対話が生みだす、対話を生みだす
建築は宿命的にある種の制度を視覚化し、固定してしまう傾向にある。歴史を見ても、その時代の社会は制度を固定化するものとして建築を利用してきた。しかし、個人にしてみれば自由を束縛されることには抵抗がある。建築におけるさまざまな関係性の中に相互行為の可能性を持ったゆらぎや、余白を内包した制度としての建築を成立させる必要がある。つまり、関係性をどこまでクローズにし、あるいはどこまでをオープンにするのかのあるバランスや、どの程度のゆらぎや寛容さを許容するのかを調停し、その結果が建築として現れることとなる。社会はとらえたと思っても変化する生き物である。社会との対話の中に身をおいた調停者としての建築家の姿が求められているはずだ。私にとって建築とは、現実の社会の中での関係性を創造的に構築することなのだ。
そして、対話のプロセスによってつくり出される建築は、完成し使用が始まると、今度は社会との対話をしながら成長を続けることになる。今、私が模索しているインタラクティブ・アーキテクチャーとは、このような対話が生みだす建築であり、そして、対話を生みだす建築なのである。
市民との対話による建築
とくに、公共建築について考えた場合、その存在は街や市民のニーズに応えた何らかの拠点として機能していくものである。しかし、行政が市民のニーズをある時点で掴んだとしても、それは時間経過と共に変化していくはずだ。だとすれば計画段階から市民との直接対話の場を設け、完成後も拠点の運営に市民参加を得ることが、地域に定着する公共建築をつくっていく上で有効であろう。市民参加は適切な段階における適切な形での参加の導入が必要である。また、市民の個々の要望を全て聞き入れることが必ずしも良い結果を生むわけでもない。行政の押しつけや市民の一方的な要求に終始しない、市民と行政・専門家とのインタラティブな対話をいかに実現するかが求められている。
また、市民参加は、市民に主体者意識や施設への愛着を育み、施設の独自性を育む意味でも有効であると考える。そうしてできあがる建築は、社会との対話の中で成長を続け、街づくり全体で見た場合、有形無形の原動力となるだろう。
私は市民との対話によって建築を実現する方法として、ローレンス・ハルプリンの提唱する「RSVPサイクルに基づくテイク・パート・プロセス・ワークショップ」の手法を用いている。これは事業実施の各段階で市民との意見交流を行い、事業実施のプロセスを広く市民に公開し、同意を得ながら進める方法である。
また、ハードとしての建築については、社会との対話の中で自在に変化・成長していけるよう、多様性や空間のフレキシビリティを許容する可変型建築として、「オープン・システム・アーキテクチャー」を目指している。このオープン・システム・アーキテクチャーは、気候・風土や敷地形状にも融和することを考えた環境共生型建築でもあり、パッシブ環境技術を応用し、環境負荷を軽減した建築システムである。
白石第二小学校のプロジェクト
私が建築家の北山恒氏と協同で取り組んだ対話による建築を実践した例として、宮城県白石市の白石市立第二小学校プロジェクトがある。ここではまず、基本設計を始めるにあたり、実際にユーザーである生徒、教師、父兄と合わせ1,400人が参加するアイディア募集型のワークショップを行った。そこから意見を整理・集約し、実施設計を始める段階で白石デザインフォーラムを開催し、広く市民に計画内容を説明し、意見交流をしながら街づくりの方向性についても理解を進めた。完成後の現在では、教師とともに学校の使い方ワークショップを行い、さまざまな使い方の可能性を探るなど、より有効な使い方を検討している。
実際の設計にあたっては、以下の基本方針を持って、開かれた学校づくりを目指した。
ランドスケープや地域に対して開かれた都市施設とする 使い方を限定せず、選択肢を抱擁する空間システムによって構成する 人々の参加を許容する運営・管理システムによって成長を持続する 気候・風土に対して開かれたエコシステムを持つ 配置計画としては、大きく学校としての機能を有する教室棟と、公共的な性格を合わせ持つパブリック棟に分けた。教室棟は多くの要望を取り入れ、旧校舎の良さを生かした平屋建てとし、1学年4クラスによる1ブロックを基本に、教室と同じ幅の多目的スペースと中庭を交互に配置している。教室の各部屋の壁は可動式で多様な教育方式にも対応を可能にしている。パブリック棟はプールや特別教室、地域にも開放する体育館が集中し、コミュニティ施設としての要素や市民のネットワーク拠点となる機能を同時に実現した。
市民ボランティアが施設に使われる
素材を制作している市民・行政・専門家が自由にアイディアを
出し意見交換をしている学校棟とパブリック棟はL字に配され、その交差部分がエントランスホールをかねた講堂としても機能する体育館である。この配置により、“蔵王おろし”の寒風から運動場の陽だまりを守ることにもなる。また、街に開かれた学校にするため、塀をなくし桜並木をつくり、一般の人も通れる道としている。
環境計画においては、パッシブエネルギーを最大限に有効利用し、環境共生を積極的に行うことを目指した。風、水、光、緑等が環境技術を進める上での基本的要素である。全体として通風、採光に配慮したが、特にオンドル式床暖房システムを採用し、夏期は床下の冷気を利用する仕掛けになっている。このほか、パブリック棟の側面には、冬期の流雪溝としても機能する小川や、自然に近い音環境を演出するパイプスピーカー等も加えて、環境技術の手法を総合的に計画した。
