第2部 展示解説/鉱物界

REGNUM LAPIDEUM

鉱物界の進化

田賀井 篤平

 

鉱物界と植物・動物界

 生命体を構成する元素は鉱物界から供給されたのである。太陽系の成り立ちからこれを考察してみよう。 約150億年前のビッグバンによって宇宙の全てが始まったとされるが、初期宇宙では陽子や中性子から水素やヘリウムの原子核がつくられ、電子と結合して最初の原子が誕生した。しかし、ヘリウムより重い元素の合成が行われるには宇宙の温度が下り過ぎていた。多くの元素の合成は、それ以降宇宙空間に誕生する星の内部で行われたのである。膨張を続ける宇宙の中で、そこに存在する物質(水素を中心としヘリウムを少し含むガス) は重力の働きで寄り集まり、いくつもの巨大な星間ガス雲の塊が生まれた。

 この巨大な星間ガス雲の塊の中では、さらに膨大な数の小さな塊が誕生し、その小さな塊のガス雲は重力で自ら圧縮され密度を上げていった。圧縮が続 くと中心部で温度が上昇し、ついには水素がヘリウムに変わる原子核反応が起こるまでになる。この反応で膨大なエネルギーが放出され、この塊は「星」 となって輝き始める。

 星には太陽の1/10程度の星から100倍の巨大な星まである。星の質量は最初に集積された物質の量によって決まり、それがまた星の寿命を決める。太陽と同 じくらいの大きさの星では水素をヘリウムに変える反応で、およそ100億年と される一生を終える。即ち反応の原料となる水素が消費し尽くされると赤色巨星から白色媛星を経て全てのエネルギーを使い果たして寿命を終えるのである。

 太陽の数十倍規模の星になると、星の中心部における水素からヘリウムを生成する核反応の進行も速く、寿命も1/1000程度になる。このような重量級の星の中心では温度・圧力が非常に高く、水素を使い尽くしてできたヘリウムも核融合反応をして炭素が作り出される。この反応でさらにエネルギーは放出される。 このような核融合はさらに進行してネオン、ケイ素、鉄などの元素が合成される。 鉄が合成される段階まで進行すると、星の中心部は不安定になり、急激に崩壊する。 その結果、星は大爆発を起こして、星を構成している物質を宇宙空間にまき散らす。 これが超新星爆発である。超新星爆発爆発 の衝撃によって、中心部では急激に核融合が進行して、ウランくらいまでの重さの元素が合成される。超新星爆発によって宇宙空間にばらまかれた元素は再ぴ集積して、また新たな星の誕生へと続いていくのである。ビッグバン から約100億年後に誕生した太陽も、このようにして作り出された元素を原材料にしている。 (Weinberg, 1991 、Fifield, 1991)

 太陽系を作り出した星雲における元素の存在度は、主成分である水素の原子の数を1とすると、 ヘリウムは1/10、酸素と炭素は1/1000、窒素とネオン、マグネシウム、ケイ素、鉄が 1/10000 、 硫黄、アルゴンと続き、アルミニウム、カルシウム、ナトリウムが1/10 万、以下ニッケル、 クロム、リン、マンガン、塩素、カリウム、チタン、フッ素と続く。太陽系を作り出した星雲の中では、水素や窒素、ヘリウムなどは気体分子として存在するが、マグネシウム、ケイ素、 アルミニウム、カルシウム、ナトリウムなどはケイ素・酸素に陽イオンが結合してできるケイ酸塩鉱物と呼ばれる鉱物の微粒子として存在している。これが鉱物界の起源である。

 太陽が誕生した時には、回転する太陽を中心としてガスが円盤状に広がっていた。このガスの成分は星間ガス雲と同じように水素や窒素、ヘリウムなどの気体分子とケイ酸塩鉱物の微粒子である。これらの微粒子は互いに付着して成長を続け、 ついには半径が数km 程度の微惑星となり、太陽系全体で100億とも100兆とも いわれる膨大な数に達したと考えられる。これらの微惑星はさらに互に衝突や合体により集積を続け、やがて最大で半径1000km程度の原子惑星が誕生した。この原子惑星は、自分の重力圏に入った微惑星を集めて成長を続ける。やがて、周辺の物質を集め尽くして成長を終え 、ほぼ現在の惑星が形成された。地球の成長が完了した時には、地球は濃い大気に覆われてお り、その保温効果もあって、地球の表面温度はケイ酸塩鉱物の融点をはるかに超え、地球のおよそ2/3は溶融していたと考えられる。このような洛融体の中で、軽い物質は表面に上昇し重い物質は中心に向かつて沈んでいく。その結果、現在のような地殻・マントル・中心核という層状構造が形成された。その聞に、活発な太陽活動による太陽風や紫外線照射によって、もともとの星間ガス雲に由来する地球を取り巻いていた大気ガスは消失する。中心部分にあった未だ溶融していなかった部分も中心核の形成とともに溶融して、その結果、未だ溶解していなかった部分に大量に保持されていた気体成分は地球内部を通って上昇し、ガスや水として表面に放出され、現在の大気や海洋が形成されたと考えられている。 ( 長谷川博一、大林辰蔵 ,1984)

 上に述べてきたように、地球を構成している酸素、ケイ素、鉄、マグネシウムなど、また地球 に誕生した生命体の主成分である酸素、窒素、炭素、水素などは、すべて100億年の間に繰り 返されてきた星の一生の産物なのである。生物は地球の表層部である鉱物界−「地殻」− と大気と水に取り固まれた環境下で誕生し、進化を遂げていった。地殻を構成する主要な元素 はケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウムなどである。 生命の生育環境を形作っている大気や水を鉱物界に入れることはできないが、植物も動物も鉱物界の一員である岩石(土壌を含む)上で、その影響を受けながら存在し、その進化も、大気や水や鉱物界で構成される環境の中で進行してきたのである。

 さらに、直接的な関わりとして、例えば、動物の硬組織である殻や骨の主成分であるカルシウムは、元々は地表を構成しているケイ酸塩鉱物の主要な構成元素であり、地表での風化作用によって水中に溶け込み、それを生物は直接的・間接的に体内に取り込んで硬組織を作り上げて進化してきたのである。また脊椎動物を支えている骨の無機質はリン酸カルシウムであり、組成的には本展に示している燐灰石(足尾鉱山産)とほぼ同じである。マグマに起源を持つリン酸 カルシウムが直接骨に関わるわけではない。現在に於けるリンの循環を考えてみる。海鳥の糞が固化して堆積したグアノとよばれるリン鉱床(堆積成鉱床)から肥料用のリンが採掘されている。その燐肥を植物が吸収し、その植物を草食動物が食して体内に取り込み、さらに肉食動物に捕食され骨形成にリンが使用される。動物が死ぬと、死体は分解され、リンは地中に戻る。魚であれば海鳥に補食され排池物が燐鉱床の基礎になる。 しかし、リン元素のもともとを辿っていくと、無脊椎動物から脊椎動物への進化の過程で大きな役割を果たすリンの起源の一つは鉱物界のマグマから生じた燐灰石であることは間違いない。

 

 

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