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せんだいメディアテークの構造

佐々木睦朗・佐々木睦朗構造計画研究所


仮説の設定:構造コンセプトの立案

伊東豊雄氏のスケッチ
1995年1月23日
空港からファックスにて送られた伊東豊雄氏のスケッチ
コンペのもっとも早い時期に建築家の伊東豊雄さんから建築的ビジョンを表現した一枚の衝撃的なスケッチを受け取る。不定形なチューブが海藻のようにゆらゆらと揺れながら数枚の薄いプレートを支えているという、およそ現実離れをしたものであった。しかし詩情溢れるその一枚の絵には僕の想像力をかきたてる強烈な力が存在していた。それは優れて抽象的な建築概念であり、それを実現するための相対概念である構造コンセプトの立案を挑発する力でもあった。未来型建築の究極的モデルとして、建築を規定するプレートとそれを支えるチューブだけで構成された、ミニマルでピュアーな構造システムを提案すること…。知識と経験を総動員することで意識の内で構造的イメージがはっきりとした輪郭を持ちだし、可能と不可能の差を峻別するスリルに満ちた幸福な時が訪れる。微小部材による立体的な分散構造など微細な構築を最近の研究テーマにしていることもあって、細径の鋼管によるHP状のラチスシェルで透明なチューブを構成し主体構造とすること、地階に地震エネルギーの吸収機構を設けること、鋼製サンドイッチ版構造で極限に薄い床を構成することなどの基本的な構造コンセプトを提案する。

仮説の検証:構造解析のシミュレーション

構造の場合、コンセプトが如何に優れていても実証や実現不可能なものでは意味を為さない。重力や地震などの自然現象に対して安全であることを工学的に実証しなければならないし、工法的・経済的に実現可能であることを検証しておかねばならない。特に前例のない特殊な構造方式の場合、工学的検証のためのコンピュータによる解析的シミュレーションは構造設計上もっとも重要な作業となる。まず仮説モデルについて基本的シミュレーションを行い、工学的判断に基づいた概算的な検討をする。仮説が正しいという確信を得た段階で、構造形状や部材寸法、基本ディテールがほぼ確定され、また様々な工学的課題に対する設計方針が確立される。さらに実施段階ではセンターの構造評定および大臣認定(基準法の第三章全てを対象)を受け、より高度な力学的課題に対して厳密な解析的シミュレーションを行い安全性の検証と確認を行っている。これらの膨大な検証作業はデザイン・スキルとしてコンピュータ・シミュレーションをフルに活用することではじめて現実に可能となる。

構造コンセプト
構造コンセプト
13本のチューブ、7枚のプレートによる明快な構成。
最下層(B1階)に組み込まれたエネルギー吸収機構により、自身エネルギーを制御している。
形態シミュレーション
形態シミュレーション
コンピュータにより、3次元の仮想空間で視覚的・力学的な検討を繰り返すことにより当初からのコンセプトへと収斂させていく。

主体構造=チューブ

チューブ(鉄骨独立シャフト)は、極限まで透明で繊細にするために微細な鉄骨部材で構成された分散的な立体構造とする。大小合わせて計13本の独立シャフト(直径2〜9m)は、細径厚肉鋼管(径139.8〜240mm、肉厚9〜45mm、FR鋼)を用いてチューブ状の立体構造を構成することによって、床を支えると同時に耐震構造体でもある主体構造を形成している。

これらのうち4本の太径の主要チューブTA1〜TA4は耐震的に塔状のキャンティレバーとして働き、地下1階を靭性型のラーメン構造、地上部を強度型の単層トラスによるHPシェルを構成することによって、構造的に高い強度と剛性を確保しながら、建築的に透明度の高い強靱でしなやかな主体構造を実現するものである。これらの主要チューブは各階とも偏心による捩じれの生じにくいように平面的にバランス良く4隅に配置している。それ以外の9本の小径チューブTB1〜3、TC1〜6は水平力に対してほとんど寄与せず主として鉛直荷重を支持する支柱として平面的に適切に配置している。

