアムゼネラルプロデューサー)

「資料館」から「博物館」へ、
そして「デジタルミュージアム」へ

東京大学が所蔵する600万点にも及ぶ豊富なコンテンツを積極的に「公開」し、 利用範囲を広げるため「総合研究資料館」が改組され、 「東京大学総合研究博物館」が設立されることになった。 今までに例のない研究主体の「ユニバーシティミュージアム」である。 大学博物館に多い特定コレクションの陳列施設ではなく、 学部や研究所に付属した特定分野の専門博物館でもない。 その名の通り東京大学全学の資料を背景に、 総合的にそれらの資料情報の整備・公開方法を研究する施設である。

[総合研究博物館新館1階展示場内部の画像]
総合研究博物館新館1階展示場内部

その「東京大学総合研究博物館」の目的実現のため、 コンピュータ技術を広く利用する「デジタルミュージアム」 を構築することとなった。 「デジタルミュージアム」とは、 その実現のためのコンピュータハードウェアや、 ソフトウェアだけを指すのではなく、 これから開発する新しい技術から演出手法といったものまでを含めた、 総体的な博物館応用のための技術体系を指す。

マルチメディアやインターネットといったコンピュータ技術の普及により、 コンテンツの重要性が急激にクローズアップされている。 その意味では、明治10年の創設以来蓄積されてきた膨大な学術資料を保有する 東京大学は、まさにコンテンツの宝庫であるといえる。 そのコンテンツをデジタルミュージアムに「収蔵」することにより、 博物館の持つ資料の保存・整理・公開の機能に新しい地平を開くことを、 我々は目指している。

デジタルミュージアムのコンセプト

デジタルミュージアムを構築するにあたり、 「知の解放」 —— 「オープンミュージアム」を その基本コンセプトとすることとした。 次に述べる三つのオープン性こそ、 従来から博物館に求められていたものであると同時に、 多くの問題から十分な実現のできなかった課題であり、 このバリアを新しいコンピュータ技術の導入によりクリアすることに、 大きな意義を認めたからである。

[デジタルミュージアム専用PDAの画像]
デジタルミュージアム専用PDA

収納物がオープン

まず従来のガラスケースの中に閉じ込められた展示物を解放したい。

一般の人にとっても、 より一層の理解のために展示物に触ってみたいという要求はある。 壷などの立体物なら、手で触って形を確かめたいし、 古書なども自由に取り出して、自分のペースでめくって見たい。 古代の楽器や梵鐘なら、鳴らしてみたい。 研究者なら、資料のさまざまな部位を測るなど、 やはりガラス越しに見るだけでは不可能な、 様々な資料へのアプローチを求めるであろう。

もちろん、資料は時間とともにどうしても傷みが激しくなり、 利用の機会を制限せざるを得ない。 まして、貴重な学術資料を利用者に触らせることなど、 セキュリティ上からも不可能である。

デジタルミュージアムでは、このような保存と公開の要求を両立させるために、 デジタル技術を徹底的に活かす。

誰にでもオープン

従来の博物館は障害者 —— 特に視覚障害者に対しては閉ざされたものであった。 博物館は、その「展示物を見せる」という性質上、 目に不自由な人に対しては与えられる情報が極端に少ない。

解説などは文字が書かれたパネルによる場合が多いが、 目の見えない人はもちろん弱視の人にとっても、 解説が充実しているほどつらいものになる。 また、外国の人にとっては 日本語で書かれているということ自体がバリアになってしまう。

逆に耳や口の不自由な人にとっては、 資料について質問をして答えてもらうということもままならない。

このように特定の人々を博物館の持つ情報から遠ざけているバリアを、 デジタル技術により解消することもデジタルミュージアムの目標である。

場所と時間にオープン

総数600万点ともいわれる東京大学の持つ学術資料を 一度に展示しようとすれば、 単に陳列するだけでも膨大なスペースが必要であり、 現状では不可能である。 テーマを決めた特別展は、日限を決めて行っていくことになるが、 これはその日を過ぎたら見ることはできなくなってしまう。 また、なによりも展示は、 その場所に行かないと見られないという制限がある。

その期間、その場所になんらかの理由で行けない人にとっては、 これもバリアである。

東京大学の持つ学術資料をどこからでも、いつでも見られる。 終わった特別展についても、あとから見られる。 どこからでも、いつでも質問できる。 さらには、他の博物館のもつ資料とも合せて、博物館横断的な、 特定分野に関する総合展を行いたい。 1つの資料が複数の特別展のキー資料となるとき、 同時に2ヶ所に展示するわけにいかないといった問題を解決したい。

そういった場所と時間からの解放を デジタル技術とネットワーク技術により実現することを、 デジタルミュージアムでは目指している。

本図録について

冬季特別展「デジタルミュージアム」 (1997年1月21日より同年2月28日まで) の図録として編まれた本書も、 同様に「場所と時間にオープン」な図録を目指している。 印刷されたものは、 いわば本当の図録全体のほんの —— インデックスにすぎない。 そのインデックスにかかれたアドレスからリンクされた多くの解説や図版が、 添付されたCD-ROMの中に納められている。さらにCD-ROMのデータは、 インターネットを通して、 東京大学総合研究博物館のサーバーにリンクされている。

印刷物とCD-ROMとインターネットのハイブリッド —— それが本図録の真の姿である。

印刷物はコンピュータがなくても読めるし、 コンピュータ画面では見られない精緻な印刷画像というメリットを持つ。 しかし、同時にそれは容量的にかさばり、 紙の利用という意味で環境的な問題をはらんでいる。 一方、CD-ROMは紙に比べ遥かに高い情報密度とインターネットに比べ 高速の情報アクセスというメリットを持つ。 確かにインターネットは回線接続が必要で、 公衆回線経由では特にアクセス速度が問題になる。 しかし、インターネットの先に広がるのは世界であり、 無限の容量とリアルタイムの内容更新という、 紙にもCD-ROMにもない大きなメリットを持っている。 このように、 印刷物とCD-ROMとインターネットは互いのデメリットを補う関係であり、 それらを組み合わせることによって、 従来の図録の枠を超えた 「場所と時間にオープン」な図録が可能になったのである。

CD-ROMドライブを持ち、 インターネット接続したパーソナルコンピュータを利用すれば、 印刷物はおろかCD-ROMの容量をも超えた、 膨大なデータ量の真の「図録」にアクセスできる。 しかも、この図録はリアルタイムに内容更新される。 学術資料に関する日々の分析・研究の成果や、 「デジタルミュージアム」技術の研究・開発の最前線といったものを反映し、 内容を常に新しく保つ。

冬季特別展「デジタルミュージアム」開催中も、 終了後も本「図録」にアクセスしてもらいたい。 そこには、常に新しい発見がある —— この本こそ「デジタルミュージアム」への入口なのである。


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