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『建築古事記』から七堂伽藍

毛綱毅曠建築事務所


■ドローイング「『建築古事記』から七堂伽藍」は1991年、A・Aスクールの当時の校長であったA・ボヤィスキーの要望によるロンドンでの展覧会ならびに出版の為に描かれたものである。残念な事に、ボヤィスキー校長はこの展覧会を目前にして他界してしまうのであるが、彼の遺言によってこの展覧会と出版はとりおこなわれ、アーキグラムメンバーのデニス・クランプトンによれば、校長の霊界通信の助けもあってこの本はイギリスの出版賞を受賞する。

■この『建築古事記』は建築・都市の生成と、古事記的なもの、天地開闢の記憶をパッサージュし、建築なるものをドローイングによって綴ったものである。当時ボヤィスキーはポストモダンやデ・コンストラクションという余りに人工的或いは刹那的な記号集積的状況に危惧しておられ、この刻々と様相を変える世界の混沌を乗り越えるものは、数千年にわたって培ってきた東洋の想像力の体系と新しいサイエンスの視座を共存させた、いわば精神とものの応答する世界システム提案である、との認識をもっておられた。このドローイングはその世界観、つまりマンダラに他ならない。

■マンダラは古くさい形式主義ではなく、常に現時代性を持ち合わせた全体像であり、絶えずヴァイヴレーションしている世界の実相を表わすものである。それはかつて、人類が絶えず時代の転換期に呈示してきたものである。アレキサンダー大王のアレキサンドリア建設という大地球マンダラ構想、中世の終焉におけるルネサンスのネオプラトニズム、仏革命のルドーやルクーのユートピア建築、産業革命の田園都市、近代のコルビュジェの輝ける都市など、常に新しい認識に新しい全体像(マンダラ)が提案され続けてきた。建築や都市の歴史はこのマンダラの表現の歴史といっても言い過ぎではない。

■我々の建築には常数的建築表現として天人地三才が存在する。それはたとえば宇宙の彼方の渦巻星雲からへのこのこなたの微宇宙の螺旋菌まで、惟紳の宇宙創造の記述、つまりまず右旋を生じ、次に左旋を生じたという記憶が形成されており、人体の渦巻の痕跡は人体が一つの螺旋宇宙から波動が分裂した重々無尽の螺旋投影の華厳世界を形成しているといった事象のようなものである。

■建築は天空をアナロジーにしており、また建築は人体をアナロジーにしている。逆も又然り。ピラミッドの参道は北極星を指しており、すべからく天文を大地に投影した神殿の群が存在する。河内の観心寺の伽藍配置が北斗七星を投影しているというのは有名な話。又、伽藍配置はその結果が人体で表象されている。三門が陰、庫裡・僧堂は両手、浴室西浄が両足、仏殿が心、法堂が頭である。

サンピエトロ寺院ではベルニーニの廻廊が両腕で、ミケランジェロのドームは頭、ベルニーニの天蓋は心になっている。

■これら古代神殿などは建築という手段で宇宙や人体というコスモスを記述しようとした。宇宙論的建築術によって成立している超建築であるということが出来る。これらは三位一体の世界を宇宙、人体、建築、とみなして建築のミュトス(祖形)を探り当てようとするのであり、宇宙図・曼茶羅、象徴記号、イコンを駆使して、第一創造たる宇宙開闢や天地経倫の秘儀を探ることこそ、造代の神(デミウルゴス)の御業の模倣という第二の創のミュトスを説き明かす有効な手段と考えていたのである。

■ところで、禅の世界では臍下円田を人体の複雑な内臓を一枚の皮で包んだ表裏の、そして異次元世界と現世の結び目として、生死超越の天門(チャクラ)として重んずる。又、宇宙的ゆらぎのもともとは、素粒子が存在とブラックホールを伴う非存在の間を揺れ動いていることによるらしいが、地球上に数多く存在する聖域(ひもろぎ)─特異点はこうしたゆらぎの名残りであり、かつてL・マンフォードがわれわれの都市は天国・現界・地獄が折り重なって存在しており、時々裂け目から姿を現わす、と評した通り、holy(聖なる場所)はhole(穴)に通じている。これは世界の構成が重時空間的になっており、チャクラはこれらを垂直に貫き、トポロジー変換する座標点であることを示している。そしてゆらぎが生み出すある非平衡関数系の領域の生成と崩壊、コスモスとカオスが共存するダイナミズムの領域は、見えざる宇宙の網の目によってすくい上げられる。これはブリュージンのノイズを取り込むことによって生成から崩壊へのバランスをとりながら、次の新たなる秩序へと向かう散逸構造の世界そのものであり、この散逸構造を建築にあてはめた時、宇宙の網の目はさまざまな異形の建築のトポロジカルな内宇宙としてたちあらわれる。ゆえにミケランジェロはカンピドリオ広場のデザインを地球の臍と銘打って視覚的に突出した出臍として表現したのである。

■この「建築古事記─七堂伽藍」においても、山紫水明に見え隠れして布置された建築、カオスのなかに芽生えた表象マップ、それはさまざまな異形の形態をもって表現されている。こうした断片のパッサージュは、自然と人工を縦横無尽にインターフェイスすることで、その時々の関係により絶えずその構成を揺れ動かすことになる。

■■そして「七」という数字は人体の七つのチャクラ、プラトンの「アトランティス」を構成する七つの大きな環状地帯メソポタミアの七つの神殿など、宇宙のバイオリズムをしろしめす完璧な聖数である。

建築古事記─七堂伽藍


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