ここに、製作上の難易度と経済性を考慮し、立体的な単層トラス構造による複雑な構成のチューブは主要耐震構造となるTA1〜4だけとし、その他のチューブTB1〜3、TC1〜6は個材および全体座屈を抑えるために中間にリング上のバンドフープを設けた単純な構成のパラレルなバンドルチューブとしている。

これらのチューブは捻る、揺らぐなどの単純な幾何学的操作を施すことによって、じつは構造的によりポテンシャルの高いシステムに変換されている。円筒を捻ればHP面となり全体座屈に対して構造的により安定した形態となり、またチューブを水平にずらすことによって常時の状態でも揺らぎをもった形はいわば生体における免疫抗体のようなものであり、地震時など非常時により効果的に抵抗することができる。

床組構造=プレート

プレート(鉄骨フラットスラブ)は、強度上の問題は勿論、たわみや振動の問題を考慮した上で、スパン約20mに対して極限まで薄くすることが要求された。チューブとプレートだけで構成されたこの特殊な多層建築を成立させるためには、常時はもちろん地震時においても自重の軽量化は不可欠である。そこで効率の最も高い鋼板サンドイッチ構造(デプス40cm、格子間隔100cm、一般部鉄板厚4.5〜12mm、デスク部16〜25mm)を採用し、上面には軽量コンクリート(厚7cmもしくは10cm)を打設しシェアーコネクタを介して一体化している。この鋼板サンドイッチ構造は、13本のチューブで単純支持された50m四方の無梁版構造の応力分布状態に応じて、チューブ周辺のデスクゾーン、柱列ゾーン、そして柱間ゾーンに整理することによって、力学的合理性を反映したできるかぎり無駄のない経済的な鋼板サンドイッチ構造を実現している。

設計プロセスにおけるフィードバック

設計プロセスにおいても、電子メディアの利用によりクオリティーの高いフィードバックが行われ、更に密度の高い設計が可能になる。

チューブの幾何学(大チューブ)チューブの幾何学(小チューブ)座屈解析による座屈モード / 座屈解析シミュレーション
チューブの幾何学(大チューブ)チューブの幾何学(小チューブ)座屈解析による座屈モード / 座屈解析シミュレーション
円筒をねじることで座屈現象に対してもっとも合理的に抵抗できるHP曲面(双曲放物面)を構成した後、HP曲面の節を水平方向にスライドして揺らぎを与えている。ここに揺らぎは構造体に初期不整をあらかじめ与え、生体における免疫抗体に相当する働きを生み出している。立体線形及び非線形弾塑性座屈解析により最終崩壊までのチューブの座屈性状を確認した。

解析的シミュレーション

実施設計段階で行った検討項目のうち、コンピュータ・シミュレーションに関する項目を以下に示す。

応力解析/チューブ:鉛直・水平荷重時における立体応力解析。
プレート:FEMによる応力・変形解析、振動の検討。
熱応力解析/全体:一般的な熱応力解析。
座屈解析/チューブ:鉛直・水平荷重時における
立体線形および非線形弾塑性座屈解析。
最終破壊時の上部構造の安全性の検討。
振動解析/全体:4系列質点立体振動モデルによる入力地震波3波、
X、Y、45度方向入力によるレベル1弾性応答解析、
レベル弾塑性応答解析。
FEMモデルによるB1階の復元力特性の検討。

地震エネルギーの吸収機構

プレートの幾何学
プレートの幾何学
プレートの主応力状態に合わせて、格子グリットを基本としながらチューブとの交差部に放射状の幾何学を組み込んでいる。
大地震時における構造上の諸問題を解消するために、地下1階部分の主体構造に履歴減衰型のエネルギー吸収機構を導入している。即ち、まず一階床組と地下外周壁を構造的に分離(鉛直方向のみ支持、水平方向はローラー支持)することによって、主体構造である鉄骨シャフトの耐震上の第一層を地下1階とする。次に、強度型の地上部トラス系とは耐震性能的に対照的な靭性型のラーメン系に地下1階のシャフト構造を切り替えることによって、大地震時に入力される地震エネルギーを骨組の第一層で吸収してしまい、地下1階が降伏した後の上部構造へのエネルギー入力を軽減するというものである。

