真贋を科学する 年代物——ほんとうはいつ頃のもの?


吉田邦夫 総合研究博物館放射性炭素年代測定室・年代学
宮崎ゆみ子 総合研究博物館放射性炭素年代測定室・年代学
磯野正明 総合研究博物館放射性炭素年代測定室・年代学



 放射性炭素年代測定法(炭素14年代測定法)というのは、むかし生きていた生命体が、いつ頃まで生きていて、いつ頃死んだのかを調べる方法です。美術・工芸品を作っている材料が、木や貝など、生物の残骸であるときには、この方法を使って製作年代を推定することができます。

 実は、美術工芸品の年代測定には手を染めるまいと、決意したことがあります。中国の春秋戦国時代「楚」国の竹簡を測定した結果、贋物であることが明白になり、いささか怖い思いをしたときのことです。

 その後、本館の西野教授(美術史・博物館学)が入手した「聖母子像 板絵」を測定することになりました。複数の専門家の間で、制作時期についての見解が分かれているものでした。これまで、年代測定は主に考古学の分野で使われることが多く、歴史時代の資料に適用した例は、さほど多くありません。年代測定のためには、貴重な資料の一部を切り出す必要があります。いわゆる破壊分析を行うことになります。美術工芸品の年代測定が難しかった大きな理由です。しかし、そもそも、この年代測定法を考え出したリビー博士(Libby, W.F.)は、この方法が有効であることを確認するために、年代がわかっている六資料を使って、測定によって得られた年代値が、妥当なことを示しました(Arnold et al., 1949)。実は、その中に、エジプトの資料、プトレマイオス朝の木棺と、前19世紀の葬送船の舟板が含まれていました。当時の方法では、多量の資料が必要なので、悲壮な決意のもとで測定したことでしょう。このような事例は、それほど多くはありませんでした。

 ところがAMS(Accelerator Mass Spectrometry 加速器質量分析)法が登場した結果、極微量で年代測定が出来るようになって、かなり障害が小さくなりました。さらに、測定した年代値から、暦年代に換算することで、実際の歴史年代との比較検討が可能になったのです。その結果、後述する『聖骸布』や、死海文書の年代が測定され(Bonani et al., 1992, Jull et al., 1995)、国内でも吉田らによる仏教関連資料の測定(大橋ほか、1989)や古文書の測定(小田ほか、1996)が行われるようになりました。

 何でも鑑定団の名鑑定者は、豊富な知識と経験・情報をもとに、真贋を判定しますが、年代測定は、材料の年代を確定するということで、有無を言わせぬ力があります。今後、大いに活用することができると考えています。また、他の理化学分析機器も併用することで、さらに緻密で正確な美術工芸品についての研究を進めることができるのです。

 ここでは、それぞれ特徴的ないくつかの具体例をあげながら、美術工芸品などの資料や、比較的新しい歴史時代に属する資料についての年代測定の実際をご紹介して、これらの分野での年代測定法の姿を明らかにしたいと思います。

 なお、炭素14年代測定法の原理とAMS法やβ線計数法による測定方法、AMS法のための資料調整と測定の実際については、補遺をご覧下さい。


エジプト男子立像——木材資料を測定する通常の場合


 通常の資料について、資料採取の方法、測定試料の調製方法、暦年代への較正方法について、見ていきましょう。

 資料は、石橋財団ブリヂストン美術館が所蔵するエジプト男子立像です。大英博物館のキューレーターが来館したときに、「よく見かけるフェイク」とされたものです。

【測定資料を採取する】

 全身の彫像であるため、測定資料を採取する箇所は限定されてしまいます。当初は、一木作りと思われたので、最も影響が少ない足の裏から資料を採取しました。両足の裏に幅70mm、厚さ20mm、長さ45mmの突出部があります。厚み方向に直径10mmの穴があり、穴の周囲に着脱の際についたと思われる傷が見られるので、木像を直立させるための仕掛けと考えられます。

 左足の突出部の先端から、のみを使って、約50mg(0.05g)の測定資料を削り取りました。

【資料から測定用試料を調製する】

 年代測定では、測定資料をそのままの形で分析することはできません。AMS法では、試料から炭素の単体である結晶質のグラファイトを作って測定することになります。また、土中に埋まっていた場合は当然のこと、室内で保存されていた場合でも、手のあぶらやゴミ、ほこりが付いたりして、周囲の環境からさまざまな形で炭素を含む物質の汚染を受けています。したがって、正確な年代を測定するためには、この汚染を取り除かなければなりません。
(1)外部からの汚染を除去し、
(2)測定用のグラファイトを調製するために、
いくつかの化学操作を行います[図1、詳細は、補遺を参照してください]。普通の資料では、この操作に数日を要します。

図1 測定試料の調整

 採取した資料には、年輪によると思われる色の濃淡が見られたので、主として淡色部分を使い、濃色部分は比較のために処理・測定を行いました。[表a]

表a

【炭素14年代値から暦年に較正するには】

 測定によって得られた炭素14年代値は、私たちが日常使っている時計の尺度と必ずしも一致していません。3,520 BP=1,950-3,250=1,300 BCにはならないのです。

(1)年代値を求めるときに、炭素14の半減期として、リビー博士が使った5568年という値を使うことが、国際会議で決められています(Stuiver et al., 1977)。現在のところ、最も正しいと思われる半減期は、5730±40年(Godwin, 1962)という値ですから、これだけでも3%の違いが出てきます。3,520年が3,520×1.03=3,626年になるということです。100年も差が出てしまいます。

