36 職人技術とデジタル技術





 一般に言葉や図式でもって語られる専門的な知識を、具象的な事物で実体的に知解させるところに教育用模型の効能がある。とりわけ数理科学のように観念的な事象を扱う分野においては、実体模型による具体化が効果的である。19世紀のドイツでは幾何学における曲面や関数の実体模型がいくつも造られており、それらは純粋抽象的な形態の面白さの故に、第一次世界大戦後ダダイストやシュルレアリストを啓発し、前衛的なオブジェの誕生の契機となった。数学的対象の実体再現に高度な職人技が必要であったのは勿論である。そのことは現代のテクノロジーにおいても同様であり、デジタル情報化によって三次元形状のヴァーチャル再現が可能なものは、少なくともわれわれの試みた限りではいまだ単純なクラスに限られる。


36-1 クエン曲面
実体模型、石膏、ミュンヘン工科大学教授アレグザンダー・ブリル博士監修、独国マルチン・シリング社製、高24.0、幅18.0、1882年、東京大学大学院数理科学研究科蔵

 ガウス曲率がいたるところ負の一定値をとる曲面のひとつである。


36-2 回転面として得られる負の定曲率曲面
実体模型、石膏、ミュンヘン工科大学教授アレグザンダー・ブリル博士監修、独国マルチン・シリング社製、高13.0、幅21.0、1877年、東京大学大学院数理科学研究科蔵

 双曲面タイプのこの回転面はガウス曲率がいたるところ負の一定値をとる曲面としてもっとも古くから知られているもののひとつである。


36-3 ヤコビの楕円積分
実体模型、石膏、ミュンヘン工科大学教授アレグザンダー・ブリル博士監修、独国マルチン・シリング社製、高19.0、幅25.0、奥35.0、1880年、東京大学大学院数理科学研究科蔵

 ヤコビの第一種楕円積分の挙動を示す模型である。水平方向の座標軸はヤコビの楕円積分の逆関数である振幅関数の変数u,kに対応している。


36-4 負の定曲率をもつ一般化されたヘリコイド曲面
実体模型、石膏、ミュンヘン工科大学教授アレグザンダー・ブリル博士監修、独国マルチン・シリング社製、高24.0、幅15.0、1880年、東京大学大学院数理科学研究科蔵

 トラクトリックスを螺旋にそって移動することによって得られる負の定曲率をもつ曲面である。

36-5 三次元デジタル復元(最先端レンジ・センサー技術による)、デジタル・ディスプレイ、東京大学生産技術研究所池内研究室




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