2.貝殻の形の多様性


( 1 / 9 )


貝殻の形成

 多くの軟体動物は体の外側を覆う外骨格(exoskeleton)として貝殻を形成します。貝殻の主な機能は体の防御です。硬い殻の中に閉じこもってしまえば、捕食や環境の変化を逃れることができます。もうひとつの機能は体を支えることです。さらに頭足類では貝殻は浮力調節の機能を持っています。

 貝殻の形は軟体動物の分類群により様々です。多板類では8枚、二枚貝類は2枚の殻を持ちます。単板類、掘足類、腹足類、頭足類では貝殻は1つです。2枚の殻を持つ二枚貝類はbivaIve、それ以外の1枚殻の貝はunivalveと呼ばれます。しかし、腹足類の中でもユリヤガイ科Juliidaeとタマノミドリガイ科Berthelinidaeは独自に2枚の貝殻を進化させています。

 貝殻は外套膜から分泌されます。外套膜は内臓塊全体を覆っていますが、主に貝殻の形成に関与する部分は外套膜の縁辺部、すなわち外套膜縁(mantle margin)です。殻の形成には、まず殻皮(periostracum)と呼ばれる有機質の膜が分泌されます。その膜の上に炭酸カルシウムの結晶が成長します。殻皮は殻が成長するための基質として作用します。

 貝殻は外套膜によって直接形成されるのではありません。外套膜内部で結晶が生産させて運ばれるのではなく、外套膜と貝殻の間を満たす液体の化学反応を通じて形成されています。この液体は外套膜外液(extrapallial fluid)と呼ばれます。

 貝殻は均質な非晶質の塊ではなく、無数の微小な結晶の集合体です。貝殻は炭酸カルシウム(calcium carbonate)の結晶から構成されています。炭酸カルシウムにはカルサイト(calcite)とアラゴナイト(aragonite)の2つの結晶型があります。そして、不思議なことに、その結晶のかたちは分類群によって様々です。例えば、稜柱構造(prismatic structure)、交差板構造(crossed lamellar structure)、葉状構造(foliated structure)、真珠構造(nacreous structure)などが識別されます。また、貝殻は複数の殻層(shell layer)が重なり合って形成されています。このような結晶レベルの形態形質を総称して殻体構造(shell structure)と呼びます。様々な殻体構造の様式は軟体動物の系統進化と密接に関連していますが、その形成機構は十分に解明されていません。


付加成長と成長線

 貝殻の成長は付加的に行われます。動物体は細胞分裂することにより組織が増殖して成長します。一方、貝殻は内部が増殖することはありません。殻の縁辺部に結晶が付加されながら大きくなります。このような成長様式は付加成長(accretionary growth)と呼ばれます。

 付加成長をする殻体の特徴として、成長線(growth line)が形成されます。成長の不連続面が1つ1つの成長線として殻に記録されます。成長線の段差が激しい場合には、成長輪が識別されます。1年に1回強い成長輪が形成される場合は年輪(annual ring)と呼ばれます。しかし、ある成長輪が年輪であるかどうかを特定することは大変困難です。同種の貝でも生息環境の違いによって成長輪のでき方が異なるからです。

 貝殻と同様に付加成長する例に、頭足類の平衡石(statolith)があります。平衡石は見た目は平滑ですが、内部には成長線が残されています。そこで平衡石の断面に見られる成長線が年齢査定(aging)に用いられています。頭足類の平衡石の研究は、耳石による魚類の年齢査定と同様に水産学の重要な研究課題です。


螺旋

 多くの貝殻は螺旋状に極めて規則的に成長します。この規則性は対数螺旋(logarithmic spiral)または等角螺旋(equiangular spiral)と呼ばれる図形で表現することができます。多くの貝類は一定の比率で拡大しながら、相似形として成長しています。

 見た目に明らかな螺旋は、巻貝類と頭足類に見られます。二枚貝類、堀足類、単板類の殻は螺旋には見えませんが、極めてゆるく巻いた螺旋の1種です。

 貝殻は螺旋状に付加成長する円錐型の管状体として理解することができます。この管状体のことを螺管(helicocone)と呼びます。そして、螺管の重なりが螺層(whorl)、末端部が殻口(aperture)になります。


右巻と左巻

 螺旋状の貝には左巻(sinistral)と右巻(dextral)が見られます。巻の方向性は貝が成長する方へ向かって右側へ回転するか、左側へ回転するかによって区別できます。しかし、平巻(planispiral)の貝は判定が難しくなります。厳密には貝の螺旋の向きは動物体の左右と螺旋の成長方向の関係によって定義されます。腹足類の場合は、右巻の貝では生殖器官が右側に位置しています。左巻の貝では左側です。あるいは軟体部のねじれ現象(torsion)の向きによっても左右を判断できます。平巻状に固着するリュウキュウヘビガイは見かけ上左巻に見えますが、軟体部は右巻です。有肺類のヒラマキガイ類は殻は平巻ですが軟体部は左巻です。

 不思議なことに大部分の巻貝は右巻です。左巻の貝は少数派です。左巻の貝には2通りのでき方があります。ひとつは、右巻の貝の突然変異体として左巻の個体が形成される場合です(図2-1)。ヨーロッパモノアラガイLymnaea stagnalisには左巻の変異があり、遅滞遺伝の例として詳しく研究されてきました。


 
 もうひとつは、突然変異ではなく同種内の正常個体の全てが左巻の貝類です。例えば、海産貝類では、カンムリボラ科MelongenidaeのサカマキボラBusycon(Sinistrofulgur)contrarium(図2-2A)、キリオレガイ科Triphoridae、エゾバイ科BuccinidaeのナシボラPyrolofusus、deformis、サカマキエゾボラNeptunea contraria(図2-2B)、イトマキボラ科FasciolariidaeのヒダリマキニシSnistralia maroccensis、クダマキガイ科TurridaeのヒダリマキイグチAntiplanes contariaなどが左巻です。陸産貝類では、ヒダリマキゴマガイPalaina、アフリカマイマイ科Achatinidae(図2-3)、キセルガイ科Clausiliidae(図2-4A)、ハワイマイマイ類Achatinella、ポリネシアマイマイ類Partula、マレーマイマイ類Amphidromus(図2-4B)、マイマイ類Euhadra(図2-5)をはじめとして、数多くの分類群が左巻の種を含んでいます。


 

 

 

 
 さらに、右巻、左巻は腹足類だけの現象ではありません。現生の頭足類の殻は左右対称ですが、過去には異常巻アンモナイトとよばれる不規則な形の殻をもつアンモナイト類が生息していました。その一例であるツリリテス科Turrilitidaeには左巻と右巻の個体が同種内に存在する例が知られています。

 非対称性の進化では、幼生期のねじれ現象(torsion)と殻の螺旋も一見関係があるように見えます。しかし、両者が独立であることを示す例が存在します。笠型貝類の1つであるカサガイ目Patellogastropodaです。幼生期には他の腹足類と同様にねじれ現象が起こるにもかかわらず、左右対称の筒型の殻を形成します。カサガイ類の動物体の内部は食道も神経も立派にねじれていますが、貝殻は左右対称です。さらに、異鯉類にはねじれが不完全であったり、全く起こらなくなるねじれ戻り(detorsion)とよばれる現象があります。しかしその進化的な意味は分かっていません。




前頁へ   |   表紙に戻る   |   次頁へ