(2)さらに厄介なことがあります。通常、大気中の二酸化炭素には炭素14から出来ているものが全体のわずか1兆分の1だけ存在しています。炭素14年代値を算出するときには、過去においても大気中の炭素14濃度が一定であったと仮定していますが、実はこの仮定は正しくありません。主に地球磁場が変動することによって、地球に降り注ぐ宇宙線の強さが変化するために、炭素14の生成量が変わってしまうのです。そこで、過去の時代の炭素14の濃度を測定することになりました。1万1800年前までは、年輪試料が使われています。年輪年代測定法によって年代が決まった年輪試料を、普通10年ごとにまとめて、その中に含まれている炭素14の割合を測定するのです。β線計数法により、繰り返し繰り返し精密に測定します。1万年も生き続ける木はないので、何本もの年輪試料を使って、ウィグルマッチングと呼ばれる方法でつなぎ合わせて、1万1800年前までの測定値が得られています。年輪幅の変動パターンが一致するところを、次々とつなぎあわせていくのです。樹木は、ドイツで発掘された松とオーク、アイルランドのオーク、アメリカ西部で発掘されたドクラスファー(ベイマツ)が使われています。つまり、この範囲でcal BP(calibrated BP 較正曲線によって得られる暦年代。cal BC、cal ADも同様)は年輪年代値を表していると考えていいのです。それ以前の2万4000年前までは、サンゴと海洋堆積物ウラン—トリウム(U—Th)年代を用いて較正されています。ウラン—トリウム法によって暦年代が決まったサンゴの年輪部分について、炭素14濃度を測定しています。2万4000年前より古い年代についても、4万年を超えるところまでの測定値が提出されていて(INTCAL98)、ほぼ直線的な関係が予測されていますが、データ点数が二点しかないため、今回の較正曲線では採用されていません。横軸を年輪年代(較正年代)にとって、それぞれの時代に炭素14の割合がどのように変化したかを示したのが、図2です。縦軸は、半減期を用いて補正することによって、当時の炭素14の割合に戻して、現代炭素の基準値とくらべてその差を‰(パーミル千分率、%の10分の1)で表したものです。1万2千年前には、今より20%も余分に炭素14が生成していたことがわかります。

図2 炭素14濃度変化

 この関係を使って、測定で得られた炭素14年代値を、暦年代に較正する曲線を作ることができます。縦軸が実際に測定した炭素14年代で、横軸を較正年代(歴年代、年輪年代)にすると、図3のような関係が得られます。炭素14測定値が10,000年BPの場合、較正年代は約11,300 cal BP(9,300 cal BC)となり、較正によって古い年代値が得られることになります。これは、この年代の頃には、図2で見たように、空気中の炭素14濃度が現在より大きいので、見かけ上実際より若い年代を示しているのです。較正曲線には多少の山や谷がありますが、全体としては右下がりの曲線を示し、得られる炭素14年代が大きく逆転することはありません。つまり、古いものの年代が新しいものより、新しくなってしまうことが、広い範囲では生じていません。

図3 暦年較正曲線

 この較正曲線を用いて、年代値の較正を行うのですが、通常は、公開されているコンピュータ・プログラムを用いて計算します。

【暦年代への較正】

 実際に、暦年代に較正してみましょう。較正する方法は、色々と考えられますが、次の二つの方法が一般的です。どのように換算が行われ、どのような問題があるのかを理解していただくために、二つの較正方法を簡単に説明します。

(1)交差点法(Intercept法)
 較正プログラムCALIB 4.3(Stuiver et al., 1998)のキャプチャ画像[図4]で、その方法を示します。また、テキスト形式で出力されるファイルも、図5に示します。ここには、(2)の方法を用いた同プログラムによる換算結果も含まれています。

図4 エジプト男子立像 暦年較正(交差点法)
図5 暦年較正(交差点法)テキスト

 測定により求めた炭素14年代値の中心値が横軸の太線です。プログラムへの入力はまるめる前の測定値3517±89 BPをインプットします。測定値は、一標準偏差(σ、シグマ)の誤差(±σ)をつけて報告するように定められています。ここでは、2σの誤差、89×2=178を考えますが、較正曲線にも誤差があります。グラフの左端のあたり2,200cal BCで、較正曲線の炭素14年代値の誤差は高々±13年なので、合計した誤差は√(89^2+13^2)=90となります。2σなので、その2倍±180となり、上下にある細い横線がこれを示しています。ギザギザしていますが、これは画面取り込みのせいではなく、実際に合計誤差がわずかに変化しているのです。

 このようにして、斜めの較正曲線と太線が交差する点(交差点)が得られます。テキストファイルから、1,878, 1,839, 1,828 ,1,788,1,784 cal BCの5点であることがわかります。しかし、これらの交差点だけが較正値として意味を持っているわけではありません。

 上下の誤差線との交点がそれぞれ、較正年代の上限値、下限値を示しています。この例の場合は、較正曲線がギザギザしているために、分離した三つの領域ができてしまいます。2,127〜2,083、2,042〜1,676、1,674〜1,621 cal BCの三領域です。これらの領域に挟まれた、誤差線の外側にある部分も、完全に確率がゼロではないので、交差点法では、連続した年代区間を採用します。結果として2,127〜1,621 cal BCが2σ(確度95%)の暦年代となります。

(2)確率分布法(probability distribution法)

 炭素14年代値について、別の較正プログラムOxCal 3.5(Ramsey, 2000)を用いて換算してみましょう。図6に出力を示します。

図6 暦年較正(確立分布法)

 中央に左上から右下に走る二つの線が、較正曲線の誤差の上限、下限を表しています。左側縦軸の山が、測定した炭素14年代値とその誤差範囲に含まれる各年代値における確率分布を表しています。3,517±89BPという値が意味するのは、3,428〜3,606の値ということではなく、実はそれぞれの年代値にこうした確率の違いがあるのです。そして、1σの犯意、3,428〜3,606の範囲の面積が、全体の68%を占めているのです。つまり、真の値がその範囲に入る確度が68%ということになります。炭素14年代の中心値3,517 BPが確率分布の山の頂点にあります。ここから右に水平に線を延ばして、較正曲線と交差した点から較正年代に換算する(垂直に線を下ろして較正年代を求める)ときに、最も確率の高い点になります。このようにして、左側の山の高さに相当する、確率の大小を較正曲線と交差した点で垂直に下ろして横軸上に転写しながら、順次、確率を足しあわせていくと、幅が広がった黒い山が得られます。これが、較正年代値の確率分布曲線です。全体の山の面積(確率1)に対して、68%の面積を占める範囲が、1σ、つまり確度68%の較正年代範囲となるのです。95%の部分をとれば、2σの較正年代範囲となります。

