第2部 展示解説 動物界
頭骨 体重は筋肉や脂肪の重さを含むので栄養状態によって変化するものである。ことに冷温帯の晴乳類では季節変化も大きい。その意味で本当の体の大きさを比較するには骨のほうが適している。ここでは頭骨の長さと重さを示す ( 図 149)。これをみると確かに金華山島のシカのほうが小さいこと、しかも同じ長さであれば頭骨が軽いことがわかる。環境が違えば栄養状態 が違い、それが動物のさまざまな面に影響をおよぼすことは予想されるところだが、この 2集団の頭骨の違 いは予想を上回る大きなものであった。 図149
枝角 角は通常 1歳から生え始める。長さは 10〜20cm であり、翌年には枝が 4本あるものが生えることもあれば、 3 本のもの、中には 1本のままのものもある。五葉山のオスは大体この通例に沿っていた。 1歳の角は長さ 180mm ほどで、その後 2歳で 296mm 、 3歳で 351mm と 長くなり、最終的に 460mm 程度で、落ちついた ( 図 150A)。枝の数は 1歳では例外なく 1本だったが、 2 歳では平均で 2.7本で、その後はほぼ 4本になったが、中 には 3本あるいはそれ以下のものも混じっていた( 図 150B) 。金華山島では角の長さは 1 、2歳では 50mm 未 満であり、小さな「ふくらみ」 と呼ぶにふさわしいものだった ( 図 151) 。 3 歳になると急に長くなったがそれでも 200mm ほどで、これは五葉山のオスの 1歳のときの長さと違わない。ただしその後は五葉山のものにかなり接近した ( 図 150A)。角は 2歳までは 1本だったが、3歳になると貧弱ながら 3本や 4本のものも増え、4歳以降では枝角数では五葉山のものと遜色がなくなった ( 図 150B) 。これら角の「外見」 が意味するところは、栄養状態の悪い金華山島のオスは 5歳以上くらいでは角の長さや枝数は意外に五葉山のものと違いがないという ことだった。しかし角の重さそのものははっきりとした違いがあり、金華山島のものはすべての年齢で明らかに軽かった ( 図 150C)。このことはおそらくオスは繁殖期に力量を顕示しあって闘争するが、そのときに「外見」を整える必要があることを意味する。実際角の比重を比較してみると五葉山のシカの角が 1.66 であったのに対して、金華山島のそれでは 1.48で有意に小さかった。 これについては角の内部構造の微細な観察で裏づけをする必要がある。以上、 2つの集団の角を比較したが、オスジカの角には彼らが一生をささげるメス確保という大問題に対する努力の跡が集約されている。 図150A 図150B
歯の磨滅 草食獣の日常は植物を食べることに費やされる。来る日も来る日も大量の植物を食べて過ごすのが彼らの生活である。ニホンジカも同様であり、その結果、少 しずつではあるが歯が磨滅してゆく。私たちは環境の違いがシカの生活におよぽす影響を明らかにするとい う観点から、食物条件の違う場所にすむシカの歯の磨滅を比較した。ここでも五葉山と金華山島の集団をと りあげる。くり返すが前者は栄養状態が良く、冬にはおもにミヤコザサというササの 1 種を採食し (Ta}Eatsuki,1986)、後者は冬になると緑色の植物はなくなって枯葉や樹皮まで食べるようになる。 このようなことが判っていたから、私は五葉山のシカに比べて金華山島のシカのほうが歯の磨滅が速いだろうと予想した。歯は第 1切歯という下顎の先端にある 8本のうち最も大きく処理しやすいものを用いた ( 図 152)。たとえば五葉山では歯の咬耗面が 50%磨滅するのはおよそ 7歳であったが、金華山では 3 、4歳で あり、ここまではおよそ倍のスピードであることが判っ た ( 図 153)。雌雄で違いがあり、五葉山では 8歳以降明らかにオスの磨滅速度が速かった。金華山島でも 基本的に同様であったが、金華山島では雌雄の違い は五葉山よりも早く、すでに 4歳から始まった。すでに述べたようにシカはオスがメスよりもはるかに大きい。 そのために食べる量も多いから歯の磨滅も速いのである。しかしよく調べてみると違いはそれだけではない。金華山島の場合、春と秋にはオスよりもメス、メスよりも子ジカが良質な植物を食べていることが判ったのである (Padmalai and Takatsuki, 1994)。体の大きい個体のほうが粗食に耐えうることが理論的にも経験的にも知られている。オスの磨滅が速いことは食物の 量だけでなく質にも関係している。 図152 図153
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