CTRON サブプロジェクト


21 世紀に向けて、人間のあらゆる生活の場面において使われることが予想されるコン ピュータの、理想的な姿を追求すべきトロンプロジェクトも 10 周年を迎えた。トロン のサブプロジェクトである CTRON も、情報化社会といわれた 1980 年代から、情報 通信ネットワークの核となるべく交換処理、通信処理、情報処理に共通に適用できる OS インタフェースの開発を行ってきた。この間 CTRON インタフェース仕様書の出版、 ソフトウェアのポータビリティ評価実験、リアルタイム性の評価実験等、様々な活動を 行ってきた。

昨今では、新社会資本(日本)や HPCC (米国: High PerformanceComputing and Communications )に代表される高速広帯域通信網の整備計画が盛んに取り沙汰 され、今後はこうした通信網を用いた多様なマルチメディア通信サービスが飛躍的に増 大することが期待されている。 CTRON サブプロジェクトは、このようなマルチメディ ア通信など新たな技術動向に対して今後も積極的に取り組んでいくとともに様々な普及 活動を展開する予定である。以下、最近の活動状況および今後の活動計画について述べ る。


CTRON の位置づけ

公衆ネットワークとして ISDN の急速な普及が進み、また企業内ではパソコンや LAN をベースとした社内のネットワーク化が早急に進められつつある。これらのネットワー クを利用して家庭からのパソコン通信など、多様なサービスが普及しつつある。このよ うな多種多様なサービスを実現し、多くの利用者に使い勝手よく提供するためには、膨 大なソフトウェアの開発と共に、リアルタイム性に優れたネットワークを提供すること が必要である。

CTRON は公衆情報通信ネットワーク内に接続された多くの端末やコンピュータなどに 対し、ある程度の応答時間を保証しつつ同時に多数のタスクを同時に処理する、超多重 処理の特性が配慮されている。例えば交換処理システムなどは、数百から数万のタスク を同時に処理し、数百 ms で応答することが必要になる。

さらに、ソフトウェアの開発量を抑えるために、ソフトウェアの流通性も追求している。 ネットワーク内では国際標準プロトコルに準拠したソフトウェアを、ネットワーク内の 各種ノードに配置する必要がある。このようなソフトウェアをネットワーク内のノード ごとに開発することは膨大な開発コストがかかるが、これらのソフトウェアがノード間 で流通し再利用できれば、開発コストの削減ばかりでなくシステム開発期間も短縮され、 社会的にも多くのメリットが期待できる。


CTRON サブプロジェクトの現状

CTRON サブプロジェクトの構成

CTRON サブプロジェクトは、現在、トロン協会会員のうち 10 社が参加し、図 1 に示 す多くの作業部会によって検討が進められている。これらの作業部会にはそれぞれの専 門家がボランティアとしてのべ五百人以上参加しており、内外の知見を集め検討が進め られている。

図 1   CTRON サブプロジェクトの構成

CTRON インタフェース仕様

CTRON では、機種ごとのハードウェアの差を隠蔽する基本 OS インタフェースと、そ の上位に位置しアプリケーションに対して豊富な機能を提供する拡張インタフェースの 2 階層のインタフェース仕様を規定している。 OS の一部である拡張 OS をも流通可能 とするとともに、必要な機能のみを実装可能にするためのサブセット規定を行うことに より、ソフトウェアの流通性の向上を図っている(図 2 )。

図 2   CTRON 参照モデル

インタフェース仕様書は、 CTRON 参照モデルに基づくインタフェース区分(機能群) ごとに制定されており、初版は 1987 年にトロン協会から、さらに 1988 年にはオー ム社から「原典 CTRON 大系」として出版された。初版仕様以降、仕様変更等について はこれまで Specification Changes List (トロン協会発行)によって対応してきた が、この集積が 500 件を越えたこともあり、全面改訂を行い「新版 原典 CTRON 大 系」として出版した(表 1 )。今回の改訂の大きなポイントは、製品化実績を踏まえ、 仕様のスリム化を図ったこと、後述のソフトウェア流通実験の結果を反映し、ソフトウェ アの流通を円滑に行うためのガイドラインを示した設計ガイダンスを作成し、仕様書の 別巻として発行したことである。

表 1  新版 原典 CTRON 体系

CTRON 準拠製品の検定

CTRON インタフェース仕様に準拠した製品の開発動向に合わせて、その製品が真に仕 様に準拠しているかどうかを検査する仕組みが検定制度である(図 3 )。製品に各種 の方言、亜流の発生を防止するとともに、製品の流通性を向上させることを目的として いる。検定には、製品マニュアルを対象としたドキュメント検定と、プログラム本体を 対象とした機能検定の 2 種類がある。この検定に合格した製品には検定合格マークが 付与され、ユーザは製品が CTRON インタフェース仕様に準拠したものであることが認 識できるようになっている。現在まで基本 OS が 16 製品、拡張 OS が 5 製品、合計 21 製品が検定に合格している。