 なお、較正年代値の確率分布曲線が幅広くなるのは、較正曲線がギザギザしていることと、誤差を含む二本の較正曲線の中にも、中心が最も高い山となる確率分布をもっているためです。上記のように、中心値から右に水平に線を延ばすと、この二本の誤差曲線と交差するので、それぞれの点から垂直に線を下ろすのですが、誤差曲線の中にも確率分布の山があるので、左の一点から出発して、それに交差した点で垂直に線を下ろしたときに、二本の誤差曲線の中央から下ろした点を頂点にした山が、横軸に描かれることになります。これを足し合わせて山を描くので、必然的に横軸にできる山は、変化に富むものになるのです。

 以上、TKa-12151の年代値をまとめると、次のようになります。ここでは、確度68%の較正値を示します。[表b]

表b

 この試料の場合は、どちらのプログラムでも、また、どちらの換算方法でも、ほぼ同じ暦年代が得られています。しかし、テキストで打ち出された換算結果と、図示された換算経過の情報は、その中身の濃度がかなり違うことがわかってもらえると思います。

【年代値の意味するもの】

 この木像は、美術館のカードの記載では、「12王朝 B.C. 18世紀」と書かれています。エジプト中王国時代の第12王朝は、1990BC頃とされ、その後、1680BCにヒクソスがエジプトを占領して、異民族王朝を樹立したといわれています。

 較正した暦年代は、記載されている時期に相当します。

 当初、一木作りと考えていたので、無難な一ヶ所からしか資料採取をしませんでした。その後、X線透過像の観察・分析によって、いくつかの部分の接合によって作られたものであることがわかりました(解説編参照)。試料を採取した右足先は、本体背側の部材と一体のものであり、その先端部に位置していることがわかりました。今後、他の構成部分についても年代測定を行うことも検討していますが、本物と考えていいでしょう。

 また、エジプトでは、木の彫像の材料として、シリア方面から輸入されたレバノンシーダ(ヒマラヤスギ属)や、ホソイトスギ(イタリアサイプレス、イトスギ)が、使用されたともいわれているので、樹種鑑定も行う予定です。

☆同種資料 エジプト彩色木棺のふた

これも、ブリヂストン美術館の収蔵品です。幅43cm、長さ110cm。「第20王朝、ca 1200BC」という記載があります。[表c]

表c

 第20王朝は、1,170〜1,020BC頃です。年代値は、合致しています。年代としては、第22王朝(945BC〜)まで相応します。


中世写本(ヴェラム紙)——同年代のものが何点か存在する場合


 二つ目の例は、同じ年代とされるものが複数個測定できる場合です。

 ヴェラム紙(羊皮紙)に手書きしたもの、AD1360年頃とされています。同時代とされる、A、B二枚の標本から資料を採取しました。辺縁部をナイフで細長く切り取ります。Aについては、41mg、Bについては、二ヶ所から、それぞれ9mg、16mgを採取しました。

 木像と同様に、測定用グラファイトを調製しましたが、羊皮紙は、酸塩基に弱いので、AAA処理では、希薄溶液で処理しています。[表d]

表d

【暦年較正】

 三つの資料が同一の年代のものとして、計算することが出来ます。中心値がばらついた場合でも、平均的な値が求まり、測定回数が多くなる結果、誤差を小さくすることができるのです。これにより、暦年代の幅が小さくなることが期待できます。

 結合したデータは、587±53BPとなり、これをもとに、暦年に較正します。[表e]

表e

 ちょうど1360年を中央とした暦年代が得られています。68%の確度では、較正年代は二つの領域に分かれ、前者の年代である確立が51%、後者が17%で、合計68%になります。1,300 cal ADから1,400 cal ADにかけて、較正曲線に谷と山があるために(図6-2)、頑張って測定誤差を小さくしても、暦年代の幅はあまり小さくなりません(『キリストの顔』参照)。


『聖母子像』(板絵)と額縁——年輪構造をもつ場合


 額装された板絵で、制作時期について、14世紀中葉から1425年という見方と、1475年頃という意見がありました。また、額縁は後世のもので、16世紀初頭と考えられていました。板絵に使われている板材は、X線透過像により約100枚の年輪を有する柾目構造をもつものであることがわかっていました。そこで、画面の上下方向に年輪が走っていたので、画面裏側の両端から測定のための資料を採取することにしました。裏面の右端から資料①63mg、他の端から資料②23mgの資料を、カッターナイフで削り取りました。また、資料③として額縁から21mgを同時に採取しました。年輪資料でしたが、セルロースを精製する操作はせずに、通常のAAA処理を行い、セルロース成分を測定しました。[表f]

 
表f

【年代値に意味するもの】

 まず、資料③額縁の年代は、だいぶ範囲が広くなりますが、16世紀と考えてもよいでしょう。

 板材については、資料②が幹の外側、つまり資料①より新しい年輪ということになります。樹皮に近い部分は削られて使われなかった可能性もありますので、伐採され板材にしたのはこの年代より後であるということになります。約100枚数えられる年輪をもとに、資料②だけを使った暦年較正より、誤差を減少させ確度を増す方法があります。暦年較正プログラムでは、自動的にやってくれますが、手動でやる方が理解しやすいでしょう。図7を見てください。左側の大きな長方形が資料①の確度95%の範囲、中に二つある小さな四角が確度68%の範囲です。右側には、資料②の範囲があります。両方の差が、100年ということですので、横軸の100 cal ADと同じ幅に印を付けた定規を作ります。確度95%の場合は、資料②に飛び地があるので、あまり効果はありませんが、確度68%では、資料②の右側の四角は、100年の長さが、資料①の四角に届かないので、棄却されます。この図にも、実は確率分布の三次元の山が隠されているので、厳密にはもう少し厄介な作業が必要になります。それを、暦年較正プログラムで計算すると、手作業とほぼ同じような図8が得られます。この手法は、年輪だけでなく複数個の資料についての年代差がわかっている場合に適用できます。[表g]

