ダイヤモンド・レプリカの製造が始められたのは18世紀頃と推定されるが、それは当時長足の進歩を遂げつつあった自然科学と連動していた。とくに鉱物学に関しては、経験に基づく鉱石の網羅的理解が深められたのがこの時期である。ダイヤモンドの形態理解に適うレプリカ標本もまた、こうした鉱物学への関心の高まりを受けて造られたのである。とはいえ、それは単なる学術的補助教材であったわけではない。標本化とはすなわち自然を理解し、支配し、我が物とすることにほかならず、人間の自然に対する姿勢が標本に集約されていると見るべきなのである。その昔、ダイヤモンドはただ驚異的な強度を誇る未知であり、人々はその中にさまざまな神秘的伝説を見てきた。ひとたび理性に目覚め、自然を畏怖ではなく支配の対象とみなし始めたとき、旧い言説は鳴りをひそめ、ダイヤモンドに観察と考察の楔が打ち込まれ、ついには伝説に彩られた石を模ったレプリカが人の手で造られるに至った。鉱物の王たるダイヤモンド、それらのなかでもとくに名の知られたものを、レプリカというかたちであれ保持することは、根源的には人類による自然の把握を意味していたのである。 (松田陽) 32 歴史的に有名な大型ダイヤモンド・コレクション(練硝子レプリカ)、英国製 1873年−1893年のあいだ、東京大学総合研究博物館岩石鉱床部門蔵 付参考資料:同上のクリスタル・レプリカ、ドイツ製、2000年 32-1 グレート・モーガル(レプリカ) 279カラット インド産ダイヤモンドで最大。原石は787.5カラット。1630−1650年頃インドのコルル鉱山から発見。ローズ形に研磨され、残りの所在は不明。オーロフあるいはコーイヌールになったという説もある。 32-2 スチュワート(レプリカ) 288と8分の3カラット、原石 1873年南アフリカより発見。 32-3-A スター・オブ・ザ・サウス(レプリカ) 254と2分の1カラット、原石 32-3-B スター・オブ・ザ・サウス(レプリカ) 125カラット 1853年ブラジルのミナス・ゲライス(Minas Gerais)にあるボガジェム鉱山で発見。 32-4 オルロフ(レプリカ) 194と2分の1カラット インドの偶像の眼に使用されていたが、兵士の手で盗まれ、1775年にロシアのオルロフ公が入手し、エカテリーナ女王の所有となった。 32-5 サンシー(レプリカ) 53と2分の1カラット 1477年以来多くの所有者の手を経て、1695年にルイ14世所有になる。1792年フランス革命のさいに盗まれ、以来行方不明であったが、1867年のパリ万国博覧会に出品された。その後、再び行方不明となる。 32-6 エウジェニー(レプリカ) 51カラット 初めロシアのエカテリーナ二世女王よりポチョムキンが下賜され、以来同家に伝わる。後年ナポレオン三世が購入し、皇后に送る。命名は皇后による。 32-7 ドレスデン・グリーン(レプリカ) 48と2分の1カラット ドイツのドレスデンのグリーン宝物庫に収蔵されているインド産ダイヤモンド。 32-8 ポーラー・スター(レプリカ) 40と4分の1カラット ロシアの所有になる。 32-9 シャー(レプリカ) 86カラット 旧ロシア王室の所有で、形状は不正プリズム型。長さ3.9センチ、幅2センチ。はじめは95カラットあったが、再研磨されている。 32-10 スター・オブ・サウス・アフリカ(レプリカ) 46と2分の1カラット 1869年南アフリカで発見されたダイヤモンド。原石で85.75カラット。 32-11 ホープ・ブルー(レプリカ) 44と2分の1カラット 世界最大のブルー・ダイアモンド。現在はワシントンのスミソニアン自然史博物館に展示されている。 32-12 フローレンティン(レプリカ) 139と2分の1カラット 二重ローズ形に研磨され、ウィーンの宮殿に収蔵されている。 32-13 イングリッシュ・ドレスデン(レプリカ) 76と2分の1カラット 1857年ブラジルで発見。原石で119.5カラット。イングリッシュ・ドレスデンの所有となり、この名前がつけられた。 32-14-A コーイヌール(レプリカ) 原石は186と16分の1カラット おそらく世界最古のインド産ダイヤモンド。東インド会社よりヴィクトリア女王に献上された。 32-14-B コーイヌール(レプリカ) 102と16分の13カラット 1852年頃再研磨され、現在はイギリス王室の所有になる。 32-15 ナサック(レプリカ) 89と4分の3カラット インドのサナック寺院の所有物であったが、1873年競売でウェストミンスター公家のものとなり、後にアメリカの商社の手に渡り、再研磨され現在は43.38カラット。 32-16 リージェント(レプリカ) 136と4分の3カラット 13万5千ポンドで購入され、フランス政府の所有になる。 32-17 ピゴット(レプリカ) 82と4分の1カラット 1775年ピゴット卿がインドより持ち帰ったと伝えられる。現在パシャ・オブ・エジプトの所有。 |
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