「20世紀の石器時代」展

「モノ」は私のフィールド・ノート

小田 静夫


夏休みの宿題で、野山に出て昆虫や植物採集などに熱中した思い出を持つ人は多いだろう。私は幼少期戦災で焼け出され、都心の港区虎ノ門にあった度量衡(特許庁の前身)庁舎ビルの管理人室に次姉と寄宿生活をしていたことがある。周辺にはアメリカ大使館、大蔵省、愛宕神社など広い緑地があり、近くに住む叔母に連れられ、種々採集の楽しみを充分味わった。

当時「セミ」に興味を持ち、季節によるセミの違いや地域ごとに種類が異なる不思議に驚いたりしたものである。後年、父の社宅(足立区)に移ってからは、下町低地の河川敷と大水を経験し、そこで四手網、釣り竿などによる「魚とり」に興味が移って行った。私の父は新潟県佐渡島の宮大工出身で、器用に箱庭を造ったり、上京の際持参した僅かな古物類を、大切に整理し部屋に飾っていた。私も父のこの趣味を喜んで手伝っていたことを憶えている。

図1 イースター島のロンゴロンゴ板

図2 ニューカレドニアの儀丈斧
図3 タヒチの擬餌針
 この様な環境に育った私が、考古学的資料に初めて出会うのは小学校に入ってからである。近郊に「伊興遺跡」という古代祭祀遺跡として著名な場所があり、同級生らとよく自転車で出掛けては「土器片・玉」類を採集して自慢会を開いたりしていた。

中野区に実家が移った中学時代には、学校の裏山から「縄文土器」が発見され、仲間たちと採集したこともある。こうして、私の心にいつしか考古学への関心が芽生えてきたのであろう。付属高校時代はクラブ活動で大学研究室の「発掘調査」に参加し、本格的な「考古学」への道に踏み込むことになった。その後、大学・大学院と考古学を専攻し、それを生かして現在まで、「埋蔵文化財の保護」を行う行政組織に身を置いて来た。

 私の「モノ」を集める趣味が、こうした私の生い立ちに起因することは確かである。最初は生物、メンコ、切手、マッチ箱、新聞の題字など、誰でも一度は通過する「種類」「テーマ」の完全収集であった。やがて収集内容も、調査で旅行した先々の「地域メモ」へと視点が移行し、その土地の案内書、絵葉書、博物館の入館券、電車の切符、旅館の箸袋など多種類に及ぶことになった。

私は現地での調査日誌などをマメに書くことは苦手で、こうした「資料ファイル」が唯一の個人台帳であった。今、こうした資料を開くと、忘れかけていた記憶が蘇ってくる。つまり、収集物(所謂「モノ」)は、いつの間にか私の大切なフィールド・ノートになっていた。

 1975年東京・三鷹市にある国際基督教大学内に考古学研究センターが開設された。日本考古学を教えるJ. E. Kidder博士のもと、内外の考古学、人類学、民族学、自然科学者らが、この施設を利用して共同研究を開始したのである。私もこのセンター活動に参加し、度々海外調査に行く機会に恵まれた。

今回の展示資料はその研究活動の中で収集した「モノ」で、私の「海外フィールド・ノート」の一部である。地域としてはハワイ(1988年)、イースター島(1988)、タヒチ(1988)、ニューカレドニア(1988)、グアム(1983・1987)、サイパン(1987)、フィリピン(1988)などである。

 私は調査地に行くと、必ず地元の博物館、街のバザールを訪れる。特にミュージアム・ショップは情報源の宝庫で、地元の考古・民族学的な資料を容易く入手できることが多い。今回の資料の多くは、1985・86年の「前期旧石器」批判以来、日本の旧石器研究に失望し、「南方文化」に研究視点を方向転換させたオセアニア調査(1988)で入手したものである。

中でも、ポリネシア三角地帯の東端に位置するイースター島の資料は充実している。その多くはフランス領タヒチ(パペーテ)のバザール等で一括入手したもので、過去に島外に持ち出された資料である。マタアと呼ばれる黒曜石製の槍先、謎の文字ロンゴロンゴ板、モアイの小石像、神話の動物彫刻など多種に及ぶ。

もう一つは、ニューカレドニアのヌーメアで入手した資料で、メラネシアの儀式用の緑石製槍先とタカラガイの装飾品がある石斧類である。また、オセアニア地域で広く使用されていた骨製、貝製の釣針類は美術的にも価値がある。イカや小魚に似せた擬餌針、タコ捕り用のハチジョウダカラ貝と石の組み合わせ釣り針は、その由来神話と共に興味深い資料である。

 我々はこうした資料を扱う場合、その稀少価値面のみに捉われるが、そうではなくその地域で、先史時代から現代にまで受け継がれて来た「文化・伝統」を評価する方向性が大切である。こうした視点に立つことによって、例えレプリカであっても、その「モノ」が我々に多くのことを語りかけて呉れるのである。

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(東京都教育庁学芸員/先史学)



Ouroboros 第19号
東京大学総合研究博物館ニュース
発行日:平成14年9月20日
編集人:佐々木猛智/発行人:高橋 進/発行所:東京大学総合研究博物館

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