図7 年輪差による較正
図8 年輪差による較正
表g

 したがって、この資料は、15世紀半ばのものと考えてもよいことがわかります。新しくても、16世紀半ばということになります。この資料の年代のあたりは、ちょうど較正曲線がギザギザしていて、暦年代の山が割れてしまっていて、劇的な効果は見られませんが、このような方法を使うことで、較正して得られる年代値の幅を縮めることが出来ます。

 このような年輪構造をもつ資料では、片側だけを測れば、50%の確率で古い年代が得られることになります。資料①の年代を使えば、約1世紀古い、14世紀〜15世紀前半ということになります。きわめて非科学的な、罰当たりな言い方をすれば、古い値が欲しいときには、一か八か、一点の資料を測定してみればいいわけです。ただ闇雲に試料を採取したのでは、間違った年代が得られることになるのです。ほんとうに正しい年代を決定するためには、資料をよく吟味して、測定試料を採取する必要があります。

 なお、この板絵の柾目構造が三木の中心を中間にもつ可能性もありますが、年輪パターンの検討により排除しました。念のため、年輪中間部の資料を測定する予定です。


『キリストの顔』——新しい方が、古い年代?


 ブリヂストン美術館所蔵の木彫で、一本の丸木から削りだしています。14世紀、北部フランスのものとされていました。木彫の底面で約60枚の年輪を数えることができたので、底面の芯材部分から、57mg、底面の周縁部から62mgを、のみを使って削り取りました。

 測定したところ、それほど古いものではなく、14世紀の作品ではないことがわかりました。また、芯材と周縁部の年代が、逆転していて、新しいはずの周縁部の方が、古い年代を示していました。AD1700から1950では、較正曲線にはいくつかの山があって、60年くらいの年代幅では、時代によって年代値が逆転することがわかりました。そこで、中間の年輪部分から資料を採取して、合計四資料について、測定をすることにしました。周縁部に近いAから75mg、芯材に近いBから92mgを採取しました。これらの計四資料は、それぞれ複数回測定しているので、先に述べたようにそれぞれのデータを結合しました。[表h]

表h

 資料1の暦年較正の結果を図9に示しますが、1,700 cal ADから1,950 cal ADまでほとんど横一線で、いくつかの山があるのがわかります。一つの資料だけを使っていては、どんなに測定値の誤差を小さくしても年代を特定できない領域です。ちょっと乱暴ですが、四つの年輪の間のギャップ、つまり年輪の枚数を使って、『聖母子像』と同じ処理をしてみます。結果を図10に示しますが、図9では見えていた17世紀の可能性はなくなります。[表i]

図9 キリストの顔 暦年較正
図10 キリストの顔 暦年較正
表i

 1760年前後という可能性は捨て切れませんが、図9の分布の中心を見ると、19世紀後半という値が妥当な年代かもしれません。


中国戦国時代、楚の竹簡——現代の材料を使った贋物の場合


 最近では、1996年7月から11月にかけて中国の湖南省長沙での古井戸の発掘調査の際、木簡と竹簡が数万点出土しています。呉の年号「嘉禾」の紀年が多くみられることから、三国時代、呉の嘉禾年間(232〜237年)頃の物であると考えられています。出土点数は、これまでに発掘された木簡、竹簡の総数をしのぐものとみられています。

 これに対して、戦国時代の竹簡の出土例は、楚(または楚文化圏)のものが9件、合計約1300本、秦のものが若干知られている程度です。

 これらとは別の新たな楚の竹簡についての情報が1995年初め日本国内で流され、7月大阪での「即売展」に現物が登場しました。東京でも類似したものが流通しましたが、9月になると香港ルートといわれるものが数百本単位で出回るようになりました。その頃はまだ大きな問題とならず、このルートのものは、東京の書道関係者が800本購入したといわれていました。さらに3900本が持ち込まれるという事態になって、さすがに疑念が生じたため、この段階で学内の研究者から話を聞き、年代測定を行うことにしました。

1995年7月大阪“即売展”長さ35cm、幅5mm(18、9字)
           8本1セット 50〜60万円
    東京の美術商長さ42cm、幅5mm
   9月 香港ルート長さ32cm、幅5,6mm(12、3字)
     800本+3900本(油漬け、水漬け)

 1995年9月21日に大阪ルートと思われる資料の提供を受けました。海外の贋作作りはかなり本格的で、その時代の素材を使い加工・細工をする場合もあるということなので、まず実体顕微鏡などを用いて、仔細に観察しました。竹材は厚さが0.2mmできれいに割かれていましたが、毛羽立ちや末端部分での表面剥離がみられました。墨書部分はいくらかにじみがあり、光沢をもち盛り上がりがある場合と、無光沢であるものがありました。無光沢の場合にも、松ヤニのような付着物がみられることもありました。

 そこで、まず竹材のみを測定し、問題があれば墨書の顔料や上記付着物を測定することにしました。文字のない部分44mgを使用し、表面の被膜を溶解するため、アセトンを加え超音波洗浄を5分間2回繰り返しました。効果をみるために洗浄液はまとめて蒸発乾固したところ黄色沈殿物が残っていました。この後、AAA処理(1.0M塩酸で90℃4時間、1.2M水酸化ナトリウム水溶液で90℃合計8時間、1M塩酸で90℃2時間加熱)をして、アルゴン気流下、石英ビーカー中で400℃1時間加熱、熱分解して無定形炭素としました。化学処理後の質量6mg、炭化収率は37%でした。これを銀粉と混合し、ハンドプレスによりカソードに詰め、9月29〜30日に、ビームモニター法により測定を行います。AMS装置は、かなり不安定で正確な値を得ることが困難でしたが、前後を標準資料ではさんだ測定を行った結果、資料はΔ14Cの値が、+100‰を上回る値を示し、現代の竹を用いた作品であることが判明しました。

