その「東京大学総合研究博物館」の目的実現のため、 コンピュータ技術を広く利用する「デジタルミュージアム」 を構築することとなった。 「デジタルミュージアム」とは、 その実現のためのコンピュータハードウェアや、 ソフトウェアだけを指すのではなく、 これから開発する新しい技術から演出手法といったものまでを含めた、 総体的な博物館応用のための技術体系を指す。
マルチメディアやインターネットといったコンピュータ技術の普及により、 コンテンツの重要性が急激にクローズアップされている。 その意味では、明治10年の創設以来蓄積されてきた膨大な学術資料を保有する 東京大学は、まさにコンテンツの宝庫であるといえる。 そのコンテンツをデジタルミュージアムに「収蔵」することにより、 博物館の持つ資料の保存・整理・公開の機能に新しい地平を開くことを、 我々は目指している。
一般の人にとっても、 より一層の理解のために展示物に触ってみたいという要求はある。 壷などの立体物なら、手で触って形を確かめたいし、 古書なども自由に取り出して、自分のペースでめくって見たい。 古代の楽器や梵鐘なら、鳴らしてみたい。 研究者なら、資料のさまざまな部位を測るなど、 やはりガラス越しに見るだけでは不可能な、 様々な資料へのアプローチを求めるであろう。
もちろん、資料は時間とともにどうしても傷みが激しくなり、 利用の機会を制限せざるを得ない。 まして、貴重な学術資料を利用者に触らせることなど、 セキュリティ上からも不可能である。
デジタルミュージアムでは、このような保存と公開の要求を両立させるために、 デジタル技術を徹底的に活かす。
解説などは文字が書かれたパネルによる場合が多いが、 目の見えない人はもちろん弱視の人にとっても、 解説が充実しているほどつらいものになる。 また、外国の人にとっては 日本語で書かれているということ自体がバリアになってしまう。
逆に耳や口の不自由な人にとっては、 資料について質問をして答えてもらうということもままならない。
このように特定の人々を博物館の持つ情報から遠ざけているバリアを、 デジタル技術により解消することもデジタルミュージアムの目標である。
その期間、その場所になんらかの理由で行けない人にとっては、 これもバリアである。
東京大学の持つ学術資料をどこからでも、いつでも見られる。 終わった特別展についても、あとから見られる。 どこからでも、いつでも質問できる。 さらには、他の博物館のもつ資料とも合せて、博物館横断的な、 特定分野に関する総合展を行いたい。 1つの資料が複数の特別展のキー資料となるとき、 同時に2ヶ所に展示するわけにいかないといった問題を解決したい。
そういった場所と時間からの解放を デジタル技術とネットワーク技術により実現することを、 デジタルミュージアムでは目指している。
印刷物とCD-ROMとインターネットのハイブリッド —— それが本図録の真の姿である。
印刷物はコンピュータがなくても読めるし、 コンピュータ画面では見られない精緻な印刷画像というメリットを持つ。 しかし、同時にそれは容量的にかさばり、 紙の利用という意味で環境的な問題をはらんでいる。 一方、CD-ROMは紙に比べ遥かに高い情報密度とインターネットに比べ 高速の情報アクセスというメリットを持つ。 確かにインターネットは回線接続が必要で、 公衆回線経由では特にアクセス速度が問題になる。 しかし、インターネットの先に広がるのは世界であり、 無限の容量とリアルタイムの内容更新という、 紙にもCD-ROMにもない大きなメリットを持っている。 このように、 印刷物とCD-ROMとインターネットは互いのデメリットを補う関係であり、 それらを組み合わせることによって、 従来の図録の枠を超えた 「場所と時間にオープン」な図録が可能になったのである。
CD-ROMドライブを持ち、 インターネット接続したパーソナルコンピュータを利用すれば、 印刷物はおろかCD-ROMの容量をも超えた、 膨大なデータ量の真の「図録」にアクセスできる。 しかも、この図録はリアルタイムに内容更新される。 学術資料に関する日々の分析・研究の成果や、 「デジタルミュージアム」技術の研究・開発の最前線といったものを反映し、 内容を常に新しく保つ。
冬季特別展「デジタルミュージアム」開催中も、 終了後も本「図録」にアクセスしてもらいたい。 そこには、常に新しい発見がある —— この本こそ「デジタルミュージアム」への入口なのである。
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