図 3   CTRON 検定方式とそのツール


ソフトウェアポータビリティ評価実験

実験の目的

CTRON インタフェース仕様に準拠した製品の流通性を実験によって定量的に把握する ために、 CTRON サブプロジェクトではソフトウェアのポータビリティ評価実験を実施 した。東京大学の共同研究により 3 年にわたって実施し、 92 年 5 月に大きな成果を あげて終了した。

本実験では、参加した 8 者の自社製の基本システム(拡張 OS を中心に約 600KL ) を、他社製基本システムに移植した。移植に際しての変更量、移植工数を評価するとと もに、移植阻害要因の抽出を行った。

実験結果

CTRON インタフェースの機能区分として 9 種類、総数 19 通りの移植実験の結果、ソ ースプログラムの流通率(無修正で移植可能なソースプログラムの比率)は 98 %(移 植対象プログラム全体( 600KL )の平均値)を達成可能な見通しを得た。実験結果を もとに、新規開発工数に対する移植工数の比率を推定した結果、新規開発時の平均 15 %の工数(新規開発者と移植者が同一の場合)で、移植可能なことがわかった。

この実験から多くのソフトウェア流通にかかわる課題が抽出され、これらはできる限り、 インタフェース仕様書へのフィードバックを行った。さらに仕様化困難なものについて は、流通を円滑に行うための基本ルール、インプリメント条件についてのガイドライン を記述した設計ガイダンスとして公開している。


リアルタイム性の評価について

CTRON の大きな売り物は超多重(システム内に数千〜数万個のタスク生成・処理され ている状態)環境でのリアルタイム性である。世の中にリアルタイム OS は数多く発表 提供されているが、それらの性能を示す客観的な評価基準は未だ確立されていない。そ こで CTRON 適用分野に応じたリアルタイム性評価基準の確立と、 CTRON のリアルタ イム性を実証するために CTRON サブプロジェクトでは評価技術の検討を行っている。

リアルタイム OS の特徴であるタスク割込時間などを測定するベンチマークテストを開 発し様々な OS を測定するとともに、いろいろな適用分野ごとに処理モデルを設定しシ ステムトータルな評価、分析を行ってきた。

その結果、 CTRON 準拠 OS は、超多重処理の特性である多重度を増大させても実行時 間は一定であり、リアルタイム UNIX よりも高速であることを実証した(表 2 )。ま た CTRON の適用分野である、交換処理モデル、 IN 処理モデル、通信処理モデルを設 定し、分野の特有の処理を考慮したシステムトータルな評価基準を確立した。

表 2   CTRON とリアルタイム UNIX の比較 ( Dhrystone 値に基づきハード/コンパイラ環境を正規化)


CTRON の普及にむけて

CTRON の普及活動の一環として、 94 年 11 月に東京流通センターにおいて CTRON オープンフォーラムを開催した。唐津教授(東海大学)の特別講演、 CTRON サブプロ ジェクトに参加している各社の CTRON 製品の展示などを行い、たくさんの方々の参加 をいただいた。今後もこのような活動を積極的に行っていく予定である。


CTRON の将来展望

CTRON インタフェースは 90 年代の情報通信ネットワークノードの基本プラットフォ ームとして着実にその地位を確立してきた。今後さらに適用性の向上を図るとともに、 21 世紀に向けての新たな技術動向に対応していくため、 CTRON サブプロジェクトで は以下に示す検討課題を設定し、検討を進めている。

マルチメディア対応の通信ネットワーク技術
画像情報等を加えた多様なマルチメディア通信サービスへの対応技術・機能の検 討

分散処理環境構築の検討
分散システムに向けた OS インタフェースの検討

性能評価技術
さまざまなシステムの評価および分析と標準的なリアルタイム性能評価技術の確 立


むすび

CTRON サブプロジェクト参加各社はもとより、一般のトロン協会会員、非会員による CTRON 製品の開発および導入を通じてたくさんの知見を得てきた。これはリアルタイ ム性、ソフトウェア流通性のさらなる向上に向けてフィードバックされ、 CTRON は情 報通信ネットワーク内の各種ノード(交換処理ノード、通信処理ノード、情報処理ノー ドなど)でのソフトウェアプラットフォームとして重要な位置を確保し続けてきた。

今後はマルチメディア時代の通信ネットワークの核となるべく、諸課題に積極的に取り 組んでいく考えである。