 このような贋物、つまり現代の材料を使っているときは、装置の状態が不安定でも、簡単にばれてしまいます。なぜかというと、1964年以降は、核実験で大量の炭素14が放出され、1964年には、大気中の炭素14濃度が、通常の約2倍にまで増加しているからです。その後、減少はしていますが、まだ、通常のレベルまで戻っていません。つまり、これらの試料は、炭素14を多量に含んでいるので、未来の年代を示すことになるのです[図11]。

図11 1960年以降の炭素14濃度

 しかし、装置が不安定であること、ルートにより形状その他が異なる点を考慮して、11月1日に新たに流入経路が異なる3資料を受領し、測定することにしました。また、この際、標準資料とは別に、焼き鳥の竹串を対照資料として用いました。測定試料の調製方法は、初回とほぼ同じですが、水酸化ナトリウム水溶液の濃度を10分の1とし、熱分解は真空中で行いました。

 1995年12月末に行った測定の結果、東京のものを除いた3種類4資料については、有意な差は認められず(棄却率5%)、東京のものだけが、別のグループのものである可能性があるという結果が得られました(書道美術新聞、1996)。いずれにしろ、現代の作品であると結論され、内容の解析からも、包山竹簡をお手本に、現代の竹に模写したものであると推定されるに至りました。墨書部分を測定する必要はなかったのです。

 その後、AMS装置にさまざまな改良を加えた結果、装置のパフォーマンスが飛躍的に向上したので、今回、これらの試料を再測定してみました。[表j]

表j

 やはり、大阪ルートと香港ルートはよく一致した値を示しています。東京ルートは、2σでやっと香港ルートにふれあう程度で、両グループは異なった材料を使ったと見た方がいいでしょう。

 また、名古屋大学でも、1998年に同様の竹簡について測定がされ、ΔC-14=167.4±12.5パーミルという値を得ています(小田、1999)。大阪・香港ルートのものに近い値です。

 AD1950年以降の大気中の炭素14濃度の測定(図11;Meijer et al., 1995)、およびヨーロッパ・ワインの炭素14濃度(Martin et al., 1995)などを参考にすると、大阪・香港ルートは、AD1981〜1990年に生成した竹材、また、東京ルートのものは、もう少し古いAD1979〜1984年頃のものと推定されます。あるいは、両者とも、炭素14濃度の変化が大きい、AD1960前後のものである可能性も残されています。


年代測定のすすめ


 破壊分析という本質は変わりませんが、AMS法によって極微量でも年代を決めることができるようになって、これまで測定させてもらえなかった貴重な資料も提供されるようになりました。最も有名なものは、トリノ大聖堂の『聖骸布』でしょう。ゴルゴダの丘で、磔にされたイエスの遺骸を包んで運んだとされているものです。キリスト教徒にとっては、貴重この上ない聖遺物である、この布の一部が切り取られて、世界の三研究機関に送られ、布の年代が測定されました。結果は、95%の確度で、AD1260〜1390のものであることがわかりました。AD4の頃のものではなかったのです。つまり、真っ赤なにせ物でした。布に浮き出したイエスの像といわれるものが、顔料も使わず、しかもネガの形で、こんな時代にどのように作られたのか、という謎は残されていますが、年代の結論は決着したものと考えていいでしょう。

 ここで、特筆しなくてはならないことは、これほど貴重な遺物が、比較的大胆に切り取られ、分析に充分な量の資料が、一カ所ではなく、三研究機関に提供されたことです。ほぼ16×81mmが切り取られ、その半分が、測定に提供されました。それぞれの研究機関で、約50mgの布を入手しています。これだけの量があったので、それぞれ3〜5個の測定資料を調製して、精密な測定を行うことが出来たわけです。

 これは、是非とも見習いたい点です。資料採取によって、原資料は傷つくわけですから、資料を採取するからには、充分な精度で測定ができるだけの量を確保しなくてはなりません。中途半端な量では、資料をいたずらに傷つけるだけで、満足な値が得られないことになります。もちろん、美術的な価値を傷つけるような、資料採取は論外ですが、資料を削り取った後に、誇らしげに、年代測定に提供された旨のラベルを貼るような状況を作りたいものと思っています。


補遺(APPENDIX)


炭素14年代測定法のからくり

 炭素は動植物の体を作っている主な元素で、重さ(質量数)が違う三種類の原子があります。炭素原子のうち99%を一番軽い炭素12が占めています。数字は重さ(質量数)を表します。ついで炭素13が1%、一番重い炭素14がわずか1.2×10^(-10)%、約1兆分の1だけ存在しています。炭素14は放射性で、電子(β線)を放出して壊れて、別の原子(窒素原子窒素14)に変わります(この現象を放射性崩壊といいます)。この現象は、きわめて規則的に起こり、一万個の炭素14原子(C14、C-14とも書きます。Cは炭素原子です)があると、その数が半分の5千個になるのに、5730年かかることが知られています(この時間を、半減期と呼び、炭素14の半減期は5730±40年です;Godwin、1962)。つまり、非常に正確な時計の役割を果たすことができるのです。崩壊し続けると、炭素14はなくなってしまうと思われるかもしれませんが、心配無用。大気上層部で日夜絶え間なく製造されているので、壊れる量とできる量がちょうど釣り合って、いつもほぼ一定の量が存在することになるのです。

