生命の科学


緒言

地球上には植物、動物、人間と多くの生命が存在している。生命がどうして誕生したか、人間が病気になったときにどう直すか。生命に関する疑問は尽きない。学問は生命についてチャレンジを繰り返してきた。自然科学だけでなく、哲学的なアプローチも含めてである。特に近代になってからは、科学的な分野での歩みが著しい。人類何千年の歴史の中で、ここ数十年でのブレークスルーの連続は目を見張るものがある。マクロの博物学的な生命感から、ミクロの分子生物学的な生命感へと移り変わるにつれて、学問としての生命理解は深まった。

しかし、同時に一般の人々がもつ生命感との乖離も問題になってきている。酵素の分子形状によるその働きの理解と、子どもの誕生の喜びを連続したものとしてとらえることは難しい。生命倫理上、解決しなければならない多くの問題が生まれているが、そこにも一般の人々が持つ生命感と生命科学の乖離が影を投げている。いまだにクローン羊の成功をヒットラーの再生につなげるような粗雑な議論がまかりとおる——それぐらい、一般の理解は追いついていない。また、専門家も人々に届く言葉で、生命の科学を語る方法を確立していない。

このような現代、生命科学全般について、人々に届く言葉で情報を伝えるための展示会を行うことは、世界的関心事となっている。今回、英国年という機会に、英国のウェルカム・トラストと東京大学が協力して生命の科学に関する展示を行うことができたことは、喜びにたえない。本展示は三部構成となっている。植物、動物をベースとした近代生命科学のルーツから最先端までの第一部を東京大学各所で行われている長年にわたるチャレンジを中心に紹介した。生命の中でも最も一般の関心が高い人体については、第二部としてウェルカム・トラストが英国で行っている恒久展示をベースにした展示を行っている。そして、それらの基礎の上に立ち、病気治療などの応用的研究を行っている東京大学の医科学研究所——そのルーツから、その先端研究までを第三部として紹介している。

専門外の人でもわかるようにマルチメディアテクノロジーを駆使した展示や、生命科学の研究にチャレンジする人々の姿、生命の科学において何がわかって何がわかっていないか——様々な切り口から、本展示が生命の科学に対する興味を持つきっかけになれば幸いである。

坂村 健
生命の科学展実行委員会委員長
東京大学総合研究博物館教授



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