この小学校のプロジェクトでは、市民の参加を得たことで、既存の制度を乗り越えることにも成功し、標準設計とは違った学校づくりが実現したのである。
コンペ応募作品に共通するもの
以下に紹介する2つのコンペ応募作品は、白石第二小学校での用いた手法である、「テイク・パート・プロセス・ワークショップ」の市民参加による建築づくりと、それをハード面で実現する「オープンシステム・アーキテクチャー」の考え方による提案を行っている。提案のポイントは、地域の総合センターをいかに人々のネットワーク拠点として構築するかにあり、建築計画立案の段階から完成後の管理・運営に至る各プロセスに、適切な形で地域の人々の参加を促し、人々からフィードバックを可能にしておくことを課題とした。それにより完成後も時代の変化や多様な市民の要望にフレキシブルに対応でき、真に地域に根ざし、愛される公共建築がつくられるのである。
そして、いずれの場合においても、建築として次のような開かれたシステムを内包する提案を行った。
- 環境に対して開かれた構造システム
自然環境と人間がつくりだした都市環境に対して開かれた構造システム。- 機能に対して開かれた空間システム 社会の要求する機能に対してフレキシブルに対応しながら働く空間システムを備える。また、その空間システムは受け身で対応するだけではなく、その社会の中で新たな機能を生成しうる場としての役割も果たす。
- プロセスに対して開かれた運用システム
その計画の段階から工事中、完成後、そして取り壊しに至る時間のプロセスに対して開かれた運用システムを持つ。 社会の人々の参加を受け入れ、継続されていく柔軟なシステムであることが重要。応募作品1;福島県女性総合センター(仮称)新築工事計画
福島県女性総合センター(仮称)コンセプトイメージ 本センターは福島県のほぼ中央に位置する二本松市を建設予定地としている。福島の女性のシンボル的存在である「高村智恵子」の生家に程近い、安達太良山と阿武隈川に抱かれた地域である。
山並みを背後に人々の活動のシンボル
として夜空に浮かび上がる大屋根大屋根から望む智恵子の空のもと
人々は多様な活動を繰り広げる平成6年に策定された「ふくしま新世紀女性プラン」では、全ての県民がもてる能力や個性を十分に発揮し、生き生きと暮らすこのできる社会、すなわち、男女共同参画社会(=男女が共に支えあう社会)の形成を基本目標として掲げ、その実践的活動拠点として本センター建設の計画が立てられた。
具体的な設計計画は以下の通りである。駐車場とエントランスを北側道路に面した平地部分と西側道路に面した12m上の平地部分に設け、諸室を造成地形に沿った形で配置し、相互を人工地形階段で連続させる。遊歩道や大階段、開放的な各諸室には安達太良山の眺望を確保する。また、高齢者や身体障害者に配慮して4層にわたる各フロアにはエレベーターを着床させる。
独立柱で支えられた大スパン架構の大屋根をつくり、その下の必要諸室は増改築の可能性を保証し、可動間仕切りやシステム家具により各諸室の機能上のフレキシビリティも確保する。具体的な諸機能配置は、市民の意見を反映させながら検討を進めるが、社会の変化や市民のさまざまな要望に対応する可変型建築を採用する。
また、気候・風土・地形に対応する環境共生型建築を目指し、敷地西側の緑の自然を保全し、現状の造成地形にできるだけ近い形でつくられた人工地形には、透水性の多孔質ソイルブロックを使用する。このブロックは敷地の残土をリサイクルし、市民ボランティアの参加のもとに現場で制作することを考えた。また、パッシブ環境技術を応用した建築を計画することにより太陽光・通風・雨水・土壌・植生等との環境共生に配慮し、地域に根ざした快適環境づくりを提案した。
応募作品2;群馬県太田市休泊地域総合センター建設計画
本センターは、行政が住民の中へ歩み寄り、身近にサービスを受けられる行政を目指し、地域の拠点となる施設の建設が計画された。休泊の歴史・地域性をふまえながら、住民サービス・文化・福祉・スポーツ活動・災害時の避難場所、地域の市民のふれあいの場・人づくりの場となるよう、入浴施設・多目的ホールを中心とした複合的な機能を持つ地域の総合施設の建設計画である。
配置計画の基本方針としては、東側の幹線道路と西側の通学路にはさまれた地域の緑化に努め、地域総合センターを核とした、文教グリーンベルト生成の第一歩とする。回廊に囲まれたスペースをフェスティバルスタジアムと名付け、スポーツやフリーマーケットなど市民の活動や交流の中心の場とする。また、冬季の強風から屋外スペースを守るため、建物を北側に配置し、植栽による防風林を提案した。
群馬県太田市休泊地域総合センター1階平面図
設計思想としては、ノーマライゼーション・バリアーフリーの観点から総平屋建てで、各スペースからグランドレベルで中庭や屋外スペースに直接誰もがどこでも自由にできることを目指した。可変間仕切りシステムやファンクションユニットによって、空間単位は自由に拡大縮小し、フレキシブルな機能変化が可能となる。
気候風土に対する配慮としては、地下水や植栽の積極的な利用や、人々の創意工夫による環境の快適化を目指した。また、自然光の採り入れ、空気・熱の出入りをコントロールし、太陽熱による温水を利用する屋根である、インテリジェント・ルーフを採用した。