 地球には、宇宙線が降り注いでいて、これがはるか上空の空気と衝突して中性子と呼ばれる微粒子ができます。さらに、この中性子が空気の中にある窒素原子と衝突して、炭素14原子が生成するのです。炭素14原子は、まわりの酸素と結びついて二酸化炭素となり、普通の二酸化炭素と一緒に一定の割合を保ったまま大気中に拡散していきます。また、二酸化炭素は水に溶けるので、海水や河川・湖沼の水の中にも、この割合で、炭素14原子を含む二酸化炭素が存在していることになります。

 光合成(炭酸同化作用)をする植物は、この二酸化炭素を取り込むので、植物組織の中にも同じ割合の炭素14原子を含むことになります。また、この植物を食料とする動物や、食物連鎖を構成する動物・人間も同じ割合の炭素14原子を含むわけです。植物も動物も生きている限りは、その組織の炭素の中に1兆分の1の炭素14原子を持っているのです。これらの生物が死んでしまうとどうなるのでしょう? 新たな炭素の取り込みがなくなるので、その時点から、炭素14は壊れる一方と言うことになります。5730年でその割合が半分になるのですから、遺物の中にあった1兆分の1の炭素14が1兆分の1の半分、2兆分の1だけ残っていることがわかれば、その生命体は、5730年前に生命活動を停止した、ということがわかるのです。これが、炭素14年代測定法の原理です。

壊れるのを待つか、残りものを数えるか

 この方法を考え出したのは、アメリカのリビー博士です。自然界に存在する天然の炭素14を見つけます。博士は、宇宙線によってつくられる放射性の炭素14原子が自然界に存在することを予言し(Libby、1946)、翌年、実際にこれを示したのです(Anderson & Libby, 1947)。当然この中で、年代測定の可能性に言及し、博士はすぐさま古代エジプトなどの年代がわかっている資料の測定を行い、その有効性を実証して見せました(Arnold&Libby、1949)。その後、精力的に世界各地の考古学資料などを測定し、1951年に第一報(Arnold et al., 1951)、第二報(Libby, 1951)と次々に年代値を世に送ることになります(1960年ノーベル化学賞受賞)。

 博士は炭素14が壊れるときに放出するβ線を数えたのですが、半減期が長いので短時間ではほんの少しずつしか壊れません。1gの炭素を測ると、炭素14濃度が最も高い現代炭素でも1分間に約14個、3万年前の資料になると、0.4個しか壊れません。私たちの身の回りには宇宙線をはじめとして、結構たくさんの放射線が飛び交っているので、4〜5秒に1個の電子を数えるのは至難の業です。資料が古くなれば、その数はさらに少なくなるわけです。本館の年代測定室では、資料からアセチレンガスを合成し、容量2リットルの気体比例計数管を用いて測定していますが、周囲を厚さ25cmの鉄板(合計約6トン)で囲い、反同時計数法という工夫をして、約3〜4万年前の資料まで測定しています。これが、従来のβ線計数法です。東京大学では1960〜1962年にこの方式による炭素14年代測定装置を購入し、測定を開始し、現在4代目の装置が動いています(吉田、2000)。

 これに対して、壊れないで残っている炭素14は、3万年前のものでも1gの炭素中に16億個もあります。これを数えようというのが、加速器質量分析(AMS)法です。1977年に提案され、東京大学でも原子力研究総合センターのタンデム加速器を用いて1980年から開発を始め、1985年から炭素14年代測定を行ってきました。その後、タンデム加速器を更新し、1999年秋から新しい装置による測定が、ほぼ定常的にできるようになっています。この方法は、大がかりな装置を使わねばならないのですが、β線計数法に比べて、三つの特徴をもっています。

(1)測定に必要な試料が約千分の一となり、1mg程度の極微量ですみます。
(2)6〜7万年前まで測定可能です。
(3)測定時間が短く、30分〜1時間程度で測定できます。

 破壊分析という本質に変わりはないのですが、極微量の資料で年代測定ができるということで、従来測定させてもらえなかった貴重な資料も提供されるようになり、さまざまな分野で新しい試みがなされています。ここ数年、東京大学をはじめ国内のいくつかの研究機関で導入されている新型装置は、さらに精度よく年代を決定出来ることが期待されています。測定誤差が1%のとき、年代値の誤差は±80年になりますが、5千年前の試料なら30分程度測定すればよいことになります。

測定試料の調製

 年代を正確に決めるには、目的とする生命遺存体の炭素だけを取り出す必要があります。そのときに、最大の敵は、現代の炭素14濃度が最も高いということです。空気中に漂う塵埃を混入させないようにしながら、埋蔵中に付着・浸透したものや、保存中の汚染を取り除かなくてはなりません。化学的にこれらの汚染を除くために、酸—アルカリ—酸処理(Acid-Alkali-Acid、AAA処理と呼ばれる)を行います[図1]。