ここに第一層は円形平面をした立体ラーメンであり、この層に適切な剛性と耐力を確保するためと梁降伏型の崩壊メカニズムを明快にするために、中間に先行降伏する貫き梁を組み込んでいることおよび柱脚を鋳鋼製のピンとしている。尚、さらに二重の安全性を考えて想定を遥かに超えるような大地震にもメカニズム形成後に第一層が安定を保てるように、一階床組と地下外周壁の水平ローラー支持のディテールにある程度(入力レベル2の最大地震応答値以上)自由に滑らせた後に水平移動を止めるためゴム製の緩衝ストッパーを仕込んでいる。以上を前提にこの耐震計画には次のような合理性がある。

伏図応力解析シミュレーション
応力解析による変位図・曲げモーメント図
伏図応力解析シミュレーション
応力解析による変位図・曲げモーメント図

これまでの研究によればエネルギー吸収層である損傷集中層としては、骨組の第一層が理論的にもっとも効果的であることが判明している。そして、数百年に一度の大地震において、仮に損傷集中層としての地下1階にある程度の残留変形が残ったとしても、この場合には柱脚が回転自由のディテールとしてあることと計画的に損傷させた貫き梁を除去・交換することで層の水平移動が容易になっており、剛強な地下壁を反力壁として油圧ジャッキ等により容易に修復が可能なシステムとなっている。

工法

チューブを構成する部材同士は3次元的な部材芯の交点で接合され、原則として接合部には偏心が生じないものとしている。ジョイントは形が複雑なため鋳鋼を想定していたが、同一の形は殆どなくコストの問題が大きいことおよび鋼管と鋼板の溶接組立によるディテールに工夫を加えれば意匠的にも十分なことが判明したので最終的には後者を採用している。プレートのチューブへの支持方法はサンドイッチ板の上面板(鋼板+コンクリート)部分をチューブのリング梁の上に直接乗せる形で単純支持している。なお、チューブの各層の上下にはリング梁が設けてあり、この一層分のユニットを現場の地組でつくり、次々と積層してチューブ全体を構成するような施工方法を想定している。

なお、コストに関しては経済的にも充分実現可能であることを確認している。

1次2次3次
1次2次3次
振動解析シミュレーション
モーダルアナリシスによる1〜3次固有モード

フィードバック機構軸組図弾塑性FEM解析により得られる復元力曲線 / 振動解析シミュレーション
フィードバック機構軸組図弾塑性FEM解析により得られる復元力曲線 / 振動解析シミュレーション

中間の先行降伏する貫き梁および柱脚の鋳鋼製全方向ピン / 地震エネルギー吸収機構部分構造アクソメ図コンストラクション・シュミレーション
部分構造アクソメ図コンストラクション・シュミレーション
中間の先行降伏する貫き梁および柱脚の鋳鋼製全方向ピン / 地震エネルギー吸収機構部分構造アクソメ図コンストラクション・シュミレーション
1層分のユニットを積層してチューブ全体を構成していく。

所在地仙台市青葉区春日町 2-1
建築伊東豊雄建築設計事務所
構造佐々木睦朗構造計画研究所
敷地面積3,948.72m2
建築面積2,844.21m2
延べ面積21,583.77
最高高34.916m
軒高31.261m
基準階高4.0m
階数地上7階・地下2階・棟屋1階
構造S造一部RC造
基礎べた基礎
設計期間:1995年6月〜1997年3月
施工期間:1998年1月〜2000年夏
構造設計佐々木睦朗構造計画研究所
佐々木睦朗、多田修二、鈴木啓
構造協力 豊橋科学技術大学 加藤史郎研究室
名城大学 村田賢研究室
池田昌弘建築研究所
川崎重工業株式会社
日本鋳造株式会社
株式会社 クボタ


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