第2部 展示解説 動物界

哺乳類の多様性と
標本から読み取ること

 

 

鯨目 :

 鯨目には 9科、76種がいる。クジラは哺乳類だけでなくすべての動物の中で最大の大きさを誇る存在でもある。最大のクジラであるシロナガスクジラは体長が 30m 、体重は 150t にもなる。巨大化を可能にしたのは水中生活であり、水の浮力によって、重い体を支える必要から解放されたからである。水中生活をするためにクジラやイルカの体型は流線形であり ( 図 85) 、首を曲げることはなく安定させるために頚骨は圧縮され癒着している ( 図 86) 。そして前肢は鰭となり後肢は退化した。 さらに骨盤や寛骨も退化し、脊椎は漸次変化しながら尾まで続く。

 

 流線形であるために頭部は尖り、ハクジラ類では上下の顎が鳥の嘴のように前方へ伸びている ( 図 87) 。これに対してヒゲクジラ類では顎が巨大化してまるで顎の一部に頭部が付け足しで付いているかのようである ( 図 88) 。水中生活をする哺乳類には鰭脚目やカワウソ、ビーバーなどもいるが、彼らはときに陸に上がるし、出産は必ず陸上でおこなう。しかしクジラは海牛目とともに文字通り完全な水中生活者である。それでも肺呼吸をするので空気を吸わなければならない。効率的な呼吸のためクジラの鼻孔は頭の上部に開口し、噴気孔と呼ばれる。吐き出す息は「潮吹き」と呼ばれ、そのあとに一気に大量の息を吸い込む。魚食性の鯨類の歯は魚を食べるために同じ形の円錐形となり、数も多い ( 図 89A,89B) 。日本は伝統的に捕鯨をおこなってきたので捕鯨技術も独自の発展をとげ、鯨類研究は世界をリードしているが、世界的には反捕鯨の動きが強くなっている。

 ハンドウイルカ Tursiops tuncatus の交連骨格 ( 図 90)の、腰に相当する部分に針金で吊るしたのは骨盤が退化したもので、ペニスの付け根の筋肉の支えとなっている。 コマツコウ Kogia breviceps ( マッコウクジラ科 , 図 91) は小型のクジラで、体長 4m足らず、体重も 400kg しかなく、 マッコウクジラの 10分の 1ほどしかない。吻が非常に短く、歯は下顎だけにある。

 

 

 ガンジスカワイルカ Platanista gangetica の全身骨格標本( 図92A) は西脇昌治教授が中心となっておこなわれたカワイルカ類の海外学術研究で採集され、本館の終身学芸員であった神谷敏郎先生によって管理されてきた( 神谷 ,2004)。この海外学術研究は戦後まもない 1959 年に本学医学部の小川鼎三教授が挑戦したヒマラ ヤ雪男調査に端を発したものであった。カワイルカは現生のクジラ中で最も原始的なグループであり、いずれも水質の汚染により絶滅の危機に瀕している。外形的には口先が尖り、鰭となった前肢が短い点が特徴的であ る。目は痕跡的であり視覚はほとんどないと考えられている。その代わりに超音波による反響定位、いわゆるエコロケーション機能が発達している。それは濁った水中 に直径 1mm の銅線があっても探知できるほど鋭いものであるという。頭部に発達した隆起はその超音波のセ ンサーの機能を果たしており、左右が非対称であり ( 図 92B) 、このずれで距離を知ることができると考えられている。カワイルカには南アメリカのラプラタカワイルカ Pontoporia blainvillei ( 図 93) がいるが、これも東京大学医学部の調査隊の研究成果である。

 

 鯨目はその外見からは想像もできないが、偶蹄目との類縁が明らかにされつつある。パキスタンで発見 された初期鯨類の化石研究によると、これらの動物は地上で体重を支える四肢をもち、細かい部位の検討によっても偶蹄類との共通性が認められたという (Gingerich et al., ,2001) 。また形態形質と分岐分類学の研究によっても両者の共通性が認められ、鯨類は偶蹄目の中に含めるべきであるという見解も提出さ れている (Thewimen et al.,2001) 。これは従来の常識をうち破るもので今哺乳類学界ではホットな話題と なっている。

 

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