(1)化学処理試料の切り出し …… 測定部分の選択
 風乾、または50℃で乾燥後、秤量します。表面部分は、さまざまな要因によって汚染している恐れがあるので、メスによって切除します。
(2)AAA処理[酸—アルカリ—酸処理] …… 汚染の除去
 埋蔵中の汚染を除くために行います。すべての操作は、10mlガラス製ねじ口(テフロンライナー)遠沈管中で行い、遠心分離により上澄み液を分離して、パスツール・ピペットで溶液を除きました。
(2-1)酸処理【主として埋蔵中に生成・混入した炭酸塩を溶解・除去します】
 1M塩酸を加え80℃で6時間加熱した後、ミリ-Q水で洗浄します。
(2-2)アルカリ処理【フミン酸等の酸性物質を溶解・除去する】
 試料の状態に応じて、0.005M〜1.2M水酸化ナトリウム水溶液により、室温〜80℃の処理を行います。水溶液が着色しなくなるまでこの操作を繰り返します。
 ミリ-Q水で溶液が中性になるまで、繰り返し洗浄します。
(2-3)酸処理【アルカリ処理中に生成した炭酸塩を溶解・除去する】
 1M塩酸で、80℃、2時間加熱し、最後に塩酸が完全に除去されるまでミリ-Q水で洗浄します。
(2-4)乾燥
 試料は、遠沈管中で、80℃に加熱、乾燥します。
(★)α-セルロースの精製
 木材試料の化学処理は、通常、上記のAAA処理を行って、セルロース成分を取り出します。この処理法で得られる成分には、リグニンやタンパク質などが含まれています。木材の樹幹部分ではセルロースは移動しませんが、リグニンなどの物質は、年輪の間を出入りすることが知られています。このような影響を除くには、α-セルロースを単離する必要があります。年輪ごとの測定を行うときなどは、この処理を行いますが、今回は、この処理を省略しました。
(★-1)エタノール・ベンゼン処理
 エタノール:ベンゼン=1:2の溶液を試料に加え、AAA処理を行った試料に加え、2時間常温で放置します。
(★-2)エタノール洗浄
 エタノールで充分(4〜5回以上)洗浄し、ミリポア水で洗浄します。
(★-3)酢酸・亜塩素酸塩による漂白
 5%酢酸+5%亜塩素酸ナトリウム水溶液の混合溶液を加え、80℃で適当な時間、加熱します。
(★-4)洗浄・乾燥
 ミリ-Q水で洗浄し、80℃で乾燥します。
(3)酸化 資料中の炭素を二酸化炭素にする …… 二酸化炭素の生成
 C + 2CuO → CO2 + 2Cu
(3-1)試料を石英ガラス小管に挿入
 炭素量として1〜2mgを含む試料を、外径6mm、長さ50mmの石英ガラス小管に入れます。
(3-2)酸化銅と共に、封入
 1gの線状酸化銅(II)を加えた後、外径9mmのバイコール管に挿入し、銀箔を小管の上に置きます。硫黄が含まれている場合は、銀によって硫黄化合物が除去されます。
 真空ラインに接続して高真空(10-6mmHg)に排気し、プロパンガス・酸素バーナーで封じ切ります。
(3-3)酸化
 これを電気炉に入れ、500℃に30分保った後、850℃、2時間加熱し、試料中の炭素を完全に酸化し、すべて二酸化炭素に変えます。
(3-4)二酸化炭素の精製
 バイコール管を真空ラインのクラッシャーに接続し、バイコール管を割り、液体窒素で真空ラインのトラップに集めます。
 液体窒素—エタノール混合物と液体窒素の温度差を用いて、水分などを除去、二酸化炭素を精製します(液体窒素—エタノール半解120℃前後、液体窒素半解195.8℃)。
(4)還元 二酸化炭素からグラファイトを得る …… グラファイトの生成
 CO2 + 2H2 → C + 2H2O
(4-1)高純度鉄粉の秤取
 325メッシュ(40μm)の高純度鉄粉(99.9+%Aldrich試薬)約1mgを秤取します。
 外径6mm、長さ15mmの石英ガラス管に入れます。
(4-2)鉄の予備還元
 これを外径9mmのコックを付けた石英ガラス管に入れ、真空ラインに接続、高真空に排気します。
 高純度水素ガス(99.99999%、日本酸素製)を約0. 5気圧導入し、コックを閉め、真空ラインから取り外します。
 450℃で1時間加熱し、鉄粉中に生成している恐れがある酸化物を還元して、鉄に変えます。
(4-3)二酸化炭素の導入
 コックつきバイコール管を再び真空ラインに接続し排気します。
 炭素の質量として約1mgに相当する精製した二酸化炭素を液体窒素トラップにより鉄粉が入ったバイコール管に導入します。
(4-4)水素ガスの導入
 二酸化炭素の2.1倍の物質量(mol)に相当する高純度水素ガスを加え、バーナーで封じきります。
(4-5)二酸化炭素の還元(鉄触媒による水素還元法)
 鉄粉が入っている小石英ガラス管の部分(底部約2cm)だけが加熱されるようにマッフル炉に入れ650℃で6時間以上加熱し、二酸化炭素を還元してグラファイトに変えます。
(5)グラファイトをカソードに詰める …… カソード詰め
 バイコール管の破片が混入しないように注意して、バイコール管を割り、鉄—グラファイト粉末(混合物)を取り出し、秤量します。アルミニウム製カソードの内径1mmの穴に入れ、50kgfの力でプレスして測定用試料とします。

測定

 測定は、東京大学原子力研究総合センターのタンデム加速器研究設備に設置されているAMS装置を用いて行います。5階建の建物に収容されている巨大な装置です。

 図12をもとに、何を、どのように測定するかを概観してみます。

図12 AMS装置の概要

 イオン源から検出部までは、ステンレス鋼でできたダクトでつながれ、中は高真空に保たれています。まず、イオン源に装着したカソードに詰めてある〈グラファイト+鉄粉〉試料に、金属セシウムのビームをあて、炭素の負イオン(C-)をたたき出します。タンデム加速器の中央電極は+五〇〇万ボルトの電気を持っているので、反対符号の炭素負イオンは引っ張られ、加速されます。このままでは、イオンは中央電極で止まってしまいます。中央電極付近に、極微量のガスを流しておくと、負イオンが通過するときにイオンが持っていた電子がはぎ取られて、正の電荷を持った正イオンが生じます。その結果、同じ符号の電気同士の反発力で、イオンはさらに加速されます。このように、続けて二段の加速が行われることから、タンデム加速器と呼ばれます。

 高速になったイオンは、分析電磁石で選別され、炭素14は、不純物イオンを除いた後、半導体検出器で、一個一個数えられます。

 原理のところで見たように、年代値を求めるには、炭素14の割合が必要ですので、炭素12、炭素13の値を次のようにして測ります。加速器に入射するイオンを、高速で切り替えるようにして、加速した後に電磁石で曲げられるとき、同じ電気をもつ重さが小さいイオンは、より大きく曲げられる性質を利用して、炭素14とは違うコースを通るようにします。炭素12、炭素13は、数が多いので、ファラデーカップと呼ばれるものを使い、電流を測定して、その個数を算出します。このようにして、炭素14と炭素12の比(炭素14と炭素13の比)を求めるのです。

(1)測定条件
加速電圧 5.000MV(5000万ボルト)
高速逐次入射法(ジャンピング法);各イオンを順次入射し、加速後、それぞれを測定
炭素13 0.001秒
(4+)イオンについて、ファラデーカップにより電流を測定
炭素12 0.0003秒
(4+)イオンについて、ファラデーカップにより電流を測定
炭素14 0.1秒
(4+)イオンについて、半導体検出器を用いてエネルギー分析した上で、イオンの個数をカウント
 このシークエンスを6000回繰り返し(炭素14の測定時間の合計は600秒)、1回の測定とします。
 この測定を3回行います。
 荷電変換後の炭素4+を用いて炭素14と炭素12の比および炭素14と炭素13比を測定しました。

(2)測定誤差
 試料ホルダーには、アルミ製カソードが40個装着できるので、標準試料を数個、バックグラウンド試料を1個、残りは測定用試料を装着して測定を行います。40個の試料について6000サイクルの測定を順番に行い、一般にこの測定を3ターン繰り返します。各資料についての3回の測定値の平均値と標準偏差を求め、個々の測定値が平均値に対して1〜2σの範囲をはずれるときは、場合によっては、その資料について再度測定します。3回の測定の平均値の誤差は、統計誤差から求めた値と、三つの測定値のばらつきから求めた不偏分散の平方根(標準偏差)を比較して、大きい方を誤差としています。

 使用しているイオン源では、炭素負イオンの電流を20μA以上得ることができますが、タンデム加速器の性能が追いつかず、高電流では安定な測定ができません。この測定では、炭素12の負イオンを5〜8μAにして測定していて、標準試料6000サイクルの測定で、1〜2万個の炭素14が計数できます。標準試料の1回の測定における統計誤差は、1〜0.7%となります(統計誤差;n個の計数で√(n/n)となります)。3回測定すると計数は3倍になり、約0.5%の統計誤差となります。また、今回測定した資料の場合、1回の測定で数える炭素14の数は5,000〜20,000カウント前後でなので、3回の測定で統計誤差は0.4〜0.8%となり、30〜60年程度の誤差が生じます。両者の誤差を合わせて、約0.8〜1%(±60〜80年)の誤差が存在することになります。これを超える誤差が付く場合は、3回の測定値がばらついたことを示しています。炭素14年代測定では、1%の測定誤差が±80年の誤差に相当します。

(3)標準試料とバックグラウンド
 標準試料は、米国NISTシュウ酸(SRM4990C Oxalic Acid II、HOx IIと表記する)を用い、補助的にANUスクロース(IAEA C6と同じもの)を併用しました。試料調製を含めたAMSシステムのバックグラウンドは、国際原子力機関(IAEA)発行の標準試料C1(marble 大理石)から作成した測定試料を用いて、推定しました。通常は、高純度試薬グラファイト粉末(99.9999% 200 mesh Johnson Matthey社製)を高純度鉄粉末と混合し、バッググラウンド試料として用い、測定しています。通常、14C/12C=5.0×10^(-16)で、約6万年BPに相当します。すべての測定試料の測定値から、このバックグラウンド値を差し引いて、年代値を算出しています。

(4)同位体分別効果 δ13C
 暦年代への較正を行う前の放射性炭素年代値は、δ13C=25‰(パーミル、千分偏差)に換算して報告することが要請されています(Stuiver and Polach, 1977)。同位体分別効果、δ13C値について、通常、木材と炭化材は、25‰から大きくはずれることはないので、このことを考慮する必要はほとんどありません。δ13Cは、標準物質であるPDB(白亜紀の矢石類の化石)の炭素13と炭素12比を基準(=0)として、それからの千分偏差で表します。同位体分別効果は原子の質量に依存しています。炭素13と炭素12原子は同じ炭素の原子で、化学的な振る舞い(反応性)は同じですが、その質量がわずかに違うために、化学反応の反応速度が異なる場合があります。軽い原子の方が、反応速度が速くなる場合を、正常効果と呼びます。測定しようとする物質に含まれる、炭素化合物の炭素13と炭素12原子(もちろん炭素14原子も)は同じ化学反応を経験しているので、もしこの効果が生じているときには、次のように考えられます。炭素13と炭素12原子の質量数の差が1なのに対して、炭素14と炭素12原子の質量数の差は2なので、炭素14と炭素12の比の変動は、近似的に炭素13と炭素12比の変動の2倍になると考えられます。したがって、δ13Cの値が5変動すると、年代値は80年動くことになるのです。化石木、木炭のδ13Cは、報告によると−22〜−26‰であるとされています(Stuiver, et al. 1977)から、補正をしないと最大50年古い年代値が得られることになります。

 測定は、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻に設置されている、MAT252(Finnigan MAT)のデュアル・インプットシステムを用いて測定しました。測定試料と、標準試料を交互に各6回測定し、δ13Cの値を求めました。測定誤差(標準偏差)は、±0.01です。標準試料ガスは、オズテック社製CO2を用いています(Oztech Trading Corp.;δ13C=−10.09 PDB)。

 今回は、『中世写本零葉』が最大値、−21.3‰を示しており、この補正値を用いない場合(−25‰とした場合)に比べて、3.7‰の2倍、7.4‰(0.74%)だけ古い年代、つまり、80×0.74=59年、古い年代を示すことになります。

 半減期はLibbyの値5568年により年代を決定しました。

 東京大学放射性炭素年代測定室による炭素14年代測定値には、従来TK番号が付されてきました。AMS法による年代値には、新たにTKa番号を付し、従来のTK番号はβ線計数法による年代値に用いることにしています。



【文献】


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新聞:書道美術新聞、1996、平成8年2月11日号(美術新聞社)
★ なお、原子力研究総合センターにおけるAMS測定は、松崎浩之、中野忠一郎、前島勇治、春原陽子、山下博の方々の協力